カナリヤ・カラス | ナノ


「ごちそうさんでした」

「はい、お粗末様でした」


未だ機嫌が斜めに傾いているらしい。不貞腐れたような顔で食器を回収する雛鳴子に小さく肩を竦め、鴉は新聞を開く。一面では、大型麻薬取引の現場を押さえたという、お手柄都守が表彰されていた。

本命取引の為、粗悪品の在庫を持たせた撒き餌は上手く機能してくれた。お陰で楽須弥で仕入れた大量の薬を流すことが出来た。そろそろ皇華に戻る舟に積み込まれたことだろう。
塀の中に入ってもらうことになった負債者達の借金は、この利益で帳消しだ。出所祝いには、新しい仕事をくれてやろう。

押収された粗悪品の方も、都守の負債者が回収している頃だろう。あれは娼館とスラムに流すので、後で鷹彦を遣わせておこう。


――そうそう麻薬と言えば、と鴉は頭の片隅で蓮角のことを思い浮かべた。


近頃、葬儀屋の商売が軌道に乗って一人では手が回らないことが増えて来たので、新たに従業員を雇おうか考えているらしい。
しかし、男を雇えば秋沙にちょっかいを掛けてきそうだし、女を雇えば秋沙が浮気を疑うのではないかとあらぬことを危惧して、中々求人に乗り出せずにいるという。

面白い奴だと一笑したら真顔で「何がだ」と返された時のことを回顧しながら、鴉は新聞を畳む。そろそろ来客の時間だ。


「今日は新規契約が一件、定期カウンセリング二件、営業一件とお昼に会食ですね」

「あ、会食はパァだ。昨日ババアからキャンセル入った」

「マダム・パーロット、何かあったんですか?」

「鷹彦が来ねぇからキャンセルだと。あのババア、色男一人じゃご不満だとよ」

「ははは、鴉さん今のギャグ面白かったですよ」

「生意気なお口は何ブチ込まれても文句言えねぇぞ」


横で靴紐を結ぶ雛鳴子の頬を片手で鷲掴むと、きひひと稚けない邪気を込めた笑い声が転がった。
少し前の彼女であれば、嫌悪感に眉を顰めていたか――否、それ以前に無駄な軽口を叩いてくることもなかった。何を言っても押し負けることが眼に見えていたからだ。

ところがどうも、昨今の彼女はよく舌が回る。誰の影響を受けたんだか、と柔らかい頬をいたずらに揉むと、鴉はブーツの紐を結んだ。


「おはようございまーす!」

「おう、おはよう」


階段を降りると、店先の掃除をしていたギンペーが気合いの入った挨拶を飛ばしてきた。
四方八方ゴミだらけの町だが、自分の巣の前に汚物を並べたままにすることもあるまいと、毎朝雛鳴子かギンペーに掃除させている。

すっかり竹箒が板についてきたギンペーに「その辺で終わらせていいぞ」と声をかけ、金成屋の敷居を跨ぐ。

朝から薄暗い玄関口で、朝陽を受けて輝く埃がチラチラと舞っている。そろそろこのガラクタエリアも一度整理しておくかと、雑然と押し込まれた商品を横目に、事務所へと踏み入る。


「おはようございます、鷹彦さん」

「おはよう、雛鳴子」

「今日、十時からじゃありませんでした?」

「そうなんだが……まぁ、色々あってな。少し早く来た」

「カッ、どうせ女に追い出されて来たんだろ」

「また他の人と名前間違えたんですか?それとも、君は誰だとか言ったとか」

「…………想像にお任せしよう」

「カカカ、馬鹿でぇ」


見事に正鵠を射られ、取り繕うことすら放棄した鷹彦を嗤いながら、自分のデスクに着く。机の上には、今日発売の週刊漫画雑誌が置かれていた。毎週ギンペーに買いに行かせている物だ。

客が来るまで、続きが気になっていた物だけ読んでおこう。机の上に脚を乗せ、肘を突いて雑誌を開くと、応接間の方で雛鳴子がちょろちょろと動き回っているのが見えた。
布巾でちゃぶ台を拭いたり、座布団を並べ替えたり、せっせと来客の準備を整えると、忙しない足取りのまま、給湯所に向かっていく。

雛鳴子が、自分に言われるまでもなく己の仕事が出来るようになって随分経つが、改めて見ると、次のことを考えて動けるようになっていると思う。
細かな所にも気配り出来ているし、そういえばと思った時には既に手を付けていたり、雑用係として置いていた子供も、今では立派な従業員の一人として機能している。
小言や嫌味を飛ばされまいとした結果なのだろうが、素直に感心する。素直に褒めてはやらないが。


視線を雑誌の方に戻すと、弱々しい呼び声が店頭から聞こえた。新規契約の客だ。
掃除道具を片付けたギンペーが元気良く戸を開く音を聴きながら、鴉は雑誌を閉じ、机の上に置いた。何故か懸賞ページを眺めていたことに、鴉は此処で気が付いた。


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