カナリヤ・カラス | ナノ
滞りなく契約を終え、定期カウンセリングもスムーズに終えたところで、壁掛け時計が正午を告げる。
昼食を作るべく、一足早く二階に戻っていく雛鳴子を見送り、鴉は放置していた漫画雑誌を手に取った。
「今週の新連載は読んでおけ、鴉」
「面白いの?タイトルからしてセンスねぇなって思ったんだけど」
「全くその通りだ」
「クソ漫画勧めんじゃねーよ」
「いや、これは読む価値のあるクソ漫画だ」
「期待の新人じゃん。あー、この見開きでいきなりたくさんキャラ出してきちゃうタイプのやつ、俺大好き。絶対十週で打ち切られ……ってかお前、何俺より先に読んでんだよ」
就業中に漫画を読むなど言語道断。しかも人の物だろうと鴉が眉を顰めても、鷹彦は何処吹く風とキーボードを叩き続けている。
朝の意趣返しかと軽く舌打ちしながら、鴉は鷹彦オススメの新連載を飛ばして、毎週楽しみに追っている漫画から読み始めた。鉄は熱い内に打て。漫画はうっかりネタバレを喰らう前に読め。
「ご飯出来ましたよー」
「はーい!」
「あいよー」
目的の漫画を凡そ読み終えた頃、雛鳴子が昼食を作り終えた。
件の新連載、あれはもう確実に打ち切りコースだろうと鷹彦と話しながら二階に上がると、鼻孔を擽り食欲に訴え掛ける匂いがした。
「やだー、もしかしなくても生姜焼き?」
「なんでオネェ風に言ったんですか」
「あらやだー、マヨネーズ置いてあるわー」
「オマセよオマセ」
「鷹彦さんまで乗らないでくださいよ」
テーブルの上には四人分の食事が並べられている。それぞれ定位置に座って、両手を合わせる。
「いただきます」
「「「いただきまーす」」」
雛鳴子の号令に合せ、各々箸を手に取る。こうして四人で食事をすることはそう多くは無いが、気付けばこれが習慣化していた。
「生姜焼きって本能に届く感じがするよな」
「分かる。体が求めているというか、生物としての己が求めている感じがする」
「こんな美味いもん食ってないんだから貴族ってバカっすよ。絶対人生損してる」
「どれだけ生姜焼き好きなんですか。……まぁ、私も好きですけど」
「俺、ご飯おかわりしてきまーす」
「俺の分も取ってきて」
「俺のも頼む」
「ギンペーさんの手が足りないでしょう。自分で行きなさい」
「はい出たよ、今日の雛鳴子かーちゃん」
「デイリー化しないでくれます?」
取り留めのない話をしながら箸を進め、昼食が終えると食後の茶を飲みつつ小休止を挟む。つけっぱなしにしていたテレビを眺めたり、午後の予定について話したり、時に貰い物の茶菓子や果物を軽く抓んだりして、数十分程度過ごす。
適当な所で一階に戻り、また各自の仕事に取り掛かる。
鷹彦は営業に向い、ギンペーは昼食の片付けをしている雛鳴子の代わりに応接間の掃除をしている。雑巾の搾り方すら知らなかった大戦貴族のお坊ちゃんも、随分成長したものだ。
雛鳴子の教育の賜物だな、と煙草を吹かしながら、鴉は集金リストを眼でなぞる。成果は上々。今月の目標ノルマも、この調子なら余裕で達成出来るだろう。
「戻りました」
「ご苦労さん」
片付けを終えた雛鳴子が顔だけ出して、すぐ給湯所に引っ込んで行く。
お茶汲みに関しては、彼女の専売特許だ。湯を注ぐだけの粉末緑茶など誰が淹れても同じに思えるが、唐突且つ気紛れに第一回金成屋お茶汲み選手権をして飲み比べたところ、やはり雛鳴子が淹れる物が一番美味かった。
これが美少女補正かと言えば「淹れ方が違うんですよ」と得意気に言われた。ちなみに一番不味いのはギンペーの淹れた物だった。
「たまには焙じ茶とか出してみません?」
「こんな所に金借りに来るようなクズには粗茶でいいの」
「でもお茶は出してあげるんっすね」
「イラッとした時に掛けられるからな」
「可哀想。お茶が」
「お茶の方が位高いんだ……」
「そういや、貰いモンの干し柿あったよな。あの四角いやつ。あれ食べたいから出して」
「お客様の分は?」
「俺が食べちゃう」
「ですよねー」
先日、別案件の客が持って来た品の良い茶菓子でも食べていれば、貧相な負債者の顔も多少は見れるようになるだろう。
ついでに、返済が遅れたらこの柿よろしく吊るしてやるとでも言ってやるか。そんなことを考えている内に、貧相な顔の負債者が恐る恐る戸を開けて来た。
あの様子からするに、柿と一緒に吊るすことになりそうだ。