カナリヤ・カラス | ナノ


事の始まりは、五日前。ゴミ町町内会の集まりでのことだった。


「マダム・パーロットの誕生日パーティ?」

「そう。来週、マダムが五十歳の誕生日を迎えるってんで”極楽街”で大々的にお祝いしようってことになったのよ」


ゴミ町最大の売春窟、”極楽街”。その女王として君臨するのが、かつて鸚鵡太夫と呼ばれた元最高級娼婦、マダム・パーロットだ。
絶世の美女と謳われた美貌と、ゴミ町の男達を手玉に取る強かさで瞬く間にのし上がった彼女の名声は壁を越え、時に都の資産家や貴族までもが彼女を求め、ゴミ町に赴くことすらあったという。

そんな数々の伝説を残した鸚鵡太夫は、当時のゴミ町四天王――”極楽街”の支配者、元皇華マフィアの首領、風(ファン)の妻となった。

ゴミ溜めの中で生まれ、親の顔も知らず、物心ついた時から娼婦館で働き、男達に脚を開いて生きてきた。その境遇から、ゴミ町の頂点まで上り詰めた彼女の生き様は、まさにシンデレラストーリーであるが、彼女はお姫様に納まる器では無かった。


マダム・パーロットと名を改めた彼女は、風の妻として贅の限りを尽くして生きるだけを良しとせず、”極楽街”の収益を上げるべく、各娼婦館を訪問し、選りすぐりの娼婦に自ら教育を施したり、設備やサービス改善の提案、近隣の飲食店や娯楽施設のプロデュースまで着手した。
曰く、この程度の贅沢は贅沢の内に入らない。豪奢に奢侈にリッチにラグジュアリーに。その為に、”極楽街”の収益を上げる必要があると、マダム・パーロットは経営アドバイザーとして辣腕を揮った。

彼女がコンサルタントとなってから、”極楽街”は更なる発展を遂げ、風の縄張りの一角でしかなかった売春窟は、金鉱山に化けた。
やがて、他事業でも彼女の助言を得て、組織・収益拡大に至った風は、妻に頭が上がらなくなり、マダム・パーロットは名実共に”極楽街”の頂点に君臨することとなった。

それから幾年月。己の地位向上に伴い、気と体が大きくなった彼女の今の体重は三桁台。
最早、鸚鵡太夫と呼ばれた頃の面影も無く、歩く衣装箪笥、巨大南国植物、ゴージャス妖怪などと呼ばれているが、その地位と風格は不動。夫が隠居してからも、マダムは”極楽街”の女王として君臨し、多くの部下と娼婦達を従えている。


「ほら、マダムってハチゾーさんに並ぶくらいの派手好きでしょ?だから誕生日もお祭り級に盛り上げないとってことで、料理も出し物もプレゼントも贅にして沢!って感じにするらしいよ。うちも金のマダム像製作依頼されちゃった。すごいよ〜、胸像に宝石使うのにプラスでネックレスかけちゃうんだから」

「俺ぁ、大砲で花火打ち上げろって言われたぜ」

「父さんはマダム等身大バースデーケーキ作ってくれって頼まれてた」

「うちはイケメン拳闘士ユニットを結成して、マダムの為の歌と踊りと筋肉ショーを披露しろですよ。滅茶苦茶ですね!」

「俺は顔が良いからマダムの御機嫌取る為に出席してくれって」

「経済動かしまくるなぁ。流石、ゴミ町最大の歓楽街」


何を隠そう、その日の町内会に参加していた面々は、マダム・パーロットの誕生パーティの為に集まっていた。

飾はプレゼントの胸像作り、文次郎は花火の打ち上げ、多岐はバースデーケーキの用意、キューは出し物のプロデュース、白鳥は顔を出すたけ。各々受けた依頼は異なるが、互いの進捗報告と、当日の打ち合わせをすべく、一同は仕事の合間を縫って、話し合いの席を設けた。

