カナリヤ・カラス | ナノ


鵜飼を攻撃したのは、ケンとコマチだった。

担当地区の制圧を終えたのか、それとも勢いで此処まで突き進んできたのか――恐らく後者だろうが――何れにせよ、彼等も幹部の一人二人打ち倒してやろうと乗り込んできたらしい。
ギンペーは、間一髪命拾いしたレジスタンス数人と共に唖然としながら、喧々と言い争いを繰り広げる二人を見遣る。


せっかくお目当ての幹部に邂逅したというのに、あの二人ときたら、鵜飼のことなど目に入っておらず、彼を見付けた手柄はどちらにあるかで揉めている。

漫才をやっている場合ではないだろうに。誰しもがそう訴えかけるような眼差しを向ける中、攻撃された傍から放置された鵜飼は、一体彼等は何がしたいのだと顔を顰めながら尋ねた。


「……なぁに、アンタ達」

「よくぞ聞いてくれたわ!」


そこでようやく、此処に来た本分を思い出したのか。コマチはケンを軽く突き飛ばし、意気揚々と名乗りを上げ始める。これがやりたくて仕方なかったのだと言わんばかりの輝かしい顔付きで。


「私こそ!天下にその名を轟かす、ハンターグループ流星軍リーダー星硝子姐様の左腕!!」

「ちっげぇだろ!!左腕は俺!!お前は足の小指だ!!」

「ちょっと邪魔しないでよ!!せっかくの口上が台無しじゃない!!ホンット空気読めないわねぇ!!」


が、またもケンからの横槍によって会話は頓挫。再び始まった姦しい漫談を、鵜飼は頭を傾けながら傍聴していたが、やがて深々と溜め息を吐きながら、ずしりと重量感のある一歩を踏み出した。


「……まぁ、どっちが左腕でも足の小指何でもいいわ」

「何だと?!」

「何ですって?!」


仲が良いのか悪いのか。綺麗に揃って鵜飼の方に顔を向けた次の瞬間、ケンとコマチはそれぞれ左右に別れるように飛び退いた。

間髪入れず、二人のいた場所に走る熱線。その余波に煽られ、レジスタンス達が転がったり尻餅を突いたりする中、上手いこと回避と着地を決めたケンとコマチは、ジュウゥゥと音と煙を立てる鵜飼の手を見遣りながら、僅かに顔を強張らせた。


今のは、鵜飼の手から放たれた攻撃だ。二人は寸前まで互いの顔を睨み合っていたので、ほんの少ししか見えていなかっただろうが、遠目から見ていたギンペーはしかと拝んでいた。

鵜飼の義手の平。その真ん中から銃砲が現れ、いつか流星軍の舟で見た超電光線砲を彷彿とさせる熱線が発射された様を。


それにしても、寸前まであれだけ気を散漫とさせていた割に、よく避けられたものだ。鵜飼が構えるのを見ていたレジスタンスや自治国軍兵士達でさえ反応が遅れたというのに。

鵜飼もそこを評価したのか、ただの口喧しい子供ではないのだと感心したような笑みを浮かべている。


「あら、流石はブラックフェザーの親衛隊。中々やるじゃない」

「…………ぶらっく……何だって?」

「ブラックフェザー。黒い羽根って意味よ、馬鹿ケン」

「はぁ?!んだよ黒い羽根の親衛隊って!!俺がお慕い申し上げてんのは姐さんだけだっつーの!!」


馬鹿呼ばわりされることより、誰を慕っているかをはっきりさせる方が重要なのか。ケンはコマチの方を見ることなく、鵜飼に噛み付く。

それに便乗したコマチも、あいつに一言物申してやらねばと、バズーカを肩に担ぎ上げたまま、ビシッと鵜飼を指差した。


「そうよそうよ!!意味分かんないこと言ってんじゃないわよ、このデカオカマ!!」

「そうだデカオカマ!!デカオカマでメカオカマ!!デカメカオカマ!!!」

「なっ」

「き、貴様ら!!鵜飼隊長に向かって!!!」


彼の部下でなくとも、そう言いたくなる。ちゃっかり距離を取ったレジスタンス達も、依然物陰に隠れたままのギンペーも、キャンキャン吠え立てる二人をどうにかして黙らせてやりたいと額を抱えた。

無駄に敵を煽る必要が何処にある。ましてや、相手は自治国軍幹部であり、人間の頭を軽々と握り潰す怪力と、熱線砲を有した大男。見た目だけで言えば、ちんちくりんという言葉がこれ以上となく相応しい二人に勝てる見込みなど皆無に等しいのだ。
それを、相手を逆上させるようなことを言って――と、未だ「オカマ!オカマ!!」と囃し立てる二人に、一同が肝を縮めていると、鵜飼がぽつりと呟いた。


「……アンタ達、下がってなさい」


其処には其処には怒気など微塵も含まれていなかった。今も尚、散々に煽られているというのに、鵜飼はケンとコマチに対し、苛立ってすらいないらしい。

だのに、鵜飼の物言いには有無を言わせぬ強い響きがあって、自治国軍兵士達は勿論、レジスタンスもギンペーも、張り詰めたピアノ線から首筋を逸らすように身を強張らせる。

その戦慄を嗅ぎ取ったのか。鵜飼は口角を吊り上げながら、ケンとコマチを見据え、舌なめずりをする。


「残りは手負いのレジスタンスと子供が二人。この子達はアタシが遊んであげてるから、アンタ達は他チームの応援に向いなさい」


兵士達は、知っている。

鵜飼がこんな顔をする時は、彼の嗜虐心が極限にまで昂ぶった時であり、その熱が冷め遣るのは、目も当てられぬような惨劇の後だということを。

その惨憺たる光景を思い返して、痛烈な吐き気と恐怖心に襲われた自治国軍兵士達は、半狂乱で踵を返す。


「――総員、退避!!」


我先にと足を進めながら、何人かの兵士達はケンとコマチに同情した。

彼等がこうなったのは、徒に鵜飼を煽ったからではない。ただ、鵜飼の眼に止まってしまっただけ。それが運の尽きだった。


――嗚呼、此処にさえ来なければ、鵜飼にさえ戦いを挑まなければ、もっとまともな死に方が出来ただろうに。


彼等の末路を想像して、胃袋から込み上げてきたものを無理矢理嚥下しながら、兵士達は足早に去って行く。

二人がそれを迎撃するでもなく、大人しく眺めていたのは、その隙に鵜飼から攻撃を受けることを危惧してのことか。はたまた、最初から彼等のことなど眼に入っていなかったのか。

何れにせよ、それは懸命な判断であり、同時にこれ以上とない愚行であった。


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