カナリヤ・カラス | ナノ





人の手で作られたものは人の都合の良いものでしかない。

それは道具に限らず、娯楽や法、教育に至るまで、全ては利潤の為にある。
といっても、その恩恵を全ての人間が受けれることなどある訳もなく。あらゆるものには犠牲と影が伴っている。

与えられる側であった筈のギンペーがそれを痛感したのは、この町に流れ着いてからのことであった。


「どうしたのギンペーさん、元気ないね」

「うーーーん……」


デスクに俯せ、顎を乗せると、全身に巡る気怠さが溜め息になって出て来た。

時刻は午前十時。金成屋開店からそう時間は経っておらず、いつもの彼であれば、今日も一日頑張るぞという張り切った姿勢のままなのだが。
先日の、ゴミ町を襲った事件から、彼はどうにもやる気が出なかった。事件というのは無論、桃源狂中毒者によるゴミ町襲撃の一件のことである。


「なぁんか、やる気出ないっていうか……疲れたっていうか……」

「……まぁ、ここのとこごたついてばっかだしね」


本来、国が国民を使って、テロリスト対策の人体実験を施すなど、大きな問題になって当然のことである。
それ以前に、製造を禁止され闇に葬られた筈のドーピングドラッグなどという、大戦の負の遺産を持ち出すこと自体はタブーに違いない。

だというのに、だ。桃源狂による実験で出た百を越える犠牲も、彼等の試運転テストで出たゴミ町住人の死も、国では一切騒がれることはないまま、一週間が経過した。

それについて疑問を抱いたのは、ギンペーだけだった。


ゴミ町という環境に浸り切っている人間は、誰一人として、今回の事件はもうカタがついたものとして、それで終わらせていた。

その理由は酷く単純なもので、端的に言ってしまえば、彼等は自分達は国民ではないことを自覚しているからであった。


此処、天奉国に於いて”国民”と認められ権利を有しているのは、壁の中に、都に住まう人間達だけである。

あらゆる大戦の爪痕から目を背け、護るべきものだけを囲った壁の内側。其処にいる者こそが天奉国民であり、それ以外は人間ではないというのが、この国の認識だ。

あまりに極端で、あまりに倫理に欠ける基準であるが、それについて”国民”が異を唱えることは、この法が出来て百年、一度たりとて無かった。
壁の中にいる”国民”達は、外の人間に権利など与えずとも、平穏に過ごせるからだ。


元々、壁の外に弾かれた人間達というのは、天奉国にとっての反乱分子や、犯罪者達である。
そんな人間に権利を与えたところで、ロクなことにならないし、何より、虐げても構わない人間がいるというのは、とても都合が良かった。

大戦に様々なものを失ったこの世界にしぶとく残っている、人間という資産。それを有用に使えるのだから。


今回の事件も、そうした国の、国民の歪んだ認識から生まれ、そして終わった。

国は、壁の外で暮らす鼠を使って、鼠駆除の為の実験をした。そんな意識しか持っていないが為に、誰も騒ぐことはなく、都の平穏は続いている。
燕姫によって殺された研究員にしても、壁の外に出てしまった時点で――いや、鼠に殺された時点で、同じような見解が施されたのだろう。

あんまりな処置だが、それを糾弾する者は、聳え立つ壁の内側にはいない。それを口にすれば、自分もまた弾かれてしまうのが目に見えているからだ。


そんな国のシステムに気が付いたギンペーは、ついこの間まで確かに人間であった自分も、隣にいる人間も変わらずゴミと見做されていることに憤慨していた。
人間が、人間を食い物にして、しかもそれを当然としているだなんて、どうかしていると。

しかし、ゴミ町の人間達は誰もそんなことを気にはしていなかった。


彼等はこの町にいる以上、自分達も須らく廃棄物であることを認めている。そして、人が人を喰らうのは世の常であり、此処も変わらないことを知っている。

百年戦争により、この国は、この世界は、枯渇してしまった。
残っているのは腐った海、荒れた大地、淀んだ空、蔓延る生物兵器と、異常発達したテクノロジーと、それを扱う人間だ。
それだけ物が少ない世界となれば、手の届くものを食い物にするのは最早必然とも言えることであり、
その食うか食われるかの戦いを勝ち上がることだけを考えているゴミ町の人間達は、理不尽なんてものに構っていられないのだ。


なんとも虚しいが、悲しいとは言えない、そんな住人達の姿勢に、ギンペーは参っていた。

自分がまだこの町に染まり切っていないことは、分かっている。しかし、自覚をしていても周囲とのズレを感じるというのは中々に堪える。
故に、ギンペーはどうにも活気付けずにいたのだが。


「いーさめー、わーこうどぉ♪てーんのもーとーーー♪」

「ぎゃっ!!」


ごつんと鈍い音と共に、彼の頭がデスクに沈んだ。
何事かと顏を上げ、涙が滲む目を向ければ、その先には鞘に納めた刀で肩をとんとんと叩く鴉がいた。

彼に何かされたというのは、突如響いた歌声で分かったのだが、手に持っているものからするに、刀で頭を叩かれていたらしい。
ギンペーはじんじん痛む頭を擦りながら、突然の仕打ちに対し軽く抗議した。


