カナリヤ・カラス | ナノ
ガヅン!と鈍い音がして、大きく船体が揺れた。
その衝撃でバランスを崩したのか、向こうではしゃいでいたギンペーは見事に後ろに引っくり返り、
ギャンギャン言い争いを展開していたケンとコマチは揃ってずっこけていたが、そんなことは問題ではなかった。
「星姐さん!やべぇのが来ました!!」
凄まじい揺れの中でも、レモンスカッシュを零すことなく器用に持ったまま、残りをずぞぞと啜りあげた星硝子に、団員が大慌てで駆け寄ってきた。
その慌てようから、またとんでもない物に当たったのではないかと、雛鳴子と鷹彦は顔を青くしていたが、
綺麗に引っくり返って転がったギンペーを爪先でげしげしと突いている鴉の顔は、すっかりいつもの彼らしさを取り戻していた。
しかし、それを気に掛けている場合でもなく。団員の叫びに近い報告は、甲板に強く響き渡った。
「イッカクヤドカリです!地中で寝ていた奴の角の先に舟底が当たったみたいです!」
「イ、イッカクヤドカリ?」
「あれのことだ」
刹那。ブシャアアアアアと吹き上げてくる無数の砂の音と、舟を覆う巨大な影にギンペーはこれでもかと眼を見開いた。
それこそ、ゴーグルを突き破る勢いで目玉が飛び出すのではないのかというくらいに。
舟の真横に現れた超巨大生物に、ギンペーは驚き、渾身の叫び声を上げた。
「でっけぇええええええええ!!な、なな、なんすかあれ?!カタツムリ?!!」
「…いや、ヤドカリだと言っていただろう」
こうなっては、距離を取ってもいられないと、鷹彦と雛鳴子は鴉達の元に駆け寄り、ぶち当たってしまった今日の災厄を見上げた。
全長、数百メートルはあるだろう。ちょっとした島のような大きな殻に、これまた恐ろしく巨大で鋭い角を付けているそれは、名前の通りヤドカリであった。
その規格外の大きさと、堅牢極まれる殻に、備え付けられた立派な角こそ、かつてこの星に生息していたヤドカリとは大きく異なるが。
殻の下の甲殻類の体に、鋏状の前脚。そのフォルムは紛うことなきヤドカリであった。
それにしても、でかい。そして、恐ろしい生き物であった。
かつてデッド・ダック・ハントで様々な生物兵器を見て、その一部に命を狙われたギンペーだが。あれらが霞む程、目の前のイッカクヤドカリは凄まじいものであった。
成長の妨げとなるものがない広大な砂漠で、育ちに育ったその巨体と、太陽の下で鈍く光る鎗のような角に、これまたとんでもなく大きな鋏。
その迫力に圧倒され、あれだけ騒いでいたというのに、ギンペーはすっかり静かになってしまっていたが、彼のように腰を抜かしていてはどうにもならない。
舟はイッカクヤドカリから離れるように動き出したが、あの巨体相手ではすぐに距離を詰められるのが眼に見えている。逃げることは、困難に違いない。
「おい、大丈夫かよ。あいつの角、舟にちょっとでも引っかけられて見ろ。俺ら全員お陀仏だぞ」
「はっはっは!心配ご無用!砂漠のハンターたるもの、準備は万全よ!コマチ!」
「はい!星姐様!」
だが、金成屋一同がしっかり驚いている間にも、流星軍のメンバーはイッカクヤドカリの迎撃準備を進めていたようだ。
間もなくガラガラガラと車輪が転がる小気味よい音を立て、コマチが引き連れてきたのは、大砲の群れであった。
「流星軍、砲撃部隊!撃てぇーー!!」
「「アイアイサーーー!!!」」
彼女の号令と共に、ドンドンドンと派手な音が舟に、一行の腹の底にまで響く。
そうして放たれた砲弾を全て、守りの薄い顔面に食らったイッカクヤドカリは、キシャアアアアアアと悲鳴を上げるも、容赦なく、そして淀みなく、大砲は鳴り続ける。
決して止まることがないよう、列の端から端へ順々に、テンポよく放たれ、途絶えることのない見事な砲撃に、ギンペーは空いた口が塞がらず。
鴉もヒュウと、感心したように口笛を吹いていた。
「……す…っげぇ……大、砲」
「しかも、ただの砲弾じゃないな」
「その通り!あれは、コマチが作った特別製の睡眠砲弾よ」
言われてハッと、イッカクヤドカリを見れば、此方に攻撃をしようと鋏を持ち上げては、手を下ろしてを繰り返して、相手は反撃出来ずにいた。
そうしてく間にも砲弾を喰らい、そのうちイッカクヤドカリは派手に砂を撒き散らして、倒れ込んでしまった。
砂の上でぴくぴくと、痙攣しているその様は、眠りに入っているというより、麻痺して悶えているように見えるが。
誇らしげに腰に手を当てて胸を張るコマチの横で、当人以上に決め顔の星硝子は、真っ直ぐに伸ばした指で倒れたイッカクヤドカリを指した。
「砂漠にだけ生えてる突然変異植物を使った貴重な物だけど、惜しんでたら舟が沈められちゃうしねぇ。さぁ、相手が痺れてる間に次行くわよ!」
「流星軍、銃撃部隊!ぶちかませ!!!」
「「オォーーーー!!」」
またガラガラと、甲板の上を滑る車輪の音がしたと思えば、次に現れたのは大型のパイルバンカーであった。
まさに対生物兵器用と言うべきか。尋常ならざる大きさの銃身には、これまた巨大な銛がセットされており、それがケンの合図と共にダパパパパパパと連射された。
今度の攻撃はイッカクヤドカリの殻へと被弾し、とてつもない勢いで発射された鋭い銛は堅い殻をも砕いて、ついには角すら破壊してしまった。
空気を震わせ、劈くような叫びを上げながら、イッカクヤドカリは身悶えしながらも、両手で強引に砂を掻いた。
どうにか此方に一撃を当てれば、自分が勝つことを分かっているのだろう。
必死に体を前に進めようと、イッカクヤドカリは猛烈な眠気の中で足掻くが、それを許してくれる流星軍ではなかった。
「「ラストぉ!!」」
コマチとケンの揃った号令と同時に、舟の側面から大砲が顔を出した。
無惨に砕けたイッカクの角には及ばないが、舟の装備として惚れ惚れするような、見事な砲身が、太陽の光を浴びてギラリと光る。
その眩さに魅せられるも刹那。大砲の口はギュイイイイと機械音を立てながら強く発光し――。
「流星軍名物、超電光線砲!発・射!!」
白い光に照らされたかと思えば。次の瞬間、衝撃でやや傾いた舟の上で一同が見たのは、頭から胴体まで。真っ直ぐに大穴を開けたイッカクヤドカリの姿であった。
ジュウ、と周囲から黒い煙を上げている穴は、実に綺麗な丸で。
イッカクヤドカリの体には見事なトンネルが開通し、その先では、砂漠が光線の起動に沿って抉れているのが見えた。
その光景を前にして、一名を除いて全員が揃って胸を張っている流星軍に対し、金成屋一行が言いたいことは
「お前ら、絶対ゴミ町の近くに来るなよ」
これに尽きた。