カナリヤ・カラス | ナノ
思わぬ襲撃を喰らった一行は、後片付けがてら、時間も良い頃合いだと昼食休憩に入った。
星硝子が「いい食材も手に入ったし」と言うので、最高に嫌な予感がしながらも、客人として持て成されてくれと言われて待機していた金成屋一同に出されたのは、
案の定イッカクヤドカリを使ったカレーであった。
全員仲良く顔を引き攣らせている四人に対し、星硝子はケラケラと笑いながら、孔雀が作るカレーは絶品だなどと話しながら、
サフランライスにジャバジャバとスープ状のルーを掛けて、先程容赦なく殺したイッカクヤドカリの身を貪っていた。
イッカクヤドカリの身は、見た目的には、海老に近い。まぁヤドカリだし、甲殻類だしと、四人は口にする分には問題ないとは思っていた。
だが、さっき目の前で睡眠砲弾だなんだを受けて、挙句光線砲で焼かれた物を食うというのは、大きな抵抗がある。
「お前これ、食って大丈夫なのかよ。さっきの大砲とかよ」と、鴉がスプーンでイッカクヤドカリの身をつつきながら尋ねると、
彼等の眼などお構いなしにもりもりとカレーを頬張っていた星硝子は「大丈夫じゃなかったら食べないわよ」と答えた。
御尤もだが、聞きたかったのはそういうことじゃないと、四人が揃って轟沈する中。
孔雀が「使った部分は、体の奥の部分だ。問題はない」と、ざっくりながらも説明してくれたので、四人はようやっとカレーに口を付けることが出来た。
香草と魚介の旨みが芳しいスープカレーは、独特の風味を持ちながらも食べやすく、辛さも程よいもので。
ココナッツミルクでまろやかに仕立てられたルーに絡めて食べるイッカクヤドカリもまた、イメージしていた通り海老のような味と食感で拍子抜けする程美味かった。
警戒して損した、とがっつりカレーを平らげ、ついでにデザートにカットフルーツを頂戴したところで、舟はついに目的地に辿り着き、砂中に碇を下ろした。
「さぁ、着いたわ」
団員が下ろした鉄梯子を使って、久方ぶりの大地へと降り立つ。
予め用意していた探索用の備品が入ったリュック一つ背負い、此処まで来てもからからに乾いた大地だけが広がる中。
視線を星硝子が指差す方へ向ければ、見渡す限り砂にまみれた景色の中、それはあった。
「あれが、今回のターゲット。ニュートラルの研究施設遺跡よ」
地盤沈下や流砂によって傾き、殆ど埋もれているフェンスに囲まれた鋼鉄の建造物。
赤錆が目立つが、建物自体に大きな損傷は見られず。出入口を塞いでいるシャッターも、沈黙を貫いていた。
それこそが、此処が前人未踏の遺跡であることの証明であり、一行がこの地に赴いた理由である。
遺跡というのは、二番手が意味を成さない場所だ。
誰よりも早く見付け、手を伸ばし、暴き立てなければ、遺跡は蛻の殻。ただの廃墟である。
取りこぼされた金メッキ一つを持ち帰り、道中の苦労が水の泡になってしまうことを回避する為にも、
遺跡は自分が第一発見者である確信が持てたのなら、迅速に捜索に踏み込まなければならない。
例えその前に、どれ程の障害があろうとも。遺跡に眠る宝を手にしたいのならば、なりふり構っていてはならない。
だからこそ、星硝子は自分達の取り分が減ることも厭わず、鴉達を誘ったのだ。
自分達ではやや荷の重い、生物兵器の群れや、未開通故に何が待ち受けるかも分からぬ遺跡を、いち早く攻略する為に。
「……モールウルフの姿、見えないっすね」
「あいつら、お天道さんが得意じゃねぇからなぁ。俺らがのこのこ巣の上を通るのを、砂ん中で待ってんだろうぜ」
借りてきたままの双眼鏡で遺跡の周囲を観察しているギンペーは、鴉のその言葉にゾゾゾと肩を竦ませた。
敵の姿が見えないことを流星軍の杞憂と片付け、不用意に踏み込んでいけば、地中から一斉に飛び出してきた生物兵器達に瞬く間に囲まれて、食い千切られる。
そのイメージを教訓とし、ギンペーは、この先絶対に一番最初に進まないことを心に誓ったが
「で、どうする?モールウルフを駆除するにも、まずおびきださなきゃ話になんねぇ。まぁ最悪エサなら用意出来るぜ、そこのバカとか」
と、鴉が洒落にならない冗談を言ってくるので、増々怯えた彼は、ささっと近くにいた雛鳴子の後ろに隠れた。
