カナリヤ・カラス | ナノ


傍らの空席に転がり込んできた青年に、男達は軽く目を瞠った。その、赤と黒のツートンカラーに仕立てた派手な髪に驚いたのではない。よく此処に来られたな、という意味で驚いたのだ。


「鷭じゃねーか」

「お前、この前ドッグレースでスッて金成屋に賭場出禁食らって無かったか?」


度々賭場で顔を合わせているので、彼らは鷭の悪癖と財布事情についてよく知っていた。

鷭は、金成屋に一千万の金を借りている。金成屋契約ルールに則り、返済金は二千万になる。CURURUの売り上げに、鴉の返済プランに組まれている「副業」の報酬を加えれば返せない額では無いのだが、鷭はコツコツ真面目にというのが致命的なまでに出来ない性分に加え、浪費癖がある。

金成屋で一千万を借り受ける羽目になったのもその為なのだが、それで自制や倹約が身に付く事も無く、鷭は欲しい物があれば後先考えずに金を落とし、集金日間近になって何とかしなければと焦って賭場に駆け込み、玉砕。惨敗。
その度に鴉を憤らせ、死にかけた事もあったが反省に繋がらず。ついに賭場出禁を食らうにまで至った鷭だが、まだ懲りていないらしい。自分達も大概だが、コイツは本当に救えねぇと男達が呆れる中、鷭は意気揚々と担いできた鞄を膝に上げた。


「フッフッフ……返済ノルマ達成出来なくて逆さ吊りにされていた頃の俺はもう居ないんだよねぇ!」

「おわっ?!なんだこの金?!」

「わーっはっはっは!もう俺は、契約書に縛られたりいないのだ!」


鞄の中には、鷭の借金を返せるだけの札束が入っていた。

一体何処から持ってきたのか。まさかこの為に別の所から借りて来たのかと訝る男達の横で、あろう事か、鷭は手持ちの金を全額注ぎ込んだ。


「おぉ〜、強気なベットだな」

「フ……勝つと分かってる勝負だからね。ドカンと稼いで店の改装しちゃうぞ〜!」

「まー、確かにこのカードなら誰でもそうするわな」


鷭が賭けたのは、プルチネルラだった。

倍率は低いが、これだけ賭ければ儲けもそれなりに出る。せっかく舞い込んだ大金だ。借金返済で終わっては勿体ない。稼いだ金で欲しかった機材を買って、インテリアも新調するのだと、鷭は嬉々として投票券を眺め、鼻歌を口遊む。


そう、自分には分かっているのだ。この勝負は確実に勝てるものだと。

だからこそ最終ラウンドまでは入らないようにと福郎に言われていたが、賭けさせてもらえるだけ有り難い。二千万も貰ったオマケに追加で稼がせてくれるなんて、感謝感激雨霰だとふくふく笑う鷭を後目に、男達はさて何処に賭けるかと思案した。


プルチネルラが勝つのは確実として、問題はその勝ち方だ。

雛鳴子は鴉のお気に入りだ。一分を過ぎた時点で金成屋が降参を選ぶ可能性が高いが、先の鷹彦戦のマイナスがある。この上更に大きなマイナスを出すのは鴉としても雛鳴子としても不本意だろう。となると、敢えて自分から向かってKOにしてもらうか。

さてどちらに賭けようか。観客達は皆、それを考えている。


「お……俺は、雛鳴子さんに賭けるぞ!!」

「俺もだ!!此処で賭けずして親衛隊を名乗れるかってんだ!!」

「此処で大負けしても寧ろ本望だ!!」


最早記念ベットとして金を投じている一部を除いて。


「さて、どうする鴉」


自分が負けといて何だが、という顔で鷹彦が呟く。

残りは今ゲーム含め二試合。最後の拳闘士も特別勝利条件も分からない以上、勝負出来る最後のチャンスは此処だ。しかし、相手はあのプルチネルラで、自分達にも分からない正体を一分以内に見抜けなければ事実上敗北という状況下で、賭けれるだけ賭けるというのも大きな危険性を孕んでいる。

先の試合と同じように、プルチネルラに降参を誘発されれば、今度こそ鴉は迷わずタオルを投げる。雛鳴子の性格的に、確実に鷹彦と同じような事をするからだ。

負けた時のリスクを考えれば、大きく賭けられない。だが、最低ベット額で凌いだ所で、という話でもある。


福郎は、言った。ラニスタとホルデアリウスで鴉が負けた場合、その金額に応じて臓器を提供すれば良い、と。

全盛期に比べ多少衰えたが、肉体の再生能力は未だ十二分にある。目覚めてから二十余年、人間のフリをして機能に制限を掛けておいたお陰か。内臓丸ごと十数回取り出されても、問題なく回復出来るだけの力が残っている。

負けたって、構いやしないのだ。ただそれは、自分の気持ちだけの話というのが問題だと、鴉は眉を顰めた。


(すみません……幾らなんでも、言って良いことと悪いことがあると思いまして)


気にするんだろうなァ、と鴉は酷くちっぽけに見える雛鳴子の背中を眺めた。


このゲームに乗ったのは、雛鳴子だ。ただでさえ鷹彦が手酷くやられて責任を感じているだろうに。その上、自分の所為で尋常じゃなく負けたとなれば、それはもう落ち込む筈だ。

今だって、重圧に押し潰されそうになっているのが後ろ姿からでも分かるのだから、負けた時の事を思うと溜め息が出た。


気にするなとか、最終的に決めたのは自分だとか、そういう言葉はきっと、何の慰めにもならない。

自分が弱くて、そのくせ愚かだったからと、らしくもなく嘆いたりするのだろう。


――見たくねぇな。


想像して、率直にそう思った。その為に自分が出来る事は何かと考えた末、鴉はチップを手に取って高らかに宣言した。


「十億」

「か、金成屋陣営、勝負に出たぁー−!!」


掴み取ったチップを五枚放ると同時に、雛鳴子の背中がびくりと震えた。

怯えているのだろう。自分が負ければそれだけの、いや、それ以上の物が失われるのだと、恐ろしくなっているのだろう。たった五枚のチップが、膝の上に積まれる石のように重く感じている筈だ。

だが、それで良い。


「雛鳴子!」


恐る恐る、雛鳴子が振り向く。案の定、その顔は不安に臆し、突けば泣き出しそうな眼が助けを乞うように此方を見遣る。

自分が此処で優しく手を差し伸べるような奴ではないと、誰より分かっているだろうに。
彼女の中で荒ぶ臆病風を吹き飛ばすようにハッと短く笑うと、鴉はべろりと舌を出し、立てた親指でそれを指した。


「負けたら、俺にキスしろ」

「…………はぁああ?!?!」

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