カナリヤ・カラス | ナノ


時は、ラニスタとホルデアリウスより一週間前に遡る。


「あのぉ〜……俺、もしかしなくても騙されてます〜?」


月の会ビルティングのとある一室。其処には目隠しをされた男が一人、黒服達に囲まれながら椅子に腰かけていた。

男の名は、水田鷭(ミズタ・バン)。ゴミ町でCURURUという理髪店を営んでいる美容師だ。

彼が此処に赴き、このような状況に至ったのには理由が二つある。一つは鷭が福郎に呼び出された為。一つは鷭が、金成屋で多額の借金をしている為であった。


「ほぅっほっほ、そう萎縮するでない。主を獲って食おうという心算は毛頭ないし、儂との遊戯に勝てば約束通り金も払う。その目隠しは、遊戯の為に必要だから付けているに過ぎんのだ」

「確認なんですけど、遊戯ってプレイとかそういう意味じゃないんですよね?」

「儂にそのような趣味があれば周知されているであろうよ」

「確かにー!あー、よかったー!!」


この状況で、福郎相手によくそんな口が利けたものだと、黒服達が微かに顔を顰める。
怖い物知らずとは違う。これはシンプルな思慮の欠如だ。

鴉や鴇緒のように、わざと言葉を選んでいる訳ではないのが、いっそ質が悪い。
福郎は歯牙にもかけないが、自分達の胃が縮む心地がする。こういう考えの足りない手合いというのは、見ている側の方が神経を擦り減らすものだ。そんな黒服達の心情など知る由も無く、鷭は呑気に脚を伸ばしている。


「で、この状態で何して遊ぶんです?」

「ほぅっほっほ。此度の遊戯は主の得意分野よ」


パン、と福郎が手を叩くと、壁際に控えていた係員が鷭の傍らまでカートを押して来た。
カートの上には、ヘアカラーサンプルのように並べられた毛束が置かれている。
もし鷭が今、目隠しをしていなければ、うちの店にも似たようなのありますよ〜等と口にしていただろう。だが、カート上の毛束に美容院のそれのようなカラーバリエーションは無く、その殆どが同じ色をしている。

目隠しをするまでもなく、違いなど分からない物が殆どだ。その毛束の一つから、ピンセットで毛を一本だけ抜き取り、鷭の前に置かれたテーブルに番号が振られた重石と共に乗せる。それを十回。鷭の前に十本の毛が並べられた所で、福郎がゲームの概要を語った。


「今、主の前には十本の毛髪が並んでいる。主はそれを触って、人のそれではない物を当てるのだ」

「んっ、んん〜〜〜?」


見えないのも相俟って、状況が分からんと鷭がこれでもかと首を傾げる。


ゲームの内容は単純明快極まりない。しかし、何故そんな事をするのかが分からない。

福郎も暇ではないだろうに、わざわざ自分を呼び出してまで興じたいのがコレなのかと顎に皺を作りながら、鷭は確かめるまでもないルールを確かめる。


「えーっと、つまり髪の毛十本触って、その中に混じってるウィッグなり動物の毛なり当てるって事でいいんです?」

「然様。見事全て的中した暁には、約束通り主の借金分の報酬を支払おう」

「ちなみに全部外したらペナルティ!……とかあるんです?」

「ほぅ?全部外すかもという不安があるのか?」

「まさか」


福郎の思惑はさっぱりだが、確かな事がある。それは、このゲームはどうしたって自分の勝ちだという事だと、鷭は口角を上げ、不敵に笑う。


「目隠しした位で人の髪とそれ以外判別出来なくなるような俺じゃないですよ。その気になれば誰の髪かまで当ててやりますよ」

「ほぅっほほ!流石の髪狂い、面白い物が見られそうだ」


ゴミ町に生きる者が各々抱える狂気の形。この男に当て嵌まるそれは、狂気的なまでのヘア・フェティシズム――詰まる所、尋常ならざる髪フェチだ。

一度触れた頭髪であれば、それが誰の物であるか髪一本から特定可能。更に、髪から性格から生活習慣から何まで分かるという。

鷭に掛かれば、人とそれ以外の毛髪の識別など、児戯同然。目隠しではまるでハンデにならないと勝ち誇った顔の鷭に、福郎はニィ、と眼を細めた。


「では、始めるが良い。制限時間は設けておらんでな、じっくりと考えるが良い」


五分後。


「答えはお決まりでしょうか、鷭様」

「うーーーん……」


あれだけ自信満々で挑んでいた鷭は、またしても首を傾げ、唇を鳥の如く尖らせて悩んでいた。


「会長〜。これ、人の髪じゃない物当てるクイズですよね?」

「如何にも」

「うぅ〜ん、成る程……難しいなぁ……」


鷭の中で、答えはとうに出ている。

並べられた毛髪を指先でなぞった時点で、それが何か理解出来ている。
問題は、問題だ。

鷭は刈り上げた後頭部をざりざりと掻きながら、これはどう答えるべきかと問うように呟く。


「俺が触った十本の中に、人間の髪は一つも無かった。……けど、俺の解釈的には人間の髪とも言えるのが四つあるんですよねぇ……」

「ほぅ」

「前々から気になってはいたんですけどね。でもどう見ても人間だし、そういう人種なのかな〜って思ってたんですけど……やっぱ人間じゃないって事でいいのかなぁ……」


問われているのは、人か、人でないか、だ。
難しいのはその一点のみだと、鷭は眉を顰め、うんうんと唸る。

毛髪だけで言えば、人ではない。しかし、これが誰の髪であるか理解出来るが故に、鷭は答えに困っている。そうか、悩ましい点は解釈の話かと、福郎はククと喉を鳴らした。


「主の解釈的に人間の髪と言えるのはどれだ?」

「それ、答えちゃって良いんです?」

「良い。答えてみせよ、鷭」


そういう事なら、と鷭は迷いなく該当する重石を指でとん、とん、と叩いていく。


「これと、これと、これと、これ」


黒服達が声も上げずにどよめく中、想定通りの結果と予想以上の成果に福郎が肩を揺らして笑う。

何がそんなに面白いのか。そも、この遊戯に何の意味があるのか。分からないままで済ますには余りに大きなその疑念を、鷭はお金が貰えるならそれで良いかで片付けた。


「この四本が、俺的解釈で人間の髪です」

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