カナリヤ・カラス | ナノ
「い、嫌だぁーーー!!た、頼む……!あと一週間……いや、三日待ってくれ!!」
「貴方にどれだけ時間を与えた所でビタ一文期待出来ません。よって、可及的速やかに金成屋制定返済プランの実行に移ります」
「んぐごぉーーーーッッ!!」
この手の命乞いにも随分慣れた。喚く負債者を押さえ付け、轡を噛ませるのも、だ。逃げ出そうとした負債者を華麗に組み伏せ、手際良く轡を噛ませた雛鳴子は、男の体をテキパキと縄で縛り上げていく。
都の中――第四地区辺りであれば、何事かと騒がれるだろうが、ゴミ町の中であれば誰も気にしない。人が何処へなりと連行されていくのが日常風景の場所である。向こうでゴミを漁っている浮浪者も、ベランダで煙草を吹かしている娼婦も、此方を一瞥するだけだ。
そういうものだ。自分とて、この光景にすっかり慣れてしまっているのだからと、スクーターに跨ったまま物思いに耽っているギンペーに、雛鳴子は縄の端を手渡した。
「ギンペーさん。この人、後ろに括りつけてください。スピードは一生懸命走ればついてこられる程度で」
「後ろ乗せないの?」
「カナリヤ号に男の人乗せると、鴉さんが嫌がるんですよ。臭うから、乗せるくらいなら引き摺ってこいって」
「ひでぇー」
酷いと言いつつ、ギンペーも負債者の男をスクーターに乗せる気は更々無く。言われた通り後部キャリアに縄を括り付けると、カナリヤ号へと足を進める雛鳴子に、この状態で何処へ向うのか尋ねた。
「で、何処行くの?金成屋?」
「いえ。行き先は朧獄館です」
「朧獄館?なんでまた」
「ウェーナーティオーの勢子が死んでしまったので、その人員補充だそうです」
ウェーナーティオー。聞き覚えのある言葉だが、さて何だったかと小首を傾げて数秒。ギンペーは「あぁ」と小さく呟いた。
朧獄館で行われる地下格闘技の前座。拳闘士と闘獣で殺し合う余興。それがウェーナーティオーだ。いつか鴉と鷹彦が出ることになったそれは、生物兵器の体を縫合された人間が相手だったが、この男が使われるのはデフォルトのウェーナーティオーらしい。
何でも、先日仕入れた新しい闘獣が暴れ、勢子が数人死んでしまったとのことで、何処かに良い人間が転がってないかと尋ねられたそうだ。
その手の人間を多く抱えている鴉は、負債者の中から候補者に目途を付け、白羽の矢が立ったのが彼の負債者であった。若くはないが、そこそこに体力があって、死んで困る家族も居ない。よって、今日の返済額が用意出来なかったら連れて来いというのが鴉からのお達しだった。
同情はしない。前々から返済ノルマの未達が多かったが為に、このような形で清算することになったのだ。自業自得である。
それでも――時たま思うのだ。ほんの少し形が違えば、自分もこうなっていたのではないのか、と。
「たま〜に思うんだけどさぁ……俺らって、運が良いのか悪いのか分かんないよね」
「幸運な人は、あの人に関わらず一生を終えますよ。ギンペーさん」
「確かに」
雛鳴子が親に売られなければ、ギンペーが病葉に罹らなければ、彼と関わることも無かっただろう。鴉と出会ったこと。それ自体が不運なのだと言いながらカナリヤ号に乗り込んでいく雛鳴子の顔は、心底滅入っていない。
きっと自分も同じ顔をしているのだろう。ギンペーが小さく息を吐くと、カナリヤ号が緩やかに走り出した。
雛鳴子に言われた通り、走ればついていける程度のスピードを出して、ギンペーはカナリヤ号と共に目的地たる朧獄館へと向かった。