カナリヤ・カラス | ナノ


やっぱりかと、鴉はこれ以上となく辟易とした顔をした。

星硝子の舟が見えた時から、何となくそんな気はしていた。それが、客船の入国ルートの話から徐々に確信へと近付いて、国境ゲート云々の辺りで鴉は半ば諦めていた。


この女の性質は、台風そのものだ。我が道を行く為に周囲を巻き込み、辺りを荒らし、身勝手なまでに自由気儘に、目的へと突き進む。
そんな彼女に何を言ったところで、小鳥の囀り程も届きやしない。衝動の暴風雨に掻き消され、ハイ終わり、だ。

そういう輩に先手を取られてしまった時点で、抵抗したところで無駄なのだが――かといって、大人しく頷く気にもなれない鴉は、マフラーを手放した星硝子から、またプイと顔を背ける。


「不健全にどんぶらこっこしてるより、よっぽどいいじゃない。異国の風!未知のお宝!スペクタクル・ロマンス!あんな舟にいるより、ずっと有意義で素敵なバカンスになるわよ!」

「この夏休みキッズ脳が。お前は一生、アサガオの観察日記を付けながらセミの抜け殻でも集めてろ」

「アサガオもセミも、絶滅種じゃない」

「ああ。だからこそやる価値があるだろ?」

「ふむ……それは確かに一理あるわね」

「……星硝子」

「イヤン。まんまと話を流されちゃうとこだったわ」


孔雀の一言で、逸れかけた話の軌道を修正すると、星硝子は上手いこと躱されてしまう前に、鴉に畳み掛けることにした。

これは、来る、来ないの話ではない。行く、行かないの話でもない。納得出来るか否か。それだけのことなのだと、ずずいと顔を近付けながら、星硝子は鴉に迫る。


「とにかく、返事は『はい』か『イエス』よ、鴉。貴方はこれから、私達と一緒に皇華に行って、レッツ・エンジョイ・お宝探し。これが決定事項なの」

「どうしてそうも頑なに俺を連れて行きてぇんだよ。なんだ、俺に惚れたか?」

「そういうことにしてあげてもいいわよ。……やっだぁ、孔雀ったら睨まないでよ。冗談、冗談」

「誰も睨んでない。ただ、お前の正気を疑っただけだ」

「はいはい。うふふふふ。……ああ、そう、どうして貴方を連れて行きたいのかって話だったわね。端的に言えば、理由は三つよ」


星硝子は、せめて鴉が納得して航路に臨めるようにと、彼を引っ張り込みたい理由について、人差し指をピンと立てて語り始めた。

これは理不尽でも不条理でもなく、合目的にして運命的な理合いの上に生まれたコンパスの導きなのだと、赤い瞳を光らせながら、星硝子は語る。


「一つは、皇華の人間とコネクションを持ってる人材が欲しいから。皇華にはこれまで数回、こっそりとお邪魔させてもらったことがあるんだけどね。舟で行けなかったから、荷物が全然持ち込めなくって、全然滞在出来なかったし、持ち帰れる物も限られてた。そんなこんなで、皇華探索はヒジョーにしょっぱい結果に終わったという苦い思い出があるんだけど……今回は舟を使って入れるじゃない?となれば、本腰を入れてお宝探し出来るでしょ?けど、そこまで踏み込んで皇華を周るなら、現地の人間の助力も必要になる。そ・こ・で、顔の広ーい金成屋・鴉くんにお願いしたいって訳」

「要するに、俺に仲介役をやってけと」

「そういうこと」

「ところで、お前は何で俺が皇華に知り合いがいると?そんな話をした覚えはねぇんだが」

「いやー、正直これは後付けみたいなものでね。金成屋に行った時に、雛鳴子ちゃん達からアンタがいない事情を聞いて知ったのよ」


それはどういうことだと、眉を顰める鴉に、星硝子は悪戯っぽく眼を細めながら、コートのポケットに手を入れた。


「アンタが皇華の人間と親身ってことを知らなかった時点で、金成屋を訪ねたのは、二つめの理由にあるわ。それが、これ」

「……こいつぁ」


星硝子がポケットから取り出し、鴉の前に突き出したのは、手紙だった。

白い封筒に包まれ、金のシータリングスタンプが捺されたそれは、開くまでもなく鴉に効果を現すことを、星硝子は理解している。
開かれた瞳と三日月の紋様が刻まれた封蝋。それが何を意味しているか、分からぬ鴉ではないからだ。