其処に仕事の依頼がある、と呼ばれた幸之助は、事情は飲めたが、では自分は何をすればいいのかと首を傾げた。


「で、依頼っていうのは」

「ずばり、要人移送ですねぇ」

「サプライズでマダムの親友・牡丹夫人を呼ぶことになったから、その送り迎えをお願いしたんだって」


天奉に生きる者の中に、その名を知らない者がどれだけいることか。
無法の地、都と隔てられたゴミ町を始めとする壁外の人間も、彼女のことは知っていよう。

金鳳寺牡丹(きんぽうじ・ぼたん)――通称、牡丹夫人。都に住まう貴族の中の貴族。その中で最も力を持つとされる四大貴族の一つ、金鳳寺家の息女である。


金鳳寺は帝京国時代より貴族地位を持つ、財閥一族の末裔だ。その点に於いて他の純貴族と然したる違いは無い。だが、金鳳寺家が貴族の中でも一際名が知れているのは、彼等の有する異質さにあった。

凡そ壁外の人間を汚らわしい賤民と見做し、これを忌まわしきものとして掃討せんとする貴族達の中で、ほぼ唯一と言っていい”弾かれた民”に対し友好的な一族。それが金鳳寺である。
彼等は壁外の文化に強い関心を持ち、積極的に都を出ては、各地を舟で回遊し、現地の民と交友を持つ奇異なる貴族だ。

とはいえ彼等の本質は貴族であり、自分達が壁外の人間と対等であると考えてはいない。金鳳寺の人間が”弾かれた民”に向ける感情は、人が動物に向ける親愛のそれに近い。
同じ人間であっても全くの別種。その前提の上で彼等は壁外の人間に接し、其方も同様に、彼等を自分達の亜種、上位互換と見做している。


マダム・パーロットと牡丹夫人は自他共に親友であるが、互いにその点は弁えている。それでも友情は成立するもので、牡丹夫人は今回のマダム・パーロット生誕五十周年を記念する此度のパーティに、サプライズゲストとして参加してもらえないかという、都の人間が聞けば泡を吹いて倒れそうな申し出を快諾したとのことだ。

女の友情というものは、ゴミ町に流れる水のように濁り、粘ついたものというイメージが強いが、その限りではないらしい。


「牡丹夫人には連絡してあるから、よろしくってさ。ちなみに夫人は今、皇華から出てる豪華客船にいるらしいよ」

「あー、鴉が乗ってたやつだっけ。酒池肉林をエンジョイするつもりが一晩で降りる破目になったって言ってたアレ」


白鳥が卓上に地図を広げ、件の舟代わりに丸いマグネットを乗せる。

皇華から入国してきた舟は、都の周囲をぐるりと回ってから南西に向かう航路を取っている。
ちょうど、亰での内乱が激化している時期だったので、此処を避けるようにして移動しながら、舟は遺棄された国の成れ果てを巡る。


「航路的に、今は旧セムライア軍基地跡地辺りだね」

「セムライア軍基地なんて国内にあったのか?」

「百年戦争前にね。何でも、帝京国時代に反政府組織が襲撃してブッ壊したらしいよ」


セムライア合衆国は、世界最大の経済国であり、世界最大の軍事国家である。

百年戦争以前に行われた第三次世界大戦に於いて、帝京はセムライアに敗北し、その後締結された条約により、帝京国内にはセムライア軍駐留の為の軍事基地が設けられることになった。
件の基地は、百年戦争の切っ掛けとなる帝京内戦で反政府組織の襲撃を受け、潰滅。セムライア軍が内戦に介入し、帝京政府に助力していたことへの報復であった。

これが帝京とセムライアの関係悪化に繋がり、結果的に百年戦争を激化させたとされているが、二百年以上昔の国際問題より、目先の仕事だと幸之助は帽子を被り直す。


「オーケー、話は分かった。その依頼、運び屋・幸之助が引き受けよう」

「くれぐれもお気を付けくださいねぇ。知っての通り、牡丹夫人は純貴族・金鳳寺家当主の姉君です。もしかすると道中、夫人を狙う輩が出るかもですよぉ」

「分かってる。だから俺のとこに仕事が来たんだろ?」


本来、純貴族の移送となれば軍が動く案件だが、行先はゴミ町の売春窟、用件は元娼婦の誕生パーティだ。お忍びという形を取らざるを得ない。これに便乗して、国家転覆を目論むテロリストや貴族に恨みのある者、身代金を狙う賊が彼女を狙って動き出すことは想像に易い。

その上で幸之助が仕事を受けたのは、運び屋としての自信と矜持があるからだ。


「まぁ、大船に乗ったつもりで任せてよ。俺に運べないものは、舟に積めないものと赤ん坊だけだ」


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