カナリヤ・カラス | ナノ


「さぁさぁ!!盛り上がって参りました所で、ラニスタとホルデアリウス!第一試合を行いたいと思います!!尚、今回の実況はモチロン私!!マスターオブセレモニー、キュー!!そして実況席には特別ゲストとしてこのお二人をお招きしております!!」

「どうも〜。暇なので来ました、運び屋幸之助でーす」

「父ちゃんが忙しいから来ました、ミツ屋のムクでーす」

「ムクくん、やっほー」

「雛鳴子ねーちゃん、やっほー!」

「「やっほーーー!!」」

「おい、ムク無限増殖バグ起きてんぞ」


自分に向けられた言葉を勝手に拾って盛り上がる雛鳴子ファンクラブの男達にこれでもかと睨み付けるムクの横で、幸之助がケラケラと笑う。


暇だからという理由で集まった面子ではあるが、ミツ屋と運び屋は厚意にしているのもあって、幸之助とムクは仲が良い。

舟であちこち移動している運び屋だからこそ手に入れられる情報を集めたいというのと、単純に外の事を聞きたいという目的から、ムクは度々、幸之助に話をしてくれとせがんでいる。
そんなムクを幸之助も弟のように可愛がっており、お得意さんの御子息として、小さな友人として、彼と交友している。


ちなみに本来、解説にはハチゾーが招かれる予定だったが、彼は蓮角と新規麻薬ルートについて話し合うことになった為、代理としてムクが解説席に就くことになった。

今頃、ハチゾーは萎びた花のように萎縮しながら、蓮角に睨まれていることだろう。御愁傷様、と父と叔父双方を憐れみながら、ムクはオレンジジュースを啜る。


「お二人としてはこの試合、如何でしょうか!」

「んー、ギンペーくんには武器の持ち込みがOKとはいえ、場所が場所だからねぇ。ワタリが動かないから一定の距離は開けられるけど、遮蔽物の無い所でボウガンはキツいと思うよ」

「ギンペーじゃワタリの準備運動……いや、準備運動にもならないでしょ。何秒で終わるか賭けた方がいいんじゃない?」

「てめぇーーー!!」


リング上から飛んで来たギンペーの怒声に、ムクは舌を出した。此方を小馬鹿にしきったその表情に憤ったギンペーがフリッパーを構えると、それを遮るようにキューが声を上げた。


「さぁ、それでは試合開始といきましょう!!両者、構えて!!」


慌てて正面を向き直すギンペーに対し、ワタリは片手をポケットに入れたまま、構えることすらしていない。

彼は此方を全く警戒していない。する気も無い。攻め込むなら、此処しかない。


――付け入る隙をあちらが作ってくれている内が勝負だ。


せいぜい侮っているが良い。どんな形でも勝ちは勝ちになるのだ。緊張で乾く唇を舐めながら、ギンペーはフリッパーを握り締め、全神経を研ぎ澄ませた。


「レディ〜〜…………ファ――」


キューが言い終えるより早く、ギンペーはフリッパーを構え、トリガーを引いた。

誰も、試合開始のコール前に攻撃してはならないとは言っていない。ワタリの不意を突くベストタイミングは此処だと、ギンペーは彼の脚に向けて矢を放った。

そして次の瞬間――ギンペーを襲ったのは噎せ返るような死の気配と、ワタリに向けて放った筈の矢だった。


「……しまった。殺したら負けになるんだったな」


何が起きたのか理解出来ていないのは、ギンペーだけでは無かった。観客達も、実況席の三人も、余りの速さに眼も思考も追い付けず。ただ呆然と、片脚を上げるワタリを見るばかりだった。

今の一撃は、避けられていた。だのに、頬の皮が裂けているのはどういうことだと、ギンペーはコーナーポストに突き刺さったボウガンの矢を横目で見遣った。
本能的に体を横に退けていなければ、矢は眼球を射抜き、そのまま頭蓋骨をも貫いていただろう。死神が纏わり付くような心地に大量の汗を噴き出しながら、ギンペーは慄いた。


あの矢は、ワタリが足の指で挟み、そのまま此方に投げ返した物だ。自らの脚に向けて射出されたそれを、ワタリは足の指で受け止め、ガードされたことすら認識出来ない内に撃ち返した。

殆ど反射で行われたであろうカウンター。それは、腕に止まった虫を叩き潰すような、無意識の殺意があった。

ワタリにとって、自分を殺すことは意図するまでもない事なのだ。それを今の一撃で思い知らされたギンペーが愕然とする中、ワタリはまるで悪びれた様子も無く、笑った。


「安心しろ、ギンペー。次からは、当たっても死なない位置に投げる」

「鴉さぁ〜〜ん!!タオル!!タオル投げてくださいよぉ〜〜!!」

「試合開始二秒で泣き付くんじゃねぇ!!てめぇに十二億賭けてんだぞ、俺は!!」

「でもぉ〜〜〜!!」


試合開始前は、吠え面をかかせてやろうと思っていた。まともにやりあって勝てる相手ではなくとも、一杯喰わせてやることは出来るだろうと。だが、今ので理解した。ワタリは自分が勝てる相手ではない、と。

彼に、隙など無い。よしんばワタリが眠っていても、彼に不意打ちを決めることなど出来はしない。プログラムされた機械のように、思考するより速く体を動かし、敵を屠る。ワタリという男は、そういう風に出来ているのだ。

どうしたって勝てる見込みが無い。彼のうっかりで、今度こそ殺される前にタオルを投げてくれとギンペーがロープにしがみ付いていた、その時。


「ヌワッ?!」


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