星硝子は、手紙を見るや明らかに表情を変えた鴉にニィと口角を吊り上げながら、二つめの理由について紐解いていく。


「お察しの通り、これは福郎くんの紹介状。実は私、最初は月の会で、皇華の案内役を雇うつもりでいたのよ」


雛鳴子達も、これについては知らなかったらしい。
星硝子が隠し持っていた究極の一手――福郎の紹介状という爆弾級の代物に、金成屋の面々は眼を見開いている。

そして鴉もまた、よもや星硝子が福郎と繋がっていたとは予想だにしていなかったと、立ちはだかる最凶最悪のタッグに口を歪めた。


「けど、受付で話してる時にたまたま福郎くんが通りがかってね。事情を話したら、それなら金成屋・鴉と同行するといいってコレをくれたの」

「一つ質問。てめぇ、あのジジイとはどういう関係だ?」

「んー……なんだろう、敢えて言うなら友達?昔、ゴミ町の近くでやってたマーケットで会ってー、うちが出してたお宝を見てー、目利きの才能があるって褒めてくれてー……そっから、なんやかんや色々お世話になったり、こっちがお世話してあげたり。まぁ、ウィンウィンな感じの関係?」

「お世話、なぁ。カッ、ジジイのオムツ交換でもやってたのか?シュガーベイビー」

「友達の下の世話って普通するもの?もしそうだとしたら、貴方と鷹彦の関係を疑うわよ」

「分かった、今の発言に関しては謝る。マジでゴメン」

「よろしい」


どうやら、自分達が思っていたよりも、福郎の顔も、星硝子の交友関係も広いらしい。

鴉はこうなったらお手上げだと、天を仰ぐように椅子を傾け、体を仰け反らせた。


「で、あのクソジジイは、何で俺のとこにお前を寄越してきやがったんだ?嫌がらせか?」

「それについては、身に覚えがあるんじゃないの?聞いたわよ。貴方、福郎くんに頼まれて、亰のことあれこれ探ってたそうじゃない」


そういえばテレシス騒動の時、鴉は亰の事情を糸口に、メレア誘拐の真実を導き出していた。
日頃、新聞やニュース、インターネット上での噂話から、娼館の井戸端会議にまで目を向け、耳を傾け、ありとあらゆる情報を集めている彼のことだ。
亰の内情について知っていても不思議ではないが、あの時の閃きの速さは、そういうことだったのかと雛鳴子達は鴉を見遣った。

別に隠していた訳でもないし、内密にというオーダーが出ていたということもないらしい。
ただ、わざわざ話すまでもないことだと、黙って調査を進めていた。それだけのことなので、鴉はバツを悪くするでもなく、ボリボリと後頭部を掻きながら、大袈裟に溜め息を吐いた。


「……カッ。結局、俺の貴重なオフは藻屑と消えるってことか。あのジジイ、戻ってきたら穴という穴に皇華名物の香辛料をしこたま詰めてやる」

「戻ってきたら……ってことは!」

「ああ。事のついでとして、同行してやるよ」


何れ、現地に赴いて本格的に亰内部に探りを入れる必要があったのは、事実だ。


先のテレシス騒動を受け、福郎は亰の内情が、いよいよ他人事ではなくなってきたと、幾らか危惧していた。

既に何人か調査員を派遣して、現地の情報を仕入れているようだが、そろそろ、もっと踏み込んだところまで知りたくなってきた頃合いのようだ。
其処に偶々現れた星硝子を利用しない手はないと、彼女を飛ばし、亰へと嗾けてくれた、ということか。


あの老獪めと舌打ちを転がしつつ、鴉は意趣返しと言わんばかりに、星硝子に向けて二本指を立てた。


「ただし、条件が二つある。一つ、俺らが行くのは亰までだ。そこで、皇華の知り合いに話をつけて、合流し、お前らの案内を任せる。二つ、お前らは仲介料として、皇華から持ち帰ったお宝の儲けの三割を此方に上納すること。これが飲めないんだったら、今すぐジジイのとこにトンボ返りしろ」


亰の調査は福郎の依頼として、後から報酬を請求することも出来る。
それでも、自分の休暇を潰された割には合わないと、鴉は星硝子に対し、慰謝料を含めても割高な条件を提示した。

いつかは亰に赴く必要があったとしても、星硝子さえ現れなければ、自分はあの豪華客船で、優雅にバカンスを楽しんでいられたのだ。
事のついでとはいえ、亰まで同行し、皇華に精通した案内人を紹介してやるのに、タダというのは頷けないと、鴉は向こうからブーイングを飛ばされるつもりで三割という値を定めたのだが。


「三割ねぇ…………うーーーん、まぁ、仕方ないか」

「オイ、マジで言ってんのか、お前」

「儲けの三割払うくらいなら、月の会で案内役を雇った方が安くつくだろうって?ええ、全くもってその通りよ。でもね、それくらいのお金を支払って貴方を引っ張って行きたい理由が、こっちにはあるのよ」


鴉を引き入れることを決めた時から、多少なり高くつくことは覚悟していたらしい。
驚く程あっさりと条件を飲んでみせた星硝子は、唖然とする鴉を前に、三本めの指を立てた。


「私が貴方を引っ張り込みたかった三つめの理由……。それはね、私達の舟が無事に亰を通過出来るよう、戦力となる人材が欲しいから、よ」


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