カナリヤ・カラス | ナノ


それから一分とせず、住民達はそれぞれの持ち場へと向かい、四方八方へ流れて行く。そんな中、遠くからでも目立つ朱鷺色の頭が此方に向かってきた。先日の小競り合いも記憶に新しい、鴇緒だ。

彼の後ろには、掃除屋の構成員であろう青少年達がついている。その数、目算でざっと二十人といった所か。リーダー含め全員が歳若いが、彼等の眼は生きた年月など関係無く、十分ゴミ町という環境に染まっているようだった。

掃除やの持ち場の方角的に、此方に向って来るのはおかしな事ではない。だが、彼等が明らかに此方に向けて足を運んでいるのが窺えた為、雛鳴子は其方を注視した。あの日、あの場に居なかった雛鳴子達は、鴇緒の名は知れど、顔は知らない。それでも一目見た瞬間、彼女達は理解した。


「おいおい、随分と人手が足りてねぇようだなぁ、金成屋。こりゃ、共有地制に賛成したのも納得だ」


その鋭い目付き一つで、相手を屈服させるような凶相。手のつけようがない荒くれを従えさせる風格。この狂気の町で王の名を冠するに相応しい器の持ち主。彼が、掃除屋・鴇緒だと。


「今からでも、持ち場の共有地割合を増やしてもらいに行ったらどうだ?俺らも狩場が広がりゃ良い獲物との遭遇率上がるし、歓迎するぜ?」

「カッ、心配には及ばねぇよ。人手が足りないなりにこっちも考えて持ち場取ってるからよ。まぁ、仮にお前らとの共有地を広げたとしても、遅れを取る気はしねぇけどなぁ。”デッドダックハント”童貞と違って、こっちは経験豊富なもんでよ。何なら、効率の良い狩りの仕方でもレクチャーしてやろうか?烏合の衆も、ちったぁマシになると思うぜ?」

「先輩風吹かしたくなるのは歳のせいか?流石、経験豊富は年期が違うな。脳味噌までガタがきてんじゃねぇのか?」

「最初からポンコツの脳味噌に言われたくはねぇな」

「どっちがポンコツかどうか、その頭かち割って見てやろうか?」

「かち割れるもんならな」

「……ちょっと、鴉さん」


雛鳴子が袖を引いて止めようとするのも束の間、鴉の手が腰に提げられた刀へと滑る。同時に鴇緒も、後ろに控えている部下から何かを受け取ろうと手を伸ばし、鴉に向かって構えの姿勢を取る。


――衝突する。


瞬きした次の瞬間には、両者の間で金属音が響き渡り、火花が起こる。そうなれば、二人を止める事は困難を極める。すぐ近くに鷹彦が居るとは言え、対峙しているのは鴉と同格のゴミ町四天王たる鴇緒だ。鴉を止めた所で鴇緒が止まらなければ、どうにもならない。二人を止めるのは流石の鷹彦にも手に余るし、雛鳴子や掃除屋の従業員達では役不足だ。始まってしまえば最後。故に危惧されるのが四天王同士の戦いであるという事を痛感し、雛鳴子は焦った。

鴉は加減こそ知っているが、問題は彼一人では済まされない。相手が引かない限り、衝突は避けられない。どうにか二人を止めなければ、”デッドダックハント”どころではなくなってしまうと、雛鳴子が再び鴉の腕を掴もうと手を伸ばした、その時。彼女の横を黒い影が過ぎり、鴉と鴇緒の間に割って入るようにして、巨大な影が遮り、間髪入れず重い轟音が広場に鳴り響いた。


「……喚くな、ガキ共」


鴉と鴇緒の間には、人程の大きさをした鉄塊が突き刺さっていた。それは、剣だった。鈍く銀色に光る、武骨を極めたような大剣。それを軽々と地面から抜き、肩に担ぎ上げてみせたのは――。


「ご苦労様、ワタリ」


その一声で、ワタリと呼ばれた男が、一つに束ねた黒い長髪を靡かせながら後ろに下がる。鴉を超える上背に、大きく開かれたシャツから垣間見える鍛え抜かれた体。その野性味溢れる巨獣のような男の影から、声の主たる燕姫が顔を出した。

思わぬ介入を受けて眼を見開く鴉と鴇緒を前に、燕姫が心底呆れたと言いたげな顔をしながら、眼鏡の位置を直す。ワタリはその後ろに付くようにして、煙草を吹かし始めた。


「言った筈よ鴉。面倒事を起こすなら、貴方達を消すって。それと掃除屋くん……貴方も新入りだからって分からない訳じゃないでしょう?ゴミ町に法律は無くても、ある程度の決まり事はあるって」


燕姫は憤慨している訳では無い様だが、その声と面差しには苛立ちが感じられた。予期していたが――否、予期していたからこそ、自分の忠告を無視してくれた鴉と、新入りの分際で場を荒らす鴇緒を煩わしく思っているらしい。


「貴方達が潰し合うのは結構だけど、それでこっちが迷惑被るのは御免なの。今、狩りの邪魔になるような真似をするなら……分かるわよね?」


燕姫がそう言うと、背後に佇むワタリの赤い瞳がより一層、濃い殺気を湛えた。彼女が許可を下せば、彼の剣は地面ではなく、二人の胴体に突き立てられるだろう。そんな視線を受けた鴉は、刀を鞘に納め、演技掛かったような素振りで肩を竦め、両手を中途半端に上げた。


「……ハン、相変わらずお堅い女だな」


下手を打てば、その胴体を真っ二つにされる状況にありながら、鴉は余裕綽々と笑う。


「こんなの、ゴミ町じゃ挨拶の内だろ。わざわざワタリを使って沈静化するまでもねぇ。適当な所で見切り位つけられるぜ、『俺は』」

わざとらしく強調した部分が挑発であることは、誰の眼にも明らかだったが。それを喰らった鴇緒も、早速忠告を蔑ろにされた燕姫も、何も言わなかった。ただその場には、消化不良の混沌が渦巻くだけ。


「……行きましょう、鴉さん。もうこれ以上は」

「分かってらぁ」


今度こそと、雛鳴子が強く袖を引くと、鴉は心配無用だと踵を返した。バサリと舞い上がる黒いコートを引き連れ、鴉は振り向くこともなく、片手を振って去っていく。


「じゃあな、掃除屋。また会うことがあれば……そん時ぁ、よろしくな」


鴇緒の舌打ちが鳴ると共に、燕姫は大きな溜息を吐きながらワタリを引き連れ、自身の持ち場の方へと向かった。その様子を少し離れた所で見ていたハチゾーも、月の会の面々も、誰もがこの衝突が火種に過ぎないだろうことを理解した上で、それぞれの成すべきを成すべく作業に入る。法も無く、裁く者もいないこの町で保たれる秩序など、たかが知れていると言うように。

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