カナリヤ・カラス | ナノ


宗教上の理由。その一言で片付けられるものだった。


(……何故、私をお選びになられたのですか)


彼女を選んだのは、消去法だった。

誰も彼もが神だの教義だのと、何処の誰が作り上げたかも分からないものを崇拝する中、ただ一人、不信を抱えている少女。どうあっても誰かを傍に置かなければならないなら、彼女がちょうどいいと思った。それ以上もそれ以下も無い。

宗教上の理由で娶った女。最も都合の良い傀儡。

情など無い。期待もしていない。それは彼女も同じだろうと、そう思っていた。


「おはようございます、蓮角様」

「…………ああ」


寝室から出ると、当たり前のように朝食が用意されている。毎朝のことだ。今更驚くことでもない。

炊き立ての米の匂い、温かい味噌汁、焼き魚と口直しの漬物。御土真教にいた頃、信者の女中達が作っていたそれに比べれば質素な物だが、文句の付けどころのない朝食だ。

頼まれたでも命じられたでも無いのに、よく毎朝作れるものだと蓮角はダイニングチェアに腰掛ける。


安楽屋から退院してから、秋沙は毎日毎食、こうして二人分の食事を作っている。蓮角がそうしろと言ったのではない。彼女が自発的に、当然のようにそうしたのだ。

だからこそ、蓮角は理解出来なかった。自分の分まで食事を作る義務も無いのに何故、と。

とはいえ、彼女が戻るまで適当に買ってきたインスタント食品か、ゴミ町近隣の飲食店を利用していた蓮角にとって有り難いことには違いなく。特に詮索することも無いまま、蓮角は日々、秋沙が作る食事を口にしている。


「今日のご予定は、午前中に葬儀が一件、お昼に鴉様とお仕事のお話……その後、ゴミ町町内会にご出席ですね。御夕飯は如何なさいますか?」

「……連絡する」

「かしこまりました」


秋沙が食後のお茶を淹れながら、一日の予定を確認する。これが毎朝の習慣になっている。有事の際、滞りなく連絡出来るように。且つ、此方の予定に合わせて食事の支度をする為、とのことだ。

葬儀屋に一日中いる時は此処で食事を摂るが、外に出向く時は弁当か外食になる。今日は会食の予定も無いので、秋沙が作った弁当が昼食。夜も特に用事が入らなければ、此処に帰って夕飯だ。


昨晩から下拵えして作った弁当を持って、玄関まで見送りに出る秋沙を見遣りながら、蓮角は思う。何故彼女は、こうも甲斐甲斐しく自分の世話を焼いて来るのか、と。


「いってらっしゃいませ、蓮角様」


柔らかな笑みに見送られながら、弁当片手に家を出る。

これではまるで、世間一般に言う夫婦のようだと思いながら、蓮角は葬儀屋へ足を進めた。


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