カナリヤ・カラス | ナノ
「営業はね、基本的にはセールスだから。如何に相手にお金を借りる利点があるかをアピールするの」
思えば、二人で仕事をすることは多いが、こうして何かを教わりながらというのは、ギンペーが金成屋に入った初日以降である。
あの時に比べると、雛鳴子の此方に対する態度は随分変わったものだ。そんな懐かしさに浸りながらも、ギンペーはメモ帳片手に雛鳴子の説明にしっかりと耳を傾けた。
呆然として聞いてませんでしたでは、あの時のように怒られてしまうし、ギンペーは新しい仕事がさせてもらえることが嬉しかったのだ。
真剣な面持ちでボールペンを持つギンペーに、いつぞやの自分が重なる。
少し前の雛鳴子は、それを断固認めようとしなかっただろうが、今の彼女は、少しおかしいなと思えていた。
「鴉さんが目星をつけたとこ、娼婦館が多いでしょ?多分。こないだの事件のせいで、外での営業を自粛せざるを得なくなったとこが多いと思うの。
だから、此処らにはお店にお客さんを集めるプランを提案して、その為に必要になるお金を借りてはどうでしょうって交渉する訳」
「ふんふん、成る程!」
「そういうプランは鴉さんと鷹彦さんが考えてくれてるから、私達はそれを上手く伝えるのが一番の仕事。今日は私がお手本見せて、今度改めてセールスの仕方教えるね」
「うん!よろしく雛ちゃん!」
金成屋の仕事を本格的に始めた時の雛鳴子は、新しい仕事を教わる度に、これで自分は自由に一歩大きく前進出来ると喜んでいた。
一方ギンペーは、これで一人前に近付けると、似ているようで違う理由で浮足立っている。
動機は違えど、同じことで喜んでるなんてなぁ、と。雛鳴子はそれが不思議で、おかしかった。
そんな風に考えられるようになったのは、彼女がギンペーを認めたからで。自覚していない間にも、ギンペーはじりじり一人前になりつつあるのだった。
と言っても、まだまだ彼は殻から出たばかりの半人前未満だが。ともあれ、今回の二人は初回に比べて遥かに良好な空気でスタート出来た。
「……で、最初に回るとこは…っと」
ところがどっこい。歩き出したばかりのひよこ達に、この町はやはり甘くなく。
鴉から渡された地図を頼りに辿り着いた場所で、雛鳴子とギンペーは揃って口をあんぐりとさせた。
「おや……奇遇でございますね、雛鳴子様、ギンペー様」
「……黒丸、さん」
最初の目的地たる娼婦館にて、二人が遭遇したのは黒丸であった。
今日も今日とて黒いスーツにぴっしりと身を固め、男女まぐわう施設にまるで似つかわしくない涼やかな顔をしている、黒丸であった。
出くわしたのが他の人間であれば、雛鳴子達はこうも驚きはしなかったし、妙な空気にもならなかっただろう。
だが、出会ったのが如何にも仕事一辺倒で、金を払ってまで女を抱くような人間に全く見えない黒丸だった故に、二人は目配せで会話をしていた。
「黒丸さん、こんなとこ来る人だったの?」「いや、この人に限ってそれは…」と。
そんなことを思われているとは露知らず。
黒丸は、自分と違わずこんなとこにいるのはおかしな二人を見て、彼等が手に持っている茶封筒やら何やらを見て察したらしく、淡々と世間話を切り出した。
「本日は営業でございますか?」
「はぁ、まぁ……そうなんですけど………黒丸さんは?」
「私も、お二人と同様営業でございます」
ほっと安堵の息を吐かれた黒丸は、頭に?を浮かべて小さく首を傾げた。
が、すぐに雛鳴子とギンペーが取り繕うかのように苦笑いを浮かべるので、特に気にはせず、そのまま話を続けた。
「先の連続女性惨殺事件と、桃源狂中毒者の大量導入実験により、ゴミ町では男女含めて五十余名が亡くなられました。
その葬儀の手筈や、空いてしまった人員の補給を勧めるべく、月の会で動いている最中でございまして」
「……どこも騒動に便乗して商売するのは一緒なんですね」
他人の不幸に寄ってたかって、品がないにも程があるが、此方も明日食う飯の為に土足で踏み入らねばならないこともある。
それに、先方とていつまでも悲しみに打ちひしがれていられない。出た損害を取り戻す必要があり、その為にあれこれ借りたい手だってあるのだ。
付け入る、というのではなく、すり寄っていくと言ってもいいだろう。この場合。
しかし、その影で糸を引く人間のことを思うと、やはりなぁと思ってしまうのも、また然りであった。
鴉に、福郎。彼等だけでなく、今回の一件に目をつけて利益を出そうと動いている者は多くいる。
例えば掃除屋は、各地に散らかった死体を撤去したり、汚れた壁や道を清掃したりで、今回一番儲けている様だし、
この一件で最も荒れていた燕姫も、ハチゾーと手を組んで、桃源狂の情報をリークし、新たな薬学に着手しようとしているらしい。
結局この町は、何があろうとも人の欲望で動き続けるのだ。その流れに、自分達は乗っている。
そう思うことにしておこうと片付けることにするも、ふと目についたものに、雛鳴子達は視線を奪われた。
「…あそこにいる人は、葬儀の?」
「はい。被害に遭われた方の宗教が御土真教(おんどしんきょう)でございましたので、本山からお呼び致しました」
視界の端に映ったのは、黒丸が連れてきたらしい、修道衣を纏った男であった。
限りなく黒に近い茶色の服に、白地に赤で柄が付けられたエピタラヒリを肩に下げている。
黒丸の言う、御土真教というのは今一つ耳にしたことがないが、如何にもな格好から宗教関連者であることは理解出来た。
「…宗教にあわせて人材派遣出来るとは、流石ですね……」
娼婦でも葬儀を上げてくれるものなのかと思いながら、少しばかし修道衣の男と店の人間のやり取りを見ていたが、
どうやら死んだ娼婦の常連客が酷く心を痛め、是非弔いたいと葬儀を希望したらしい。
ゴミ町にも情はあるのだな、と思いながら、雛鳴子とギンペーは顔を合わせて、うんと同時に頷いた。
「…取り敢えず、今はやめておこうか。忙しそうだし……」
「だね……次のとこは先越されてないといいけど……」
流石に葬儀の打ち合わせにずけずけと入って、お金借りてくださいは無粋を極める。
鴉の立てたコース取りは間違ってはいなかったが、タイミングは悪かったようだ。
二人は此処を後回しにすることにして、次の目的地へと向かった。