カナリヤ・カラス | ナノ


モニターに表示されたオッズは、以下のようになっていた。


ギンペー、KO勝ち……25倍
ギンペー、降参勝ち……30倍
ギンペー、特別勝利……10倍
ワタリ、KO勝ち……1.15倍
ワタリ、降参勝ち……1.1倍


これだけのハンデを受けながら、このオッズだ。如何にギンペーとワタリの実力に差があるか、一目瞭然と言えよう。

自分達が観客側であったなら、間違いなくワタリに賭ける。遊びや酔狂でも無しにギンペーに賭ける人間は、まずいないだろう。否、相手がギンペーでなくても、ワタリが拳闘士として出るのなら、誰もがワタリに賭ける。ゴミ町最強の男の称号は、それだけ絶大にして絶対なのだ。


「……どう思いますか、鷹彦さん」

「……ギンペーが勝てなければ、終わりだ」


ギンペーも然ることながら、鷹彦の絶望感も一入であった。もしギンペーが敗北すれば、次にワタリを戦うのは彼だからだ。

しかも鷹彦は、二代永世トップという称号から、武器の持ち込みも特別勝利条件も与えられていない。
素手で一対一。それでワタリに勝てる人間は、この町に存在しない。ギンペーが負ければ、それ即ちワタリによる二人抜き確定を意味するのだ。


「特別勝利条件を与えられていない俺では、ワタリに勝てん。ワタリに二人抜きをされたとなれば、君が三人と闘わなければならない。……福郎会長の事だ。残り二人もとんでもない駒を持って来ているに違いない。幾ら特別勝利条件があっても、君が三人の拳闘士を相手するのは現実的ではない……」

「そう、ですね……。正直、私一人で三人抜きは無理です。とても……」

「何としてもギンペーにはワタリに勝ってもらわなければならない。……だが、相手が相手だ。ワタリなら一歩も動かずにギンペーを殺すことも出来るだろう。……殺しは、しないだろうが……故意には……」


福郎は、三人の命は保証すると言った。拳闘士達もそれを遵守するだろうが、何せあのワタリだ。うっかり加減を誤ってギンペーを殺してしまった、という事も有り得る。それに関しては、最早祈る他ないと鷹彦が何処か遠くを見つめる中、福郎のベットタイムが始まった。


「さて!それでは福郎会長から、ベットの方お願い致します!!」

「ふむ……まずは初戦ゆえな。軽くベットすることにしよう」


そう言って福郎が出したチップは三枚。最低ベットが二億の為、チップは一枚二億に値する為、彼のベット額は六億となる。

チップで見ればたかが三枚。しかし、其処には莫大な札束が掛かっている。自分の借金が六回分賄えるだけの金が軽率に投げ出される光景に、雛鳴子は軽く眩暈がした。


「カッ。あの野郎、軽く賭けてもデカく返ってくると思ってやがるな」

「六億が軽くって……異次元過ぎて眼が回りそうなんですけど……」

「福郎会長のベットは六億!さぁ、対する鴉氏は、幾らベットされますか?!」


尋ねるまでもないだろうと、誰もが思った。ギンペーがワタリに勝てる確率はまさしく万に一つ。損害を最小限に抑えるべく、此処は最低額をベットするべき所だ。

だが、鴉が手に取ったチップの数は、誰もが予想だにしない枚数だった。


「じゅ、十二億ーーー!!鴉氏、まさかの!!まさかのレイズです!!」

「う゛ぁーーーーー!!!!」

「ちょっと鴉さぁん?!」

「正気かお前?!降参負けは五倍払いになるんだぞ?!!」

「ナメんな、掛け算くらい出来るっての」

「その方が問題ですよ、この場合!!」


何てことをしてくれたのだとリング上でギンペーが崩れ落ちた。

十二億。自分の勝敗に、鴉は十二億を投じた。KO負けすれば二倍の損失、二十四億。鷹彦の言う通り、降参負けすれば五倍の損失――六十億だ。
まさかこれを自分の負債にする気ではあるまいとギンペーがリングの上でゴロゴロと身を転がし、のたうつ中、今すぐベットを変えろと雛鳴子・鷹彦から突かれる鴉は、これは自棄になっているのでも気が違っているのでもないと、二人を宥める。


「逆に考えろ、お前ら。ジジイの駒がまだ割れてねぇ状況でデカく張れる時が何時来る?後の事を考えれば、ドンと賭けるべきは寧ろ今だ。十二億でも、ちっと少なかったかもってくらいだが……まぁ保険としてな」

「そう……ですか?」

「どの道、此処でギンペーが負ければ勝負所も無くなる。勝とうが負けようが、此処で張るっきゃねーさ」


負けた分の支払いが、自らの臓器で事済むから、このような賭けに出ているのではない。鴉は本気で、此処が投資時だと思っているが故に、ギンペーに大きく賭けたのだ。彼の眼差しは、そう強く物語っている。

止める言葉を失くした雛鳴子と鷹彦が押し黙ると、鴉は深く息を吸い込み、丸まったギンペーの背中目掛けて鋭く叫んだ。


「おい、ギンペー!!」

「ひゃはぁいッ?!」


弾かれたゴムのように、ギンペーが跳ねる。条件反射で伸ばされたその背に思わず苦笑しながら、鴉は彼を真っ直ぐに見据え、強く、ただ強く、声を掛けた。


「俺は、お前ならやれるって思ってる。このチップは、お前への信頼に値する額だと思えよ」


手遊みに弾かれた六枚目のチップが宙を回る。鴉はそれを引っ込めることなく山の上に重ね、不敵に笑む。

期待に応えてみせろというその顔に、ギンペーは泣き言も恨み言も口にすることが出来なかった。

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