カナリヤ・カラス | ナノ



百年戦争により、大地の殆どが死に絶えたことで、古来から受け継がれてきた農業は滅びた。

現在の農業と言えば、戦後残された植物のDNAから野菜そのものを復元し、それを工場で量産するというもので。
土地を耕し、種を植え、水をやり、芽を間引くといったステレオタイプの農業は、天奉国以外でも殆ど行われていない。

故に、畑というのは都に居てはまず見れるものではなく、壁外にしても珍しいものなのだが。
楽須弥には見事な畑が各地に作られ、家屋の前に、後ろに、横にと、大小様々な規模で、見事に植物が育てられていた。


「すごいですね……ほんとに、この時代にあんなに植物が育てられるだなんて……」


都暮らしが長かった雛鳴子とギンペーは、初めて見た畑が物珍しいのか、かなり高揚した様子で、楽須弥を眺めていたが、
ゴミ町から離れた場所で仕事をすることも多い鴉と鷹彦は、規模にのみ感心した後、すぐに視点を畑から、集落全体へと移していた。

此処からでも、集落に大きな騒ぎが起きたような形跡は見られない。そもそも、畑がああも綺麗に残されているということ自体、不気味なことだ。
邪教の巣として、跡形もなく荒らされていてもいいだろうに。
恐らく、というか、間違いなく。御土真教の本山たる寺院であろう、集落の最奥に構えられた立派な建物すらも、何事もないかのように構えているのは、どういうことなのか。

何処も彼処も、軍艦が近くにあるのが蜃気楼に思える程に平穏そのもので、いっそ気持ちが悪い。

更に近付いて、集落内に立ち入れば、真相が見えてくるのだろうが…と、鴉が苦い顔をした時だった。


「あっちなんか花畑になってますよ。植物が好きなんすね、此処の人達」


ギンペーがそう言うと同時に、鴉達が彼の視線の先へ顔を向け――間もなく、鴉が堪え切れなくなったかのように吹き出したかと思えば、声を上げて笑い出した。


「カカカカカ!!植物が好きかぁ!カカカ!ギンペー、お前あれが園芸で植えられてると思ってんのか?!」

「え……え?」


いつものことながら、状況が分かっていないのは、ギンペーだけで。
雛鳴子は、花畑を見るや顔を盛大に顰め、鷹彦は納得がいったというような苦々しい表情を浮かべていた。

その横で、蓮角はというと――だから言っただろう、というような澄まし顔をして、平然と佇んでおり。
訳が分からず狼狽えるギンペーをそのままに、腹を抱えて笑っていた鴉は、非常に愉しそうな声を蓮角に向けた。


「はー、成る程な。ようやく納得したぜ、色々と。しっかし、女神様の恩恵を受けてるこの土地で、お前らとんでもねぇもん育てやがってよ。罰当たんぞ」

「これもまた、神が作り生み出したものだろう。それを植えて、育てることは教義に反してはいない。……最も、道徳には背いているがな」

「カカカ!ちげぇねぇ!!」


蓮角が、僅かにだが口角を上げて、冗談を言うような口ぶりをしたのが、さぞ面白かったのか。
鴉はまたゲラゲラと笑い出したが、ギンペーには何がそんなに面白いのか分からず。

分かっていても笑えていない二人に、尋ねていいものかと迷っている内に、鷹彦の方から、事態の全貌を簡潔に明かしてくれた。


「ギンペー、あれは、麻薬の原料だ。あっちの花畑も、ついでに向こうのやつもな」

「…………は?」


ざわ、と吹き抜けた風に撫でられ、遠くで咲き乱れる白い花が、波を作った。

それはとても神秘的で、息を呑むような光景だと、少し前のギンペーなら、そう感じただろう。
だが、あの花の正体を知ってしまった今。ギンペーは、そよぐ花の白さに、底気味悪ささえ覚えた。

この距離で、花の匂いは嗅ぎ取れない。しかし、あの花をあそこに犇かせた人間の、浅ましさやドス黒い欲望が、鼻を衝いてくるようで。
雛鳴子が汚らわしいものを見る眼をしている訳を悟ったギンペーの横で、鷹彦は呆れ返ったような声で続けた。


「法が意味を為さず、広大な土地がある壁外は、麻薬原料の植物を育てるにはうってつけだ。
弾かれた民の集落は、麻薬と煙草で成り立っているものも多いが……こうもでかい畑が出来る土地も、そうはあるまい。
生きた土地に、植物を育てる為の水……それが備わったこの環境は、札束畑と言ってもいいだろうな。
これを置いて逃げるのは、よっぽど自分の命が惜しい時以外にないだろう」

