カナリヤ・カラス | ナノ
斯くして、天奉を周る豪華客船から牡丹夫人を回収した運び屋一同は、ゴミ町へ向かって舟を走らせていた。
現状、前方後方共に異常無し。怪しい舟の姿も無ければ、危険な生物兵器と遭遇することもなく、まさに順風満帆。お陰で暇を持て余していた訳だが、何事も無いのが一番であると、幸之助は適当に拍手を打ち鳴らす。
「うーん、素晴らしい。流石、舞子。今日も音楽の女神に愛されてるね」
「せんきゅっ!」
即興メドレーを終えた舞子が、気持ちの良さそうな笑顔でお辞儀する。
時に激しくギターを掻き鳴らし、頭を振り乱したりしたり、飛び跳ねたりしていたが、その顔には疲労より満足感が窺える。
この青空のように爽やかな笑みを浮かべる舞子に、幸之助は水の入ったボトルを投げ渡した。もう一つの拍手が聴こえてきたのは、その時だった。
「本当。品には欠けるけれど、耳に残る曲ね。クセになりそう」
話し方一つ、手の打ち鳴らし方一つから溢れる気品。振り返るまでもなく、それが誰かを察した幸之助と舞子は、揃って彼女に向かって頭を下げた。
「これはこれは、牡丹夫人」
「船内が余りにも退屈で甲板に出てみれば……貴方、中々の才人ね」
「ははぁ〜!有り難き幸せ」
その名と同じ花を彷彿とさせる赤い髪、赤い唇。立てど座れど豪奢で麗しい、黒を基調とした深衣に身を包む美しき貴婦人――金鳳寺牡丹。
齢四十を越えて尚、女盛りに花盛り。ただ瞬きするだけで息を飲ませる明眸皓歯の美人。爪の先まで貴き血が通っていることを感じさせる優美な所作に、思わず幸之助が見惚れる中、牡丹夫人はクジャクの扇を口元に宛がって微笑する。
「青嵐山も白陽院も、壁外に生きる者は卑俗だ野蛮だと言うけれど、先祖代々壁の中に篭っているから閉塞的な頭になってしまっているのだわ。都の外には自由と娯楽で溢れているというのに」
「勿体ない御言葉でございます」
牡丹夫人の言葉に嘘は無い。彼女は心から、壁外の文化を評価し、”弾かれた民”の存在を肯定しているが、彼等を都に迎え入れるべきだとか、そういうことは一切口にしない。
彼女にとって自分達は、物言う獣だ。市街地に放つのではなく、野に生きる姿を眺める。手元に置くのなら檻に入れて愛でる。そうした住み分け意識が、彼女の中にある。
人類みな平等を説く博愛主義者より、自然を守らんとする動物愛護団体に近い。他の貴族達よりも余程、彼女は壁外の人間を差別していると言える。
だが、彼女には此方を害そうとする敵意は無く、会話の余地もある。人間として排斥されるより、動物として友好的に接してくれる方がマシだと、幸之助も舞子もそういうものだと割り切っていた。
「ねぇ、貴方。もう一曲歌っていただけるかしら?まだ当分、ゴミ町には着かないのでしょう?」
「よござんしょ!……と言いたいところですが」
それでも舞子が演奏を断ったのは、楽器を弾き鳴らしている場合では無くなったからであった。
「申し訳ございません、夫人。敵襲です」