そんな情けなさ丸出しのギンペーを、雛鳴子が適当に宥める傍ら。星硝子はまた、得意気な笑みを浮かべていた。
「ふふーん、任せなさーい。こういう時頼りになるのが、うちのサブリーダーよ」
彼女が言い終える前に、いつの間にか一行から数メートル離れていた孔雀が、なだらかな砂丘の上で、深く息を吸い込んで呼吸を整えていた。
遺跡までの距離は未だ、目測でも五百メートル近く離れている。
モールウルフがその何処に潜んでいるのかも分からない中、一体何をするのかと思えば、孔雀はポケットから、オカリナのような木製楽器を取り出して――。
ピィーーイイィィーーーーーーー……。
鳥が高く鳴くような音が、砂漠に響き渡る。
音楽とは言い難い、原始的かつ野性味に富んだその音を、孔雀が更に続けて、一つ、二つと奏でていくと、やがて遠くの方でぼこぼこと砂が盛り上がってきた。
再び双眼鏡で見れば、視覚が退化した分、聴覚に優れているモールウルフが、音に誘い出されて次から次へと姿を現していた。
先刻、写真で見た通りの、お世辞にも褒められる造形をしていない異形の狼達。
それが実際に動き回り、獲物を探すように鼻をひくつかせる様に、ギンペーはまた情けない声を出し、流星軍の面々もやや顔を引き攣らせているが。
鴉は既に知ったものであるモールウルフより、それを誘き出してみせた孔雀の方に関心を向けていたるようで。
顎を指で撫でながら、ほうほうと小さく頷いて、一頻り鑑定を終えると、鴉は納得したと言うように、依然誇らしげにニコニコと笑んでいる星硝子に、軽く肩を竦めた。
「成る程。あの笛といい、さっきの鎗術といい……あいつ、百目鬼(どうめき)の人間か」
「ピンポーン。その通ーり」
「…百目鬼、って」
「終戦後、国を追放された武家の末裔。砂漠に生きる狩猟民族の一つよ」
聞き慣れない言葉に引かれ、顔を向けた雛鳴子であったが、聞いてみればそれは、彼女も知っているものであった。
戦後、壁外追放を受けた”弾かれた民”は、天奉政府に対する反乱分子であり、国に危険人物と見做された者達である。
その中には、先祖代々伝わる特異な武術を用いて、百年戦争中、白兵戦に於いてに大きな戦果を挙げた者もいた。
剣術、鎗術、弓術、体術。その種類は様々だが、武術を継承している血筋を持つ彼等は一括りに武家と呼ばれ、
その技術を兵に施したり、自ら敵兵を薙ぎ倒したりと、各地の戦場で勝利に貢献した。
そして戦後。彼等はその功績を賞され、国から恩賞として土地や褒章品を与えられたのだが――それに甘んじることが出来なかった家が、幾つか存在した。
天奉が百年戦争を勝ち抜けたのも自分達の活躍あってこそと、貴族の地位を要求する者。
戦争に取り憑かれ、正気を保てなくなった者。
謝恩を受けたことで傲り、武家であることに特別意識を抱いてしまい、問題を起こした者――。
匡は、彼等もまた天奉にとって危険人物であると判断し、幾つもの武家を、砂漠へ放った。
そこからテロリストへ転身した者もいれば、広大な土地を流離う者、ゴミ町のような場所に巣を持つ者。
そして、砂漠で生きることを決め、この星の生態系を支配した生物達を狩ることで生活している者達もいた。
百目鬼はその一つ、狩りの道を歩むことを決めた武家の末裔で、先祖から受け継いだ武術と狩猟の知恵を持っている。
それが、鴉の言った鎗術と、モールウルフを引き摺り出した笛だろう。
雛鳴子は話にこそ聞いていたが、まさか実際に会うことになるとは、と驚いていたが、呆然としていられる時間はないようだった。
「孔雀はその百目鬼の中でも、首領の家で育った超エリートだからねん。あの笛も、簡単に吹けるものじゃないのよ」
「…お前ら、お喋りはそのくらいにしておけ」
笛をポケットにしまい、鎗を手に握って、孔雀が構えた。
鋭さを増したその顔がは、風に乗って運ばれた匂いを辿ってきたモールウルフの群れを、しっかりと見据えている。
「第一関門のおでましだ」
彼のその言葉を合図に、ガチャガチャと各自、手持ちの武器を手に取った。
目指す遺跡は、もう目と鼻の先と言える距離にある。其処に立ち入る為に邪魔なこの障害を、まずは蹴散らさなければならない。
「さってとぉ……一人頭、何匹倒せばいい計算だ?」
「んー、取り敢えずノルマは一人十匹ってとこかしら?」
