カナリヤ・カラス | ナノ
袈裟懸けに斬られ、二つの肉塊と化した人の体が、べしゃりと音を立てて床に落ちる。
その様を、体の震えと悲鳴を押し殺しながら見遣る青年達の前で、男は軍刀を濡らす血を振り払い、足元の死体をゴミのように蹴り転がした。
「はぁ、つっまんねぇ。マジでつまんねぇなぁ、お前らよぉ」
僅かにずれた軍帽を直しながら、十人の兵士を斬り殺した男は、心底辟易とした様子で天を仰いだ。
彼にとってこれは戯れにもならない。手遊みに枝毛を探すように、小さなささくれを抜くように、男は部下である兵士達を訓練の名目で斬り殺した。
それが何の生産性も無い行為だと分かっていても、そうしなければ感覚が腐り果ててしまいそうで、男は糸引く惰性を携えたまま、剣を抜いた。
――死にたくないなら、殺しにかかれ。
そう言って、適当に選んだ部下十人同時に相手取ったところで、彼の中に立ち込める靄のような不満は解消されず。十人の哀れな兵士達は、文字通り無駄死にした。
誰一人として彼に傷を負わせることもないまま。兵士達は癇癪ついでに千切られた紙屑のように死んだ。
だが、それについて悲しむ者も、憤慨する者もこの場にはいなかった。
此処にいる兵士達は、知っている。
この一過性の病めいた男の欲求不満に対し、自分達が出来る事は、彼の眼に付かぬよう息を殺して体を縮め、癇癪の嵐が過ぎ去るのをひたすら待ち続けるしかないということを。
この場にいる全員で殺しにかかったところで、死ぬような相手ではない。だから彼は今日まで此処に君臨し続けているのだと、兵士達は恐怖で色を失った眼で、切っ先を此方に向ける男を見遣る。
「もうあれだ。てめぇら全員、生きてる価値無し!!よって死ね!!隊長命令だ、死ね!!俺に斬られて悉く!端から端まで死ね!!雑魚は雑魚らしく一列に並んで死ね!!」
「…………」
「…………」
吐息一つでも漏らせば、其処で首根っこを掴まれる。
兵士達は、今にも笑い出しそうな膝を必死に伸ばしながら、端から順々に此方の喉笛すれすれを軍刀の先でなぞってくる男が飽いるのをひた待った。すると。
「はいはい。そこまでよぉ、葦切ちゃぁん」
見るに見兼ねて、という程の情は込められていなかった。
むやみやたらに殺生するものでもないという気持ちが、一切含まれていないこともないのだろうが。それでも、男――葦切の手を掴んで止めた大男は、今にも殺されそうとしていた兵士達に対し、さしたる情や関心を抱いてはいない。
ただ、これから葦切が一人一人斬殺していく様を見ている時間が惜しかった。大男が彼を止めたのは、それだけのことだったのだが、葦切は不服げに眉を顰めた。
「んだよ鵜飼。こん中にてめぇの好みの奴でもいるのか?」
「そうねぇ……。右から二番目の彼とか是非いただきたいところだけど……それはそれ。私が来たのは別・件」
忌々しげに鵜飼と呼ばれた男は、精悍な顔つきの兵士を一瞥し、ちろりと舌なめずりだけすると、葦切の頭をコツンと小突いた。
心底鬱陶しげな視線が、眼帯に覆われた左目の奥からも突き立てられそうな程、顔を顰めた葦切が睥睨してくる。
それを軽く往なすように、鵜飼は頭部の大部分を刈り上げて作られた鶏冠のような黒褐色の髪を揺らしながら、やれやれと両手を挙げた。
「総帥から招集よん。大会議室に集合って、昨日言われてたでしょ?」
「ああー……。そういやそんな通知、来てたような来てないよう……なっと」
柄に指を引っかけ、適当に弄んでいた軍刀を振り向き様に投げつけられ、鵜飼の眼鏡に適った兵士が断末魔ごと顔を潰され、倒れた。
まるでダーツのように軽やかに軍刀は放たれた。
今度のそれは戯れであり、鵜飼に対する当て付けなのだろう。血を噴き上げながらビクビクと体を跳ねさせる部下であったものの姿に口角を上げ、葦切りは悪意を練り固めたような笑みを浮かべて見せた。
「おっと。悪いな、鵜飼。お前より先に挿れちまったよ、ハハハ」
「んもう、いつまでも可愛くないガキねぇ。子供の内にいじめておくんだったわ」
「ふざけろクソオカマ。てめぇのイチモツまで機械化されてぇのか」
言いながら、残った鞘を腰から引き抜き、鵜飼の横腹をゴンと小突くと、葦切は、それを手向けの花と言わんばかりに高く放り投げた。
彼の腰には未だ、四、五本の軍刀が携えられている。一本使い捨てにしたところで、何も困りはしない。
殺された兵士達もきっと、その程度の存在、その程度の価値しかなかったのだろう。
容易に斬り捨てられるようなものなど塵芥も同然。吹けば飛んでしまうようなものに興味はない。
彼が求めるのは、血湧き肉躍るような戦い。それ以外は等しく無価値なのだと、残された者達は去りゆく上官を見据えながら、刃のように冷えた安堵感を嚥下した。
「いいから行くわよ。あんまり待たせると、あの化け物が暴れ出すわよ」
「ヘイヘイ。……あ、お前らソレ片付けておけよ。戻って来た時まだ片付いてなかったら斬り殺すからな」
そう言って自ら作った死体の山を指差すと、葦切は鵜飼と共に訓練所を後にした。
かと思えば、忘れ物を拾っていくように入口まで戻ってきた葦切は、其処に力無く座り込む少女の腕を乱暴に引っ掴んだ。
「オラ、お前も来いよ。お前も招集されてんだろ」
細すぎる、殆ど骨と皮だけの腕を、関節が外れそうな力加減で引っ張りながら、葦切は白い検査服を纏う少女を連れ歩く。
まるでキャリーバッグを引くようにしながら、少女が抗わないのをいいことに、てんで合わない歩幅のままに、ずんずん躊躇いなく進む。
そんな彼に苦言を呈するでもなく、鵜飼はされるがままの少女に眉を顰めた。
「ちょっとぉ、またその子連れてきたのぉ?」
「俺の練習相手になる奴、コイツか因幡のダンナくれーしかいねぇんだよ。総帥にゃ許可もらってるし、いいだろ」
「まぁ確かに……総帥からお許しが出ている以上、どうしようと貴方の勝手だけどぉ」
光の無い眼で何処かを見ている少女が、鵜飼にとっては底気味悪かった。
この幼い子供の皮を被った異物を連れ回す葦切の気が知れないと、大きな溜め息を吐いて、鵜飼は機械仕掛けの義眼を細めた。
「でも気を付けなさいよ、葦切ちゃん。下手したら死ぬのは貴方なんだから」