「な、何するんっすか鴉さ……」

「おめぇはよくもまぁ、何もしねぇでいてくれてんなァ、ギンペーよぉ」


が、その口は此方を笑顔で睨む鴉への恐怖心により、強制的にシャットアウトされた。

理不尽に対して怒る感性を未だ持ち合わせているギンペーだが、恐れが勝れば怒りは潮のように引くものだ。
反抗すればより手酷い理不尽が襲い来ることが分かっているのもあり、ギンペーは鞘の先でぐりぐりと頬を捏ねられても、ぐっと耐え忍んだ。

ゴミ町には染まり切っていないというのに、もうすっかりこんな様が板についてしまっているのだから、嘆かわしい限りである。


「天奉国国歌にもあるとーり、若い奴はきびきび働けってんだよ。御国と言う名の社会を牛耳る連中の為になァ」

「あぁ…それで国歌を」


鴉はギンペーの顏を変形させることに早々に飽きたのか、すぐに彼から刀を離した。

正直、見ている此方の頬が痛みそうなレベルで鞘がめり込んでいたので、ギンペーよりも横で見ていた雛鳴子の方がほっとしてしまった。
ちなみに、鷹彦は向かいで肩を震わせて笑うのを堪えていた。薄情な男であるが、鴉の横暴さが目立つので誰も気にはしない。

しかし、そんな暴君にも言い分はあった。


「ったく、仕事に慣れてきた矢先に弛むたぁ若い内に出来る傲慢だな、嘆かわしい」

「弛むっていうか、くたびれてるんですよギンペーさんは……」

「何にせよ、張り詰めりゃ真っ直ぐになんだろうがよ。ようは気持ちの問題だ」


言われのない嫌がらせをすることが多い鴉だが、考えがあっての行動もある。今回彼の突然の暴威は、ギンペーの怠慢を正す為らしい。
他にやり方はあるだろうに、こんな形で仕掛けてくるのは、彼の性格の問題だろう。

ともあれ、だらけていることを指摘されたギンペーは、言い逃れようもなくその通りなので、シュンと一回り小さくなった。


確かに、自分はだれていた。国のとんでもない政策に曝され、いつ自分もその下敷きにされるのかと考えて疲弊しても、それに同調する人間がいないことに、遣る瀬無さを感じて。

それでも、雛鳴子の言った通り、ここ最近はあれこれごたついていたのもあったのだ。疲れていたのもまた真実であり、そこに多少の労わりがあっても…と、ギンペーは肩を落としたが。
金成屋・鴉という男は、そうした些細な人間の機微を見逃さず、掌握する術に長けている。


「そこで、だ。ギンペー、お前寝腐ってねぇで仕事行ってこい」

「仕事っすか?でも俺、今日は集金の予定……」

「ちげぇよ。俺直々の緊急クエストだ」


鴉は自分のデスクから、一つファイルを手に取って、それでギンペーの額を小突いた。

今度のそれは本当に無意味な暴力だが、それよりもギンペーは鴉の言う、緊急クエストに意識を向けていた。


「こないだのジャンキー騒動で、ゴミ町はあっちこっち被害を被ってる。金を貸すにゃ絶好の機会だからよ、営業行って来い」

「え、営業っすか!」

「お前もそろそろ覚えるべきだと思うしよ。いい機会だから雛鳴子に教えさせる」


鴉は飴と鞭の使い分けが上手い。

飴をより一層美味く見せて相手を食い付かせる為に容赦なく鞭を振るったかと思えば、時に飴でぶっ叩いたり、鞭で引っ張り上げてきたりと、
とにかく持ち合わせの物を使うことに関して、鴉は天才であった。

ギンペーが単純極まりないこともあるが、先程まで仕事に対する意欲を失っていた彼を見事復活させた手腕を見ると、流石と言いたくなってしまう。


ちゃっかり自分に面倒を押し付けられているのは納得いかないが、彼に抗議をしても無駄なのは分かっているので、雛鳴子は諦めて溜め息を零した。
やはり鷹彦は軽く吹き出していたが、今度のそれはしかと雛鳴子の耳に届いた。

しかし、雛鳴子がギンペーの立ち位置にいた頃、鴉の飴に踊らされた自分にあれこれ教える破目になっていた彼には、どうにも文句を言えない。

よって、鷹彦は軽く睨むだけで済まして、雛鳴子はギンペーとの仕事に向かうことに気持ちを切り替えた。


「こいつぁ、俺が作った営業ポイントつきの地図と、名簿な。優先順位も書いてあっから、手際よく回ってこい」

「了解っす!」


こうして、雛鳴子とギンペーは、契約書の入った封筒やら鴉の特製ファイルやらを持って、いざ営業と金成屋を出たのであった。


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