カナリヤ・カラス | ナノ
「おわぁーー……賑わってますねぇ」
「新興行プレオープンですので!さぁさぁ、皆様こちらへどうぞ!」
そう何度も通った訳ではないが、地下闘技場は何時になく賑わっているようで、ギンペーは思わず感嘆の声を漏らした。
通された席は、パイプ椅子が三つと、豪奢なピーコックチェアが並べられていた。キューが用意したという、最上級VIP用の椅子だろう。
ピーコックチェアの傍らには、金色に輝くサイドテーブルが設置され、上には輝く高級フルーツが盛られた皿と、ノンアルコールのシャンパンが置かれていた。貴族級の持て成しである。何と分かり易い優遇っぷりかと、鴉は缶ビール片手に頬杖を突く。
「プリンセス雛鳴子ちゃん、超VIP椅子の座り心地はどう?」
「マスカット美味しいです!」
「天奉語忘れた?」
「鴉さんにも一粒あげますね」
「房で寄越せや」
普段なら、一人だけこのような席に座ることは出来ないと断っていた所だが、フルーツが付いているとなれば別だとVIP席に就いた雛鳴子は、大層上機嫌だ。
どれもこれも魅力的だが、特にエメラルドのように煌めくマスカットに心奪われたらしい。大変美味なので一粒施してやろうと、雛鳴子は果柄からマスカットを千切り、鴉の口と、鷹彦とギンペーの手にそれぞれ放った。美味いので分かち合いたい気持ちはあるが、美味いので一房はやりたくはないようだ。
卑しい奴めと罵る鴉を余所に、雛鳴子は鼻歌を口遊みながらマスカットを摘まみ、シャンパンを呷る。実に様になっている。少なくとも、惨めな負債者の男を縛り上げるよりはずっと。
ゴミ町より貴族屋敷の方がずっと似つかわしい美貌のせいだろう。上等なドレスでも身に纏っていれば、何処かの貴族令嬢か、異国の姫君だと思われても不思議ではない。第二地区で暮らしていた自分が言うのだから間違いないと、ギンペーは美しく着飾った雛鳴子を想像しながら、給仕から手渡されたレモネードを飲む。
「そういえば新興行って何やるんっすかね」
「これだけ大々的にやっている以上、チャチな企画ではないだろうが……まぁ朧獄館だからな。人間の殴り合いか殺し合いだろう」
「女拳闘士最強タチ決定戦トーナメント復刻してくれねーかな。負けた側がネコになって、リングで公開レズセックスするヤツ」
「あぁ……このトーナメント出たさに女装する拳闘士が続出して、最終的にニューハーフ最強トーナメントになったアレか」
「アレで目覚めて性転換した奴も出たよな。あっ、あとアレも復刻してほしい。女拳闘士ローションぬるぬるデスマッチ」
「ぬ、ぬるぬるデスマッチ……!?」
「よくもまぁ、心底最低な企画が湯水のように湧いてくるものですね」
上機嫌だった雛鳴子の顔が一瞬で軽蔑の色に染まるのを見て、ぬるぬるデスマッチなるワードに食い付いたギンペーは慌てて咳払いした。自分はあくまで驚いただけで関心は無いのだと、雛鳴子にアピールするように。
此処に彼女が居なければ、詳細を尋ねていた所だが――ともかく、何か他の話題を振って誤魔化そうと、気まずさから逸らしたギンペーの眼に、ちょうど良く珍しい人物の姿が見えた。
「あ、見てください!あそこ、燕姫さんがいますよ!」
「珍しいな。ワタリはともかく、燕姫が朧獄館に来るとは」
「ほんとだ」
ギンペーが勢い良く指差した先には、VIP席に一人腰掛ける燕姫の姿があった。
暇と金を持て余したワタリが、朧獄館の賭け試合を観に朧獄館に赴くことは間々ある。だが、ギャンブルも格闘技も嗜むことの無い燕姫が此処に来るというのは、非常に珍しい事だ。
VIP席に通されているということは、朧獄館に呼ばれて来たのだろう。しかし、だとすれば――彼女一人で居るというのはどういうことだと鷹彦は訝った。
「安樂屋として来てるのか、燕姫個人で来てるのか……まぁ十中八九前者だろうが、だとすればワタリがいないのは何故だ」
「案外、イケメン拳闘士目当てとかで来てるかもしれねーぜ」
「燕姫さんはそんなことしません!!」
「お前ほんと燕姫には補正掛けるよなァ。いい加減メッキ剥がれそうなもんだけど」
凡そ誰のことも色眼鏡を掛けて見ることの無い雛鳴子だが、燕姫に関しては美化している節がある。彼女の冷酷さ、残忍さを眼にしたことも多いだろうに、ゴミ町に来たばかりの頃から燕姫に抱き続けている憧れは、まるで色褪せていないらしい。
お前達と一緒にするなと目くじらを立てる雛鳴子に肩を竦めながら、鴉は周囲の顔触れをそれとなく眼でなぞった。
「しっかし、壁内外問わず中々の顔触れだな。コイツらの前で新興行めちゃくちゃに滑ったらいいのに」
「うわぁ……想像するだけで具合悪くなりそう……」
VIP席は勿論だが、普通席も中々のものだ。ゴミ町の有権者を始め、自国異国の貴族や商人、実業家の顔が見られた。
余程今日の新興行に力を入れているのか、はたまた興行後に何か大きな催しでも控えているのか。どちらにせよ、福郎が絡んでいる事だ。盛大にコケてくれたら良いと、鴉が鼻で一笑したその時。
「ほぅっほっほ。揃ったか、金成屋」