カナリヤ・カラス | ナノ


何時の間に跳躍したのか。立つ鳥跡を濁さずとは言うが、羽撃く音すら残さずに飛び立つ鳥が何処にいよう。
バンガイの顔面の上に着地するようにして降り立った鴉は、何が起きたのかと瞬きするバンガイの眼を見据えながら、酷くつまらなそうな顔をしてみせた。


「とんだビッグコックだな。男なら、硬くする場所は一ヶ所にしておけよ」


そう言って、バンガイの顔を踏み台に後ろへ飛び退くと同時に刀を引き抜くと、鴉はまるで風に吹かれた煙のように消えた。

否、実際に風を巻き起こしているのは鴉であった。

着地するや否や、踵を返し、回転。砂埃を巻き上げながら、凄まじいスピードで低く跳躍し、まさしく疾風迅雷の勢いで、鴉は再度バンガイへ斬りかかる。
硬化した皮膚は刃を悉く弾くが、刀に乗せられた力が肉を圧す。骨まで痺れるようなその圧に堪え兼ね、バンガイが後退するや、鴉は更に速度を上げて、躊躇うことなく刀を振るう。

それは最早、斬撃というより、刺突に近いものであった。刃によって相手を断つのではなく、力を以てこれを穿ち、釘を打つように内部を破壊する。これが、一点から放たれるものではないのだから質が悪い。

これが正しく刺突であるのなら、攻撃は切っ先から放たれる。だが、鴉の動きはあくまで斬り付けである。だのに、触れた傍から骨まで響くような威力があるのだ。
悠長に構えていては、中から破壊されかねないと、バンガイは、刀を弾くように拳を打ち出した。


鴉の攻撃が線であるのなら、バンガイの攻撃は点。薙ぎ払う動きに対し、直線の一点集中。そうでなければ通用しないと、彼の本能がそう囁いたのだ。

大振りの動きでは、鴉を捉えられない。ただの暴力では、鴉を止められない。よって、動作は最低限に、力を一ヶ所に集めるのがベスト。そうして余計なものをこそぎ落とせば、おのずと眼が冴える。

例え鴉の刀を弾くことが叶わなくとも、僅かに軌道が逸れたその刃を掴み取ることは、可能だ。


「いい刀だなぁ……それ」


ようやく押し止められた鴉の刃が、手の平の皮膚を僅かに引っ掻く。この状況下で尚、彼は刀を手放すことも、後に退くこともしない。斬れないならば力ずくで押し込み、へし折る。その気構えでいるのだろう。

自分の腕力に押し負けていないだけでも見上げたものだが、その度胸も大したものだ。しかし、命のやり取りに於いて重要な危機感知能力が致命的だと、バンガイは口角を吊り上げ、拳に力を込めた。


「だが、俺を斬るには脆過ぎらぁ」


瞬間。天地万物、有象無象を斬り伏せてきた鴉の刀が、砕けた。それまで刀の形を保っていられたのが不思議と言える程に容易く、硝子細工宛らに。

バンガイの鋼皮を前にしても刃毀れ一つ起こさずにいた、この世に二つとない名刀。桜田文次郎が作った”烏の爪”は、バンガイの握力に堪え兼ね、見るも無惨に砕け散ってしまった。


「か――鴉さん!!」


まずい、と一同が戦慄した直後。砕けた刀を握り締めたままの鴉の腕が、捩じ切られた。


愛刀を失ったことに引き摺られ、即座に迎撃の体勢に移れなかった。その一瞬の判断ミスが、命取りであった。
見開かれた鴉の眼が散りゆく刃の破片に奪われている間に、バンガイは残った刀身を握り、肘から先を力任せにもぎ取った。

鈍らどころかガラクタと化した刀など、握っていたところで仕方あるまいと。そう嘲るようにバンガイは、千切られて尚、柄を握り締めたままでいる鴉の片腕を、手遊みに放る。


唯一の頼みであった鴉が、武器を失い、片腕を失くしたことで、此処まで食い繋いできた希望を吐き戻した一同は、声も出せずに立ち尽くしている。


これでもう、バンガイとまともに戦うことは出来なくなった。彼らに出来ることと言えば降伏か、逃走か、自決のみだが――何を選んだところで、決定権は此方にある。詰まる所、彼らは完全に手詰まりなのだ。

泣こうが喚こうが、全ての権限は雁金にあり、彼の眼鏡に適わない者は、亰の民衆の前に見せしめとして無惨な死体を曝すことになるだろうし、雁金に迎え入れられた者も、人間として生きていくことは望めない。
特にブラックフェザー達は、百年前に逆戻りか、或いは、それ以上に凄惨な末路を辿ることになるだろう。愚かな夢に溺れ、彼らは此処で、全てを失う。

それを哀れという一言で笑殺し、バンガイは残る希望も悉くもぎ取らんと、鴉の腕を投げ捨てる。


「ったく、ようやく一本めかよ。こりゃ思ってたより重労――」


そう言ちりながら、残る腕へと手を伸ばしかけた瞬間。バンガイは全身の血が凍り付いた錯覚と共に、その場に硬直した。

此処から少しでも動いてしまったら、それが死に繋がると本能が警鐘を打ち鳴らす。呼吸すら憚られるような、張り詰められた殺意。

バンガイは確実に、臆していた。この場に於いて絶対の力を有していながら、何物にも脅かされる筈のない彼が、怯えていた。目の前に佇む、隻腕の兵器に。


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