カナリヤ・カラス | ナノ


「んもー、ゴメンってばぁ〜。こんだけ謝ってるんだから、いい加減機嫌直してよぉ〜」

「胸を押し当てる程度で許しを得られると思うなよ。生憎俺は、昨日、向こう一ヶ月分の胸に囲まれてたんでな。おっぱい二つ程度で煩悩に屈する精神じゃねぇの」


ざわめく客船に向けて、拡声器で盛大に名指しして呼び出してくれた挙句、出て来ないならこの舟に向けて超電光線砲をぶっ放すと脅しまで掛けてくれた輩に一瞥もくれてやるものかと、鴉は顔を逸らしに逸らし、それでもしつこく絡み付いてくる女――星硝子をあしらわんとした。


雛鳴子が言っていた客というのは、彼女のことだった。

何でも今朝方、突如金成屋を訪れた星硝子は、鴉はいないのか金を借りたい訳ではないのだが大事な用があるのだと捲し立て。彼は今連休中で、友人の誘いで豪華客船に乗り込んでいる最中なので、余程のことでもない限り絶対に応じることはないと、半ば許しを乞うようにして説明したにも関わらず、それならこっちから出向くまでと、星硝子は金成屋一同を引っ張って、鴉のいる豪華客船を襲撃――もとい、訪問してきたということらしい。


散々に抵抗はしたのだが、駄目だったのだ。自分達に責任は無いものとしてくれ。

そんな顔をして仲良く並ぶ雛鳴子、鷹彦、ギンペーを眺めつつ、鴉が口をへの字に曲げていると、横から更に追撃がやってきた。


「てめぇ!星姐さんのお胸様になんて口聞きやがる!!」

「そうよそうよ!!星姐様の胸は、そんじょそこらの女とは比にならない有り難いものなのよ!?」


今は、星硝子一人でさえ煩わしいというのに、キャンキャンと騒ぎ立てる二人――ケンとコマチにまで噛み付かれては、いい加減額の辺りの血管が一つ二つ切れそうだ。

それでも鴉は、ここで怒り任せに暴れるのも馬鹿馬鹿しいと、頬杖をついたままで星硝子に不服を申し立てる。


「ついでに、俺の機嫌を少しでも改善してぇなら、そこの五月蝿いガキAとB、AHOとBAKAを何処か遠くにやってくれ。二日酔いに響いて仕方ねぇ」

「ケン、コマチ、お口チャ〜ック」


星硝子の言うことであれば、素直に聞き入れる二人だ。ケンとコマチは揃って、チャックを閉める動作と共に口を噤み、そのまま大人しく黙り込んだ。

これで幾らか苛立つ想いは和らいでくれたが、腹の虫はまだまだ治まってくれやしない。

遅めの昼食を摂った後は、船内に設けられたプールにでも行って、水着美女に囲まれながら日光浴でもしようかと思っていたというのに。
パーティに誘ってくれた友人から「さっさとパンツ穿いて、あの気狂い女をどけてこい」と部屋から引っ張り出され、乱雑にまとめた荷物と共に舟から追放されたのだ。

こんな目に遭わされて、斬り捨て御免と抜刀していない自分の懐の広さには全く感服するものだと、鴉は紫煙を燻らせながら、星硝子を睥睨した。


「で、人の優雅なオフをぶち壊し、豪華客船から拉致してくれた用件はなんだ?事と次第によっては、てめぇを裸にひん剥いて金成屋丸の船首像にするぞ」

「OK。貴方が納得してくれるよう、一から分かり易く説明するわ」


星硝子は、話を聞いてくれる気はあるのだなと明るい笑みを浮かべながら、鴉に密接させていた体を離した。

此方を見遣る孔雀の顔が、いい加減みっともない真似は止めろと険しさを増してきていたし、もう色仕掛けをする意味もなくなったのだからと、星硝子はうんと腕を伸ばしながら、此処に至るまでの動機と経緯について話し始める。


「まず、事の発端は貴方が昨日、乱れて交わるパーティを繰り広げてたあの豪華客船にあるわ。あれが皇華國から来たものってことは、流石に知ってるわよね?」

「ああ。皇華の有権者達が、天奉との外交がてら遊興しようって企画で出したお舟ってこともな」

「それじゃあ、あれが天奉の何処から入ってきたかも分かるわよね?」


パチリと、パズルのピースが一つ当てはまったような感覚に、鴉が片眉をピクリと動かしたのを見て、星硝子はニィっと口を吊り上げた。

その笑い方といい、何処か回りくどい順序の追い方といい、本当に彼女は鴉によく似ている――と雛鳴子達が眼を細める中。星硝子はもう一つ、大きなピースを差し出すように、言葉を繰り出す。


