カナリヤ・カラス | ナノ


「……客か?」

「らしからぬ声、ではありましたね」


投げかけられる声もまた、実に弱々しいものだった。歳若いを通り越して稚けない、少女の声。自ら高利貸しの元に赴くような人間のそれではないだろう。

誰かの使いか。そのような話は無かった筈だが、と一同が訝っていると、戸の向こうに立つ人物が、嘆願するような声を搾り出した。


「あ、あ、あの……すみませぇん……か、金成屋さんに御用があってきましたぁ……。ど、どなたかいらっしゃいませんかぁ……」


生まれたての山羊や鹿のように震えた声に、毒気や害意は感じられない。
しかし、あらゆる物差しが意味を成さないこの町で、先入観を信じることは愚行である。弱者の皮を被った何かが其処にいる。そう覚悟して戸を開けるに越したことはないと、腰を上げたのは鷹彦だった。


「……俺が出よう」


鴉がわざわざ出向く程のことではないだろう。だが、万が一ということがある。此処で謎の来客を迎えるのは、雛鳴子より自分が適任だ。

案の定、取り越し苦労であったと笑えるならそれが何よりだ。鬼が出るか蛇が出るか、なんて危惧していたのが馬鹿らしくなるものであれと、鷹彦は戸を開けた。


「入ってくれて構わない。鴉は中に居るから、契約の話なら――」

「あ……あああああああああああああああああ!!!!」


事務所に広がる微量の緊張感を劈く悲鳴に、鴉と雛鳴子が揃って席を立つ。鼻を衝くような異常事態の匂いに突き動かされるがまま、二人は武器を手に店の玄関口へ躍り出る。


「ど、どうしたんですか?!」

「オイ、何事だ鷹彦」

「いや……俺にも何が起きたのか……」


その叫喚は、確かに少女のものだった。故に、鷹彦の身に直接何か起きた訳ではないとは予想していた二人であったが、ただただ呆然と佇む彼と、その向いで頭を抱えて蹲る少女の姿は想定外が過ぎて、鴉と雛鳴子は揃って困惑した。


この世の終わりのように声を上げていた少女だが、見る限り、特にこれと言った異常は彼女自身にも周囲にも見られなかった。

突如、気でも触れたのか。はたまた、何かしらの発作が起きたのか。

そのか細い体に見合わぬ声量は、一体何処から湧き出たものなのかと鴉が探りを入れる中、鷹彦は少女の前に屈み込んだ。


「……君、大丈夫か」

「ひぃっ!」


少女は、秋沙と同い年くらいだろう。小さな鈴を模した耳飾り以外にこれと言った特徴の無い、鮮烈さに欠ける印象の娘だ。体は細っこいが、身なりは清潔だ。この歳で安定した生活を享受出来ているということは、何処かしらに属しているに違いあるまい。

では、彼女は何処の誰なのか。そして、何の為に此処に来たのか。それが詳らかになるまで油断は出来ないと、鷹彦は研ぎ澄ました視線で少女の瞳の奥を覗き込む。

彼女が身を縮め、短い悲鳴を上げたのは、その眼に臆したからだと、そう思っていた鷹彦であったが――。


「…………きゅぅ」

「お、おい!?」


まさか卒倒される程かと、鷹彦は綺麗に崩れ落ちた少女の肢体を抱きとめた。

見れば、酷く顔が赤い。凄まじい熱がある。もしや病身かと鷹彦が見当違いの心配をする横で、鴉と雛鳴子は何とも言えない顔を見合わせていた。


「……どうしますか、鴉さん」

「取り敢えず、奥に運んでやれ」


どうせ杞憂に違いないとは思っていたが、此処まで馬鹿げていると笑いも起きない。なまじろくでもない事態になったので、尚更だ。

しかし、これから面白いことにはなるだろうと、鴉は昇天した少女を客間に寝かせてやるよう指を向ける。


「多分アレ、燕姫じゃ治せねータイプのヤツだからよ」

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