「そんなもんで済めばいいけど……よ!」
グルルと唸り声を上げて、砂を踏みながら近付いてきたモールウルフに向かい、数人が強く踏み込んで、跳んだ。
その先陣を切って、鴉はコートを靡かせながら空中で身を翻し、臨戦態勢に入ったモールウルフに、斬り掛かった。
「ギャイン!!」
「ギャンギャン!!」
しかし、固い肉と皮下脂肪に遮られ、思ったより刃が通っていなかったらしい。
けたたましい声を上げながらも、斬られたモールウルフは大きく口を開き、鴉へ襲い掛かるが、それを銃弾が弾き飛ばした。
「うぅん、やっぱ手強いわねぇ。モールウルフちゃん」
両手に握る銃をくるりと回し、星硝子は涎を垂らしながら接近してきたモールウルフ二匹を撃ち抜いた。
弾丸はモールウルフの脚に当たるが、それも動きを止めることは出来ず、僅かに怯んだだけに終わってしまった。
だがその隙を狙い、横から孔雀が鎗で頭を貫いて、止めを刺した。
「こいつらは無駄に頑丈だ!狙うなら、頭にしろ!」
「OK!心得たわ!」
答えながら、星孔雀は引き金を引き、モールウルフの頭部を適確に射撃した。
前から後ろから左右から此方に向ってくるモールウルフを躱しながらも、彼女は狙いを外すことなく、銃弾を放つ。
その腕前があるからこそ、彼女は鴉と孔雀の衝突にすら介入することが出来たのだろう。
魅入る程に軽やかに、砂上を舞うように飛び回り戦う星硝子を見ながら、雛鳴子は飛び出してきたモールウルフを蹴り飛ばし、
お土産代わりにと一つ、手榴弾を投げつけた。
爆発音と共に、モールウルフの悲痛な鳴き声が響く。
だが、モールウルフは体から煙を上げながらも立ち上がり、焦げ付いた体でまた突進を仕掛けてきた。
本当に、無駄に頑丈なことだ。
雛鳴子は少し辟易としながら、装備節約の為にトラップ用に使うナイフで応戦した。
「全く…キリがない!」
「同感だ」
徐々に数こそ減りつつあるが、それでも一匹一匹がしぶとく、倒した側から次の相手が湧いてくる。
次第にもう何匹やっているのかさえも分からなくなってくる中。そういえばと雛鳴子と鷹彦は視線を前方から逸らした。
流れに従ってここに至り、すっかり忘れていたのだが――此処には、ギンペーもいた筈だ。
さっきまで雛鳴子の後ろに隠れていた彼は、今何処に…と思ったまさにその時だった。
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
お馴染みと言える叫び声を上げて、砂煙を上げながら駆け抜けていくギンペーの姿が、二人の視界を横切っていったかと思えば、
その後ろからギャンギャンと血気盛んに吠えるモールウルフが数匹、猛スピードで駆ける彼を追いかけて行った。
もしかして、自分達の気付かぬ間に食われてしまってはいないかと思っていた雛鳴子達であったが、
あの脚がある以上、そう簡単に食われるギンペーではないし、そもそも鴉が、契約者である彼を完全に忘れることもないだろう。
その鴉といえば、力加減の調節が整ってきたのか、素晴らしい手捌きで次々にモールウルフを斬り伏せているのだが。
取り敢えず、あのまま逃げ回って、別の生物兵器に出くわしたり、砂に呑まれたりでもしたら惨事だと、
二人はギンペーの助太刀をすべく、近くのモールウルフを適当に蹴散らした、が。
「いいのかしらぁ!そーんな遠くに行っちゃって!」
待ってましたと言わんばかりに弾む声がしたと思えば、ガチャンと光るバズーカを構える影が一つ。
モールウルフに追いかけ回されるギンペーの方へと砲口を向けていた。
声量に見合わない小さなシルエットだけで、それが誰なのか、雛鳴子と鷹彦はすぐに悟った。
「星姐様達に届かない範囲なら、これの出番よ!」
そう言って引き金を引いたのは、コマチである。
先刻、金成屋のクルーザー上では不発に終わったバズーカを放ち、その勢いで小さく後ろに吹かれるように飛び退きながらも、
コマチが放った弾は真っ直ぐな軌道を描いて、ここぞというタイミングで、モールウルフ達に直撃した。
着弾と同時に、辺りにはガスのようなものが拡がり、それを吸い込んだ側からバタバタと、モールウルフ達は砂の上に倒れていった。
あれもまた、イッカクヤドカリに使った睡眠砲弾のようなものなのだろう。
