カナリヤ・カラス | ナノ


今日もゴミ町に朝が来た。灰色の空から僅かに差し込む太陽の光が廃棄物を照らし、気が滅入るような朝が、今日も始まる。


「いただきます」

「ーっす」


いつも通り、不作法な態度で朝食に有り付く男の声に、雛鳴子は気にしない気にしない、と自分に言い聞かせながら味噌汁を啜った。

外でゴミを漁る鳥と同じ名前をした、全身黒ずくめの行儀知らず――鴉には何を言った所で無駄だという事は、この二年間で十分過ぎるほど理解している。いただきます、と発音されてこそいないが、一応食事前の挨拶は口にしているだけマシだと、雛鳴子は彼を咎めるのを止めた。

事細かく言及すれば、鴉が逆に難癖を付けてくるのは目に見えている。せめて朝くらいは穏やかに過ごす為にも、多少の事には目を瞑ろう。そんな諦めに近い妥協の元、雛鳴子はカリっと表面を焼いた鮭の身をほぐした。

その向いで鴉は浅漬けをボリボリと噛みながら、また一段と眠そうな眼でニュースを見ている。


朝食がパンだと、彼は空いた片手を使って新聞を読みながら食事するので、雛鳴子は朝は極力和食を出すようにした。言って直さないのなら、させないようにすれば良い。そんな算段で白米、味噌汁、焼き魚が朝食に並ぶようになったのだが、鴉は手が込んだ朝食だと機嫌を良くし、雛鳴子にとっては一石二鳥の結果となった。

準備こそ面倒だが、こうして穏やかな朝の時間が過ごせる代償だと思えば問題ない。何より自分も、良い朝食にありつける。雛鳴子は程よく塩気の効いた鮭を白米と共に頬張り、今日一日がこんな調子で平穏に終わってくれればいいのに、と少しばかし期待してみた。が、その期待は、さっさと朝食を終えて新聞を開いた鴉によって打ち破られる事になった。


「……あぁ、もうそんな時期か」


広がるインクの匂いと、乾いた紙の音。新聞を読む時に感じる、その独特な感覚を伴に、紙面をなぞる筈だった鴉の眼は、間に挟まれていた一枚の紙に向けられた。いつもなら一通り読んでいる新聞を早々に畳むと、鴉は実に面倒臭そうな眼をしながら、その紙をぴっと取り出した。


「雛鳴子ぉ。俺、今日は店にいねぇから、仕事は鷹彦と回せ。あのガキは……適当に雑用でもやらせとけ」

「え、ちょっと……いきなりなんですか」


朝食の後片付けをしていた雛鳴子は、一体何事かと泡塗れになった手を水で流し、せっせかと手を拭きながら鴉の元へ足を運んだ。

仕事に関してだけは真面目である鴉が急に店を空けるとは、と雛鳴子が顔を顰めると、鴉は煙草を咥えながら、「ん、」とだけ言って、テーブルの上に投げ出した新聞を指差した。

彼の指の先、やや乱雑に畳まれた新聞の上には、嫌味な程に目立つ色の広告やチラシが適当に乗せられている。その上に一枚、非常に簡素極まりない、コピー用紙をそのまま使用したような紙が鎮座していた。
真っ白な紙面には、パソコンで印刷された文字が、つらつらと並んでいる。あまりにシンプルなその文書に、雛鳴子はすぐに全てを理解し、盛大に眉間に皺を寄せた。


「……成る程、納得しました」

「やれやれ、面倒な時期になったもんだぜ」


紙を丁寧に四つ折りにしてズボンの後ろポケットにしまうと、「これ、事務所に貼っておきますね」と言って、雛鳴子が台所へと戻る。その背中を一瞥すると、鴉はソファの背凭れにどっかりと体を預け、心底面倒臭いと言いたげな溜息と一緒に、紫煙を吐き出した。



「おっはようございまーす!!」


午前九時。ガタが来ている戸が開き、金成屋が営業を始める時刻。事務所内に、溌剌とした挨拶の声が響いた。

平均してテンションの低い一同の中、そのアベレージを上げるのは勿論、ギンペーである。今日も今日とて陽気な彼の挨拶に、いつもなら「うるせぇ」と苦言を呈す人間がいるのだが。


「……あれ、鴉さんは?」

「今日はお仕事以外の事で外に出てるの」


事務所正面奥、鴉のデスクが蛻の殻になっている事に驚き、ぱちくりと瞬きするギンペーを余所に、事情を把握している雛鳴子と鷹彦は平常運行。ますます三者のテンション差が開く中、雛鳴子と鷹彦は互いに顔を合わせた後、このまま放っておいてもギンペーは気になって仕事にならないだろうと判断し、鴉が席を外している理由について話した。


「ギンペーさん、ボード見て」

「ボード……って、壁の?」

「そう。其処に一枚、紙が貼ってあるでしょ?」


雛鳴子に言われ、ギンペーは事務所の壁に取り付けられたボードの元に近寄った。それは、金成屋が出来る少し前に鴉が拾ってきた黒板だ。大きさは学校などに設置されている物よりも小さく、カフェ等のメニュー板として使われていそうなサイズである。

ボードにはいつも、メンバーの今月の成績、ざっくりとした今月の予定、伝言が書かれているのだが、其処に一枚、マグネットで貼られた紙があった。鴉が今朝、新聞の間から出した紙だ。ギンペーはそれを剥がし、油性マジックで適当に書かれた文字に眼を通した。


「えーっと何々……ゴミ町町内会から、本年度”デッドダック・ハント”のお知らせ…?」

「”デッドビダック・ハント”ってのは、年に一度、ゴミ町町内会が開催する……まぁ、お祭りみたいなものかな」

「お祭りにしては全然響きが穏やかじゃなくない?!ってか、ゴミ町に町内会とかあったの?!」

「町内会というか……あれは底辺人間の首脳会談だな」


ギンペーがこの町に来てから、彼に一通りの説明はしたつもりだった鷹彦だが、壁の内側から来た人間に話すべきことの量は、その場で思いつく情報量を上回ってしまうようだ。今の話題である”デッドダック・ハント”にしても、町内会にしても、話に上がるまですっかり忘れてしまっていた。鷹彦は、今後もこうしてあれやこれや、疑問が上がる都度その場で解説しなければならないのだろう、と眉根を寄せながらも補足を続けた。


「この町の町内会は、親睦や交流なんぞを目的にして組織された物ではない。ゴミ町に根を張り、力を持ってしまった連中が集まって、より自分達が住みよい場所を作る為、余計な物を排他していく話し合いをする……そういう場だ。だから鴉みたいな奴でも参加している訳だ」

「……じゃあ、力を持ってしまった連中ってまさか」


想像して、ギンペーは思わず固唾を飲んだ。それは出来る事なら自分の予想が杞憂であることを望まずにはいられない、という現れだろう。だが、悪い予想程当たるもので、鷹彦の顔にも雛鳴子の顔にも、否定の色は窺えない。


「ゴミ町四天王と、それに及ばずとも力を持った組織から五人。加えて、町内会長。たった十人、されど十人……選りすぐりのクズの集まりだ」


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