カナリヤ・カラス | ナノ


同時刻。ゴミ町の外れに建てられた、場違いなまでに新しく小綺麗なビル内で、その会議は開かれた。


「それではこれより、本年度”デッドダック・ハント”会議を行います」


深紅の絨毯が敷かれ、豪奢な調度品の数々が色めく、だだっ広い一室。その中心に置かれた円卓に十人。何れも、この部屋に於いて凡そ不釣り合いな風体の人間が席に着いている。其処で鴉も、座るのが憚れるような金細工に縁取られた椅子に、脚を組んで腰を据えていた。これから会議をするに辺り、まるで相応しい態度ではないが、それを咎める者はこの場に居ない。


「司会進行は、私……黒丸(くろまる)が務めさせていただきます。ご意見等御座いましたら、まずは挙手にてよろしくお願い申し上げます」


円卓前に構えられたホワイトボードの前で、スーツ姿の少年が丁寧に腰を折り、軽い挨拶をする。切り揃えられた髪がさらりと揺れ、畏まった声の余韻が会議室に響くと、少年――黒丸は、手にしていた冊子を捲った。


「それでは皆様、お手元の資料をご覧ください」



「一年に一回……これ位の時期にね。ゴミ町に出るのよ」

「……出る?」

「そう」


鴉が乱雑に放り込んだ書類を、顧客のランクや契約プランに分けながら、雛鳴子が”デッドダック・ハント”について話す。無論、ギンペーもただ聞くだけでは時間が勿体ないという事で、店の入り口に並べられたガラクタの中から、下手に扱っても壊れなさそうな物を磨く仕事に手を付けた。乾いた布にツヤ出し用のクリームを付け、何処かに出せば何かしらの価値が見出されそうな物々を丁寧に磨きながら、ギンペーは雛鳴子の話に耳を向け、眼を丸くした。


「死体がね、出るのよ」

「し、死体?!!」

「ギンペーさん、手がお留守」

「あ、ゴメンゴメン……」


思わず動きが止まった手と、此方に眼を遣りながら尚テキパキと書類整理をしている雛鳴子を交互に見た後、ギンペーは慌てて布を動かす手を再稼働させた。デスクで明細書を作っている鷹彦から、くすっと笑う声が聞こえてきたが、ギンペーは手を休めない為にも、それについて言及するのを止めた。

それよりも今は、雛鳴子の言う、死体の話の方に関心がある。また余計な質問をして、流れてしまうには余りに惜しい話題だ。ギンペーは薄汚れたブリキの玩具を磨きながら、続きを求めるような眼で雛鳴子を見る。


「聞いた事あると思うけど……都の外には、大戦の名残で色んな生物兵器が住んでいるんだよね」

「あ、うん。百年戦争の時に使われてた色んな生き物が、砂漠で繁殖しちゃったんだっけ……」


かつて雛鳴子やギンペーが住んでいた壁の向こう、都の中の学校では、社会の授業で取り扱われる話であった。


教科書に取り扱われる事もない小競り合いから、大国同士が鎬を削る大規模な物まで、百年絶え間なく続いた人類至上最悪の世界戦争。凡そ百年前に終結していながら、今も尚、大きな爪痕を残すその大戦を、人々は百年戦争と言う。

百年戦争の影響は世界を分け隔てなく蝕み、戦艦から漏れ出た燃料や工業廃水は海を腐らせ、毒ガスと不発弾は大地を枯らした。生物兵器も、百年戦争が齎した数多の戦害の一つだ。

匂いを嗅がせた対象が死ぬまで追跡を止めない犬、増殖を繰り返し無尽蔵に再生する蛭、無尽蔵に全てを喰らい尽くす巨大な蛇――。多種多様な殺戮の獣。それが、バイオテクノロジーが生んだ悪夢・生物兵器だ。

それらは終戦後、殆どが殺処分されたのだが、一部の生物兵器は管理すべき機関が滅んだ事や、人の手に負えない所まで進化を遂げてしまった事が原因で、この不毛な星で、絶滅した動物達に代わり生態系を築くまでに繁殖を遂げた。


「その生物兵器の一種に、生物の死体に寄生して操る虫……コープスワームっていうのがいるんだけど。それが、繁殖期になると砂漠から餌を求めてやって来ちゃうの。都に」

「都守が最低限の仕事をしているから、壁の内部に入ることはないがな。卵にやる栄養を求め、其処らに転がる浮浪者や孤児を食いに来る死体の群れは、ゴミ町の風物詩みたいなものだ」

「放っておけば道は汚れるし、臭いし、コープスワームが繁殖すると色々面倒だから、毎年駆除の為に町内会が動くの」

「……成る程」


死体があちこち動き回るだなんて、まるでゲームの世界だと思ったが、この町ではそれが風物詩と言われる程、当たり前の事らしい。まるで大晦日の大掃除や、夏の縁日のように、この町の住人達は、虫に寄生された死体を駆除しているという。祭事にしてはあんまりにもあんまりだが、ゴミ町らしいと言えば非常にらしい娯楽行事だ。


「でも、ただ駆除するだけじゃつまらないからって、随分昔コープスワームが寄生した死体の品評会をして、その中でも特に珍しい物を悪趣味なコレクターに売りつけようって企画が立ったんだって。それが、”デッドダック・ハント”(助かりようのないもの狩り)っていう、年に一度のイベントになったんだとか」

「町内会では、”デッドダック・ハント”を前に、今年はコープスワームがどの程度ゴミ町に押し寄せてくるかの調査報告をした後、どの勢力がどの地域を担当するか、品評会に於ける採点基準等について等を話し合い、今年も限りなく平穏な”デッドダック・ハント”が執り行えるようにする。その為に、アイツも呼ばれた訳だ」

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