カナリヤ・カラス | ナノ


「…………本当によ。いい刀だったんだぜ、こいつぁ」


いつの間にか、横をすり抜けていたのか。背後から聴こえた鴉の声に、バンガイは、石となった体が崩れぬようにと、恐る恐る、ゆっくりと振り向いた。


鴉は、腕を失った痛みに顔を歪めることもせず、未だ握り締めたままでいる刀を見遣っている。

嘆くことがあるとすれば、長年連れ添ってきた仲間とも言うべき愛刀を砕かれたこと。ただそれ一つだと言わんばかりに、鴉は千切られた腕を拾い上げる。


「切れ味は勿論、結構な力で振り回しても折れねぇし……こんだけ長く扱えた武器は、百年前にもありゃしなかった」

「お前…………まさか」


込み上げる戦慄に中てられ、心臓が窄んだ。


そんなことが有り得る筈がない。だが、それしかない、それ以外はないと本能が訴える。受け入れ難いが、それで全ての説明が付くのだからと、理性の外側から囁かれる。

それでも否定を続ける思考回路が断ち切られたのは、固唾を飲んだ次の瞬間。
鴉が拾い上げた腕と肘の断面図を合わせ、瞬時に繋いでみせたのを目の当たりにして、頭の中からあらゆる思考が吹き飛んだ。


「ば――馬鹿な!!」


惑い、慄いたのはバンガイだけではなかった。この力を求めていた筈の雁金も、彼らと同機である夜咫と星硝子も、二人の戦いを拱手傍観するしかなかった一同も、ただただ言葉を失って、その光景を見ている。


鴉の腕は縫合も無しに繋がり、皮膚もとうに綺麗に均されている。

砕けた骨も断裂した筋肉も、完全に修復されているのだろう。鴉は、握りっぱなしでいた刀の残骸を鞘に納め、動作確認がてら、空いた手をぐーぱーと動かしている。

それは、バンガイにも出来る芸当だ。だが問題は、現状、夜咫と星硝子には、欠損した四肢を修復することが出来ないことにある。

ブラックフェザーはプロトタイプを除いて、全て終戦後、”フギンとムニン”によって初期化されている筈だ。だのに、目の前にいるこの兵器は、自らの体内に内蔵されている武器の使い方を心得ている。


「てめぇ、覚えていたのか!?自分が何者なのか……この力が何なのか!!」

「一斉フォーマットが行われるより前に凍結されていたからなァ。俺の頭ん中には、百年戦争時の記憶も、蓄積されてきたデータも残っているっつー訳だ」

「そ……そんな筈が…………」


現状、最も狼狽えているのは、雁金だった。信じられないというより、信じたくないという気持ちが大きかった為だろう。


雁金にとって、バンガイは最強の兵器だった。
ブラックフェザーと恐れられ、百年戦争を戦い抜いた伝説の生物兵器・バイオフォーセス。その原型機だけが百年戦争の記憶を引き継いでいると記していたのは、ニュートラルに遺された文献だ。

間違いがある筈がない。間違いがあっていい筈がない。退嬰化していく今の世に、失われた技術と知識を呼び戻す為の唯一の寄る辺とも言うべきニュートラルの遺産が過っていては、ふりだしに戻ったも同然。


だから、間違っているのはこの男であると、雁金は懸命に否定する。今日まで積み上げてきたものが、足元から崩れ落ちてしまわぬようにと。


「ブ、ブラックフェザーで初期化を免れたのは、プロトタイプのみだと文献に――」

「お前ら勘違いしてるみてぇだから、教えてやるよ」


だが、この男は希望の一欠片も残してはくれない。例えそれが、ただ真実を述べているだけだとしても。彼は、バンガイと雁金にとって最も大きな絶望に成り得るとしった上で、これを口にしている。

あれはそういう男だと、雛鳴子達は張り詰めた空気に彼の爪が食い込んでいくのを静観していた。


「バイオフォーセス番号・外ってのは、番号に当てはまらない奴の呼称じゃねぇ。読んで字の如く、番号から外された奴……言うなれば型落ちだ。試作機っつー意味じゃプロトタイプと呼んでもいいだろうが、原型機っつー意味なら、お門違いにも程がある」