「あの舟は、天奉の西……亰のすぐ近くにある国境ゲートから来たもの。今、皇華も次の王位継承問題とかでドンパチしてる最中でしょ?幾つもあるゲートの中から、一番亰に近いものを選んで、真っ先に武器の調達をするのが狙いだった……ってのは、この際わりとどうでもいいのよ。私達にとって重要なのは、あの舟の影響で、亰近くの国境ゲートが開かれているってコトなの」


かつては四方八方を海に囲まれていたこの国も、百年戦争の影響による砂漠化により、異国との境目を失った。

それでも、長き争いの果てに、多くの犠牲の上に得た領土を――例えそれが、不毛の大地だとしても――はっきりさせておかねばと、天奉は隣り合わせとなった国々との境界線を引き、其処に目印兼防衛装置として、門を構えた。それが国境ゲートだ。

テロリストや難民、密猟者や盗賊といった異国からの厄災を拒み、自国の犯罪者の国外逃亡や、不法取引を阻む為の管理施設として、国境ゲートは各地に設営され、都守の監視下のもと、固く閉ざされている。


国境ゲートは、都を守るもう一つの城塞のようなものだ。よって、開門には国の許可を必要とするのだが、この敷居がまた、非常に高い。
壁内の住人でさえ、手続きを踏んだところで棄却されることが多いくらいだ。当然、壁外に住まうような無法者が頼み込んだところで、門が開けられることは、無い。

よって、不法に入国・出国する者達は、様々な方法を駆使して国境を越えんと挑んでいる訳だが――今は皇華からの客人を迎え入れる為、西の国境ゲートが一つ開け放たれている。


一度開かれた門は、すぐに閉ざされることは無い。誰かの申請が通り、国境ゲートが開かれることが決定すると、それに便乗して続々と国境越え志願者が現れるからだ。

開門許可は、まさしく狭き門であるが、開かれたゲートを通っていくこと自体は、実はそこまで厳しいものではない。
守りの要であるゲートを開け放つに値する理由というのはそうそう無いが、既に開けられている場所を通ること自体は、存外容易なことなのだ。

勿論、国境越えにも審査があり、許可を得られなかった者にはゲートを通る資格は与えられない。
しかし、都守に賄賂の一つでも掴ませてやれば、”弾かれた民”であろうと、舟に多少疚しいものを乗せていようと、ゲートを通り抜けることが出来るもので。国境ゲートの開門が決まると、これを機に異国へ渡らんとする者が内外からぞろぞろと現れる。


「国境ゲートは、天奉が認める外交や貿易の為にしか開かれない。私達みたいな一般ピーポーが国境を越えていくには、ゲートを無理矢理乗り越えるか、案内人を頼って抜け道を使うか……。まぁ、とにかく、前から堂々とって訳にはいかないから、大きな舟とか使えないじゃない?でも今、門は皇華からのお客様の為に開かれている。当然これに便乗して、皇華からも天奉からも亰からも、国境を越えようと様々な舟がゲートを通っていくわ」

「……嫌な予感がプンプンしてきたな。また戻す前に、席を立っても?」

「私も全部、洗い浚いぶち撒けてるんだから、貴方もここで吐くがいいわ。盛大にね」


嗚呼、やはり自分の勘は良く当たる。

この頃には既に、予感が確信に変わっていた鴉は、これ以上具合を悪くする前に帰らせてくれと頼んでみるが、星硝子はそれを笑顔でいなす。


「最低限の荷物を持って壁をよじ登ったり、抜け道を潜り抜けてきたりしても、大した探索は出来ないし、持ち帰れるお宝の量も知れている。でも、自前の舟でゲートを越えて皇華に入れば、万全の状態で向こうを探索し尽して、山盛りのお宝を積み込んで戻ってこられる。……さぁて、もう私の言いたいことが分かったわよね?」

「せんせー、頭が痛いので帰らせてくださーい」

「残念。私、狙ったエモノは絶対に逃がさない主義なの」


鴉のマフラーを掴み上げ、ニッコリと悪魔のようにな笑みを浮かべる星硝子の中に、最初から選択肢など無い。

既に答えは決まっている。自分が、決めている。
誰がどう言おうが関係無い。舟の行く先が決まったのなら、頭の中に描いた航路に従って進むしかないのだと、星硝子は眼が眩むような笑顔で鴉を強圧する。


「ねぇ、金成屋・鴉。私といっしょに、皇華でトレジャーハントなバケーションしましょ?」

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