暫くしてからモールウルフが止まったことに気付いたギンペーが、はっと眼を見開いている中。
コマチは更にもう一発と装填した弾を発射した。
刹那、ボガァアアン!!と凄まじい音を立てて、先程撒かれた煙が爆風を上げた。
その衝撃で、眠りこけていたモールウルフ達は紙屑のように吹き飛び、距離が些か近かったギンペーも、その余波で見事に後ろに転がっていった。
どうやら、先程の砲弾に含まれていたのは、引火性のある睡眠ガスだったらしい。
それが次の爆薬入り弾によって大爆発を招いたようだが――あれがもし、クルーザーの上でやられていたらと考えると、雛鳴子は血の気が引いた。
しかし、今は砂漠の真ん中で。コマチが武器を向ける相手も自分達ではないので、良しとしよう。
そう済ませた頃には、モールウルフ達はもう敵わないと思ったのだろう。残った個体は大慌てで砂を掻いて潜り、そのまま遠くの方へと逃げていった。
「……終わった、な」
落ち着いたところで、転がったついでに砂の中に上半身が埋まったギンペーを助け起こした後、
雛鳴子は改めて、ニュートラル研究施設遺跡へと眼を向けた。
喧噪の中にあっても動じることのない、歴史を封じ込めたまま鎮座するその場所に、いよいよ手を入れ、足を踏み入れる時が来た。
戦後長らく閉ざされてきた時間の封を切る。そう思えば、感慨深さや緊張の一つでも胸に覚えるものだが。
「うーっし、害獣駆除も終わったし、とっとと中入ろうぜ」
「楽しみねー!中にどんなものがあるのかしら!」
鴉も星硝子もそんなものを一切感じることなく、さっさと遺跡に向かって歩き出していった。
似た者同士のこの二人のことだ。お互い頭の中には、この先に眠るお宝とそれが生む利益のことが犇いているのだろう。
雛鳴子も鷹彦も溜め息を吐きながら、鴉の背中を追い。貴重な水を使って砂を飲んだ口をすすいでいたギンペーもまた、慌てて一行の後を追った。
モールウルフは追い払うことが出来たが、此処は生物兵器の生息地帯であることに変わりない。
また別の厄介者が来る前に、迅速に行動しなければと、一同は遺跡の前へと足を進めた。
固く閉ざされた、厚い鋼の扉には、僅かにテープやペンキの跡が残っていた。
その上から閂が通されているのを見るに、この場所は相当厳重に封鎖され、立ち入りを禁止されていたようだ。
「……これで、期待出来るだけの中身が果たして残っているのか?」
その疑問を思わず口にしてしまった鷹彦を、批難する者はいなかった。
この遺跡は、研究所である。此処に立ち入る理由は、内部に貴重な研究データや資料が残されている。その見込みがあるからだ。
扉が固く閉ざされているのも、それだけ重大なものを守る為と思えば、期待値も上がる。
だがしかし、問題はこの扉が、外から閉ざされていることにあった。
「…この研究施設を放棄した者が、こうしたのだとしたら……中にはろくなものが残っていないだろうな」
仮に、この研究所が戦後、研究員達によって自主的に解体されたのだとしたら。その際に、価値あるものは全て持ち出されてしまっているだろう。
これがもし、外部から何等かの理由で閉ざされているのだとしたら、まだ希望はあるが――それはそれでまた、大きな問題を生む。
「外の人間がこれをやったのだとしたら……中にあるのは、相当とんでもないものになるだろうな」
孔雀が顔を引き攣らせながらそう言っても、星硝子が探索を打ち切ることはなく。
鴉もまた、ここまで来て引くことはないらしく。流星軍の団員達が数人掛かりで閂を外すのを、黙って見ていた。
(でも、虎穴にに入らずんば虎児を得ずって言うじゃない?何もないかもしれないと思ってスルーしてちゃ、お宝は来てくれないわ。
何事も試してみて、それでダメだったなら次を当たればいい。そうでしょ?)
星硝子がそう言ったように、実際に確かめてみない内には、遺跡の内部は語れない。
此処に立ち入ったことが間違いだったのか否か。それを決めれる段階に、未だ彼等は踏み込めていないのだ。
「さぁて、御開帳よぅ」
ニタリと笑う星硝子の言葉を合図に、団員の中でも一際大柄な男達が力を合わせ、鉄扉に手を掛けた。
ギギギギと擦れる音を上げながら、扉が徐々に開いていく。
大戦後、百年以上の時を封じ込めていた遺跡が今、ついに開かれたのだった。