「な…………」

「だから、こいつはロストナンバーであって、オリジナルじゃねぇ。こいつら型落ちは、戦闘データだけを残してリセットされてただけだ。完全に初期化したら使い物になるのに時間がかかるし、目覚めたところでどうにか出来る範疇だからな」


聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような鴉の物言いに、雁金は言葉を失った。


確かに、バンガイがバイオフォーセスの原型機であるとは何処にも記されてはいなかった。番号・外というのが、型落ちを意味するということも然りだ。

それら判断するには遺されていた資料が余りに少なく、判断材料が偏っていたし、何より、当のバンガイが、自分が何者であるかを正しく憶えていなかった。

彼の中に残されていたのは、百年分の戦闘の記録。其処には、無数の人を屠り、兵器を破砕していく己だけしかいない。


こんな思い違いが起きてしまっていたのは凡そそんな所だろうと、鴉は心底憐れむような顔で追い討ちをかける。


「まぁ、ようするにあれだ。RPGとかに、ある程度レベルがないと戦えないキャラと、最初からやり直してもすぐ戦力になるキャラいるだろ?こいつは前者で、あいつらが後者って訳だ」

「ふざけるな!!」


それでも、バンガイは吼えるような声で排撃した。


認められる筈が無かった。眼を覚ましてから今日まで、間違いなく地上最強の生物兵器であった自分が、其処で虫のように転がっている連中にも劣る出来損ないであるなど、どうして認められようと。バンガイは全身全霊を以て、鴉の言葉を否定する。


「俺が、この雑魚共に劣る型落ちだと……?てめぇ、いい加減なことを!!」

「こいつらは、ようやっとよちよち歩きを覚えた赤ん坊も同然だ。そりゃまさに、赤子の手を捻るように勝てるだろうよ」


バンガイが夜咫と星硝子を圧倒出来たのは、二人が”ネヴァーモア”を殆ど扱えていないから。ただそれだけの理由だと鴉は言う。

彼らがもし目覚めていたのなら、手を捻るようにやられていたのは、他ならぬお前だと。不出来なくせに幅を利かせた型落ち品を、嘲るような眼差しを向けながら。


「だが、俺は違う。お前も、それが分かってるから、そんな必死になって吠えてるんだろ?」

「黙――」


堪え兼ねて、衝動的に拳を突き出した。これ以上、この男に好き勝手言わせてなるものかと、バンガイは渾身の力を込めて鴉に殴りかかる。


自分が唯一無二、究極にして最強の兵器であると証明するには、彼を完膚なきまでに叩き潰す他ない。

ただ強く在ればいい。誰よりも何よりも強く在れば、それは真実さえも捻じ曲げると。そんな健気な願いにも等しい激情と共に打ち込まれた拳は、鴉を掠めることさえ出来なかった。


「てめぇの妄言の中にも、一つだけ正しく真実を突けていた言葉がある」


鴉の頭部を西瓜さながらにかち割らんとしていたバンガイの腕は、切られていた。

まるで鋭利な刃物で断ち切られたかのように、鋼の皮膚に覆われていた彼の腕は彼方へと吹き飛ばされ、重々しい音を立てながら、落ちた。


この世に斬れぬものなしと思われていた”烏ノ爪”でさえ刃が通らなかったバンガイの体が、どうして鮮やかな切り口から血を噴き上げているのか。

暫し切断されたバンガイの腕を注視していた一同は、その答えを目の当たりにして、息を飲んだ。


「俺が初期ナンバーっつー予想。それは当たりだ」


あらゆる武器を以てしても、引っ掻き傷を付けるのが限界の硬度を誇る、バンガイの皮膚。それと同じ色をした甲殻と鋭い爪を纏う彼の手を眼にして、誰もが悟った。

あれこそが、ブラックフェザーと呼ばれた兵器達の原点にして極点、例外中の例外、正真正銘の原型機である、と。

コートを脱ぎ捨て、変容した両腕を曝した彼の姿に、どうしようもなく痛感させられて、バンガイが切られた腕の痛みも忘れて立ち竦む中。雛鳴子は、悲しくもないのに伝い落ちる涙を拭うこともせず、ただ、聞き慣れた声が告げる真実を聞いた。


「俺の正式名称は、バイオフォーセスbP。”英雄”嵐垣出雲と、”怪物”慈悲心鳥から生まれた、ブラックフェザー・ジ・オリジンだ」

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