「なぁにが宗教家だよ。お前んとこじゃ、麻薬カルテルのボスは司教様っつーのかよ。カカカカカ!」


そういうことかと、ギンペーはようやく全てを把握した。

何故、蓮角がこうも楽須弥奪還にこだわるのか。何故、征圧に来た都の軍が此処を丁重に扱っているのか。
それはこの地が、金になるから。この一言に尽きた。




滅びきった星に残された、一握りの浄土とも言えるこの奇跡の地。

国から弾かれ、砂漠を彷徨っていた人々は、この場所を神が与え賜うた安住の地とし、楽須弥という集落を築き。
畑を作って食物を育て、恵みを授けた神に祈りを捧げ、豊穣と繁栄の喜びをより多くの人々と分かち合わんと、自分達の信仰を広げるべく、宗教を作った。

そうして生まれた御土真教は、瞬く間に布教し、楽須弥は栄え、弾かれた民の集落としては最大級の規模と言えるまでに発展した。


それに伴い、御土真教自体も拡大し、純粋な信仰心と感謝の念で始まった筈の教団に、欲望の芽が出てきた。

多くの信者からの寄付と、豊かな土地が生み出す利潤。それらを前に、本質を見失った人間達が、奇跡の地に悪意を埋めた。それがあの、麻薬の花である。


「おかしな話だとは思ったぜ。なんでわざわざ都にまで出向いて、支部だなんだおっ建ててんのか。現ナマ主義者の集まりであるゴミ町にまで、信者がいんのか。
だが、蓋を開けりゃ簡単な話……いや、お前、最初から言ってたな。『神だの教えだのを利用して利益を貪る為に、宗教家をやっている』ってよ」


最初は、清らかな隣人愛で教えを説いていた筈だった。
それが予想以上に広がり、利益を生み出してしまったが為に、様々なものが狂い出していった。

天寵教の弾圧に対し、過剰なまでに反発し、武器を手に取ったのも、その時には既に、都の支部で捌いていた麻薬が、とんでもない利益を生み出していたからで。
戦力差に押され身を潜めた後にも、彼等は各地に女神から授かった豊穣の証として麻薬を広め、水面下でじわじわと収益を得続けていた。

その果てに生まれたのが、彼――大条寺蓮角のような男だ。

神を微塵たりとも信じていないくせに、その名を隠れ蓑に、麻薬を売り捌き、莫大な富を得ることだけを考える。
その為に彼は、御土真教に執着し、宗教家を名乗り、異教徒の殲滅に躍起になっていたのだと。
合点のいった鴉は笑い疲れたと言いたげな様子で、まだニタニタと笑みを浮かべていた。


「お前がやってたのは、慈悲深い女神様に感謝しましょうっつー聖書の読み聞かせじゃなく、まさに商売そのものだった訳だ。
支部の名を借りた密売所でヤク捌いて、教えと共に広げ、信者という真性のジャンキーを量産する。
そうして出るとんでもねぇ稼ぎの為に、かつて取られた営業所を取り戻そうと武器を手に取った。そういうことだろ?」

「まぁ、凡そそんなところだが……一つ訂正させてもらおう。俺は元々、レコンキスタなんてものを起こす気は微塵もなかった。
ただ、新しく作った支部で麻薬を広めていたところが見付かって、あちらから攻撃を受けたので反撃に出たら、何故か此方からけしかけたことにされただけのことだ」

「カカカ!確かにそりゃ、営業妨害もいいとこだな!!」


これはやはり、宗教戦争なんていう、高尚なものではなかった。
御土真教という名の麻薬カルテルを牛耳った男の、エゴと欲望で焚き付けられた騒乱だ。

しれっと、悪びれた様子もなく、己の悪事を吐いてみせた蓮角は、この麻薬畑の為に、鴉と契約し、本山奪還を狙っている。


上手く此方が働き、都の軍を片付けた後にも、彼には多くの敵が襲い来ることだろう。
だが、それでもこの男は、札束に代わる花が咲くこの土地を、手離すことはない。

どんな手を使っても、何に成り果てようとも、彼は戦い、存在を否定さえしている神の教えを、適当に唱え続けるだろう。

一度手にしてしまった途方もない権威と利益に、この男は、囚われている。だから、都守がいると承知で、此処に戻って来たのだ。


呆れる程に愚かしい、この強欲さを、雛鳴子は心底軽蔑し、ギンペーもどうかしていると顔を顰めたが。それでも蓮角は一切揺らがない。

まるで、これ以外に道はないと、疑わないかのような。


その様に、鴉が気付いた時には、蓮角は足を進め、さっさと先に進んでしまっていて。これ以上の言及は許してはくれなかった。

致し方ない、と区切りをつけ、鴉達は彼の後に続いた。

女神の恩沢を受ける地に築かれた、悪徳と貪婪の栄える集落――楽須弥は、ただ静かに彼等を迎え入れる。


prev next

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -