カナリヤ・カラス | ナノ


一階の正面引き戸を開ければ、何の価値があるのかも分からないガラクタまがいの物々が陳列された棚が眼に入った。

錆ついたブリキの玩具から、古代文明の産物らしき何かの破片、何処かの土産のような置物。雑多に並べられた品々の殆どはその辺で拾ってきたゴミのように見えたが、中には宝石が飾られた金細工のネックレスや、雛鳴子でも知っている有名ブランドの鞄など、目玉が飛び出るような物品も紛れ込んでいた。

きっと、この中のどれもが、出るとこに出れば札束に変わる物なのだろう。それを無造作に置くのはどうかと思ったが、この適当さに鴉の性格が現れているようで、妙に腑に落ちた。


売り場を抜けると、金成屋の仕事場となる事務室があった。

中には簡素な事務机が三つ。一つは鷹彦の物だろう。物がそれなりに整理整頓されている辺りに、彼らしさを感じた。残り二つは紙の山と、古びたパソコンとファックスが置かれ、その更に奥には、鴉の物だろう無駄に立派な机と椅子があった。

机の上には雑多に置かれたファイルや書類の中に卑猥な表紙の雑誌が紛れている。机というのは物を言わずとも如実に持ち主を語るのだなと、雛鳴子は顰めた顔を横に逸らした。

事務室の横には開けっ放しの襖の向こうに畳貼りの部屋があり、ちゃぶ台と座布団が見えた。恐らく応接間なのだろう。
其処で胡坐を掻き、朝食――小ぶりの包子めいた物――を頬張っていた鷹彦が此方に気付くや、拶代わりに軽く会釈してきた。やはりこの人はまともだ。雛鳴子が頭を下げて返すと、鴉が旋毛の辺りを軽く小突いてきた。


「お前は床の掃除でもしてろ。ただ突っ立って話聞いてるだけで金得られると思ったら大間違いだからな」

「……はいはい」


それだけ言うと、鴉も応接間へと乗り上げ、座布団に腰を据えると、ちゃぶ台の上に持参してきた書類を広げた。どうやら応接間は会議室でもあるらしい。鷹彦が残った包子を口に放り込むのを見遣ると、雛鳴子は壁の隅に立てかれられた箒を手に、掃除を始めた。

事務所はあちこちに埃が溜まり、部屋の隅には新聞や雑誌が山を成して鎮座している。その上煙草臭いし、応接間も遠目で分かるほど薄汚れていると来た。これから少し忙しくなりそうだな、と雛鳴子が嘆息した所で、鴉達の会議が始まった。


「まず、安樂屋(あんらくや)の改築費、四百万の一括返済を集金。今後の利用については検討中だそうだ」

「あそこについては返済の心配はいらねぇからなぁ。何とか理由付けて貸付てぇ所だが……アイツの事だ、当面は金使わねぇだろ。スルーで」


話から察するに、どうやら金成屋にも常連やお得意の類がいるらしい。これは今後の仕事をする上で覚えておいた方がよさそうだ、と雛鳴子は頭に刻みながら手を動かした。

手を少しでも休めれば、鴉が目敏く其処を突いてきそうだし、このくらい熟せない内には、あの男の鼻を明かせない。雛鳴子はせっせと床を掃きながら、鴉達の会話に耳を澄ませた。


「次に、先月の依頼人・小森から五十万を集金。ノルマ百万の半額だが、事業は上手くいっているようだったので問題はないだろう」

「OK。来月のノルマは百五十万にしておけ。間に合わなかったらてめーの息子を地雷撤去のバイトに行かせるって脅しかけとけよ」

「了解。次に……」


やや物騒な単語が織り交じる集金会議を聞きながら、雛鳴子は掃き掃除を終える頃には、大方この店の仕組みを解釈した。

金成屋は鴉が言った通り、依頼人の望んだ金額を用意する代償に、その倍額を請求することが仕事であり、依頼人の返済管理も仕事の内らしい。
倍額という固定金額の為、利子は無し。返済期限もないようだが、集金日というものがあるらしい。

鴉達は負債者毎に集金日と返済ノルマを設定し、相手の状況に応じてノルマ額の調整や、返済プランの変更を行う。お得意級になると、放っておいても集金日には契約金が用意されているが、人生を立て直す目的で此処に飛び込んだような人間は、彼らに尻を蹴られながら返済に励んでいるらしい。

法外な利子が無いだけ、雛鳴子の父親が引っ掛かった闇金融の類よりはマシに思えるが、何せ相手があの鴉だ。借金返済の為、彼に持てる全てを根こそぎ使われるというのは、馬鹿げた額の金利よりいっそ恐ろしい。

しかも此処は壁の外。法律の及ばない場所で彼と契約するという事は、丸裸で獣の巣に踏み込むような物だ。骨までしゃぶり尽くされる事になろうと、自業自得。それが罷り通ってしまうのが此処、ゴミ町なのだ。


「そうだ、こないだ返済終わった会社あったろ。あそこにコイツら全員捻じ込んで一日十八時間働かせようぜ。金作る為にやらせた仕事ネタにすりゃ、喜んで雇ってくれるだろ」

「ありだな。そろそろ密造銃のおかわりが欲しいと言われそうな所だし、作らせるか」

「じゃあ材料はこっちに工面させて……と」


この店が搾取しているのは金ではなく、人だ。飴と鞭を使い分け、恩を売るような素振りで相手の弱味に付け込み、借金完済後も利用し、とことん搾り取る。

金さえ返せばそれで終い。そうならないが故に、この店は質が悪い。美味しい話には裏があるとはまさにこれだ。倍額固定金利、返済期限無しという餌に食い付けば最後。負債者達はその全てを鴉に支配される事になる。

掃った埃を塵取りに集めながら、雛鳴子は今更ながら何て奴と関わってしまったんだと黄昏れた。だが、今は項垂れている時間も惜しい。何せ自分は、他の負債者達と違って五年間という期限が付いているのだからと、雛鳴子は気持ちを切り替え、塵取りいっぱいに集まった砂と埃をゴミ箱に捨てた。


「そんじゃ、昨日来た仕事についてだな」


拭き掃除に取り掛かろうと、雛鳴子が雑巾とバケツの用意を終えた頃。鴉達は次の議題に取り掛かっていた。


「依頼人は運送業者の中野部。難病に罹った子どもの手術代の為、大至急一千五百万が必要だそうだ」

「泣かせる〜。んで、鷹彦。こいつに三千万の返済能力はあるのか?」

「依頼人は三十四歳。貯金は無し、給料も安いが、体力はある。子どもの為ならどんな事もすると言っていたので、プランの一つとしてタコ部屋を奨めた所、承諾したので仮契約を結んだ」


鷹彦が淡々とそう言い放つと、鴉は会議開始から三本目の煙草を灰皿に捻じ込んだ。

育った環境から、その手の話についてそれなりに知っている雛鳴子だが、それでも分からない言葉は多々出て来る。
タコ部屋とは何だろう。蛸と何か関係があるのだろうか――と雛鳴子は首を傾げたが、今聞きに行けば小馬鹿にされるのは眼に見えているので、後でこっそり鷹彦に聞こうと心に決めた。

話の内容からしてロクなものではないのは察知出来るが、適当なニュアンスで物を覚えるのは良くない。分からない事はちゃんと聞こう。例え鴉に嗤われても。想像して腹を立てつつ、雛鳴子は自分にそう言い聞かせた。


「ちょうどいい。もうすぐ砂漠舟の運行ルート工事が始まるから、其処にぶち込もう。運チャンなら運送舟の免許持ってるだろうし」

「了解。で、今回はどうやって金を工面するんだ? 鴉」


鷹彦がそう尋ねると、鴉は座布団から腰を上げ、小上がりに脱ぎ捨てていたブーツに足を捩じ込んだ。一体何処へ行くのかと、雛鳴子の視線に追われながら、鴉は自らの机近くまで足を進め、やがて傍らに置かれた傘立てのようなガラクタ入れから、一本の刀を引き抜いた。


「じじいからの紹介で、割のいいヤツがあった。ちょっくら稼いで、用意してやろうじゃねぇの、一千五百万」


それは、彼の物であることを主張するかのように、鞘も柄も黒い刀。それを流れるような動作で腰に差すと、鴉はコートを翻し、高らかに宣言した。


「廃村のテロリスト百人斬り。陳腐な舞台にしちゃぁ、豪勢な演目だ」

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