カナリヤ・カラス | ナノ


「紹介するよ。彼女が今言ってたスーパーメカニック、メレアだ」

「……何の話か知らないけど、取り敢えずお金払って」


そう言って、少女ことメレアは、カウンターに岡持ちを置くと、中からタンメンを取り出した。

熱々の、さっき出来たばかりだろう、タンメン。
レジから金を出して、それを受け取る白鳥と、代金をポケットにねじこむメレアを交互に見遣って、二人はまた首を傾げた。


白鳥は、確かに彼女を件のスーパーメカニックと言った。が、ぱっと見メレアには、一切メカニックらしいところが見受けられない。

見た目もそうだし、何よりその岡持ちとタンメンは何だと雛鳴子が訝る横で、ギンペーは未だ驚嘆の抜けない様子で尋ねた。


「えーっと……メカニック、なんですよね」

「本業はターキーキッチン……ゴミ町にある料理店の配達員なんだよ」


返答しつつ、冷めない内にと、白鳥は器に張られたラップを外し、湯気立つタンメンを啜った。

また、普通じゃないメカニックが出てくるのだろうとは思っていたが、そういう方向で来るとは、と雛鳴子とギンペーは帰りたいオーラを放つメレアを見た。

配達が終わり、料金も頂戴したのだから、彼女としてはとっとと帰りたいのだが、目下話題が自分にあるので、引き下がれずにいるのだろう。
ずるずるタンメンを啜る白鳥に、さっさと話を終わらせろという眼を向けながら、手持無沙汰に腕を組んでいる。


「メレアはどんな機械でも組み立て、分解、修復出来る才能があってね。機械絡みで何か困ったことがあったら、彼女に頼めばどうにかなるよ」

「あんたの依頼は、凡そ面倒な予感がするから嫌なんだけど……」


言いながら、メレアは彼の傍らに置かれた原付に視線をやった。

それでようやく、雛鳴子もギンペーも、彼女が本当に白鳥の言うスーパーメカニックなのだと納得した。
思えば、本人はその呼ばれ方を否定していないし、白鳥もいつまでもしょうもない嘘を吐くような性格ではないのだから、疑ることもなかったのだが。


「……原付、直したいの?」

「貰い手が無ければ、バラしてもらおうか、オークションにでも出品しようか、考え中」


辺り一面ゴミの山だし、不法投棄を咎める者も今更いないのだから、別にそこらにポイと捨てても構いはしなかった。

そうするには、些か思い出のある品だったのと、欲しがる人間がいるかもしれないからと、店に出していただけのことだ。
このまま誰も貰わないのなら、パーツをバラすか、ネットオークションにでも出して売り払ってしまおうと、白鳥は考えていた。

それを知って、明らかに焦りの色を見せたギンペーに、白鳥はタンメンのスープを啜りつつ、尋ねた。


「どうする?ギンペーくん。欲しいなら、このままメレアに直してもらうのが一番だと思うんだけど」

「う、うーーーん……」


決断を迫られると、どっちつかずの心はよく揺れる。

雛鳴子の言うことも尤もだが、代金はともかく、部品や修理の心配は、メレアの登場によって無くなった。
損得勘定は、この場ではっきり出せず。それが一層、ギンペーを悩ませた。

この場でギンペーが首を横に振れば、白鳥はこれ以上、原付を店に置いておかない空気を出している。
それに急かされるなと、雛鳴子は眼で語りかけてくるし、メレアは直してほしいのならとっとと言ってくれという様子だ。

唸りながら、脳内天秤をぐらぐらと傾け。ギンペーが出した結論は。


「……よし。決めたっす!俺、このバイク貰います!」

「ちょっと、ギンペーさん」

「えっへへ……実は俺、前から何か乗り物欲しいなって思ってて。それにこれ、レトロでかっこいいなーって」


結局、あーだーこーだと考えたところで、欲しいという一念には勝てない。
均衡していたようで、最初から秤など意味を成していなかったのである。


「こういう古いやつって、探してもそうそう無いだろうし……。手入れ代のこと考えても、此処で貰っておいた方が得なんじゃないかなぁって思ってさ」

「おっ、流石ギンペーくん。お目が高いね」


多少の不便さを承知で、アナクロニズムに心惹かれてしまうのは、この町に住まう者の性なのか。
時代錯誤の原付の価値をつらつら語り出した白鳥と、うんうんと頷くギンペーを見て、雛鳴子はもう何も言うまいと溜め息を吐いた。

見た目に惹かれたというのは、買い物に於ける最大級の強敵だ。
特に対象が希少で、尚且つ、これが最後の一つとか、一点のみとか。そういう場合、物欲は抑えの効かぬ化け物と化す。
前世代モデルの原付に魅了された時点で、ギンペーの敗北は決定していたのだ。


雛鳴子は、それなら仕方ないと、これ以上の口出しは止めた。

原付自体はタダだし、修繕に金を払うのはギンペーだし。不要になったなら、白鳥がしようとしていたように、バラすなり何なりすればいい。元が取れるかは知らないが。


「という訳だから、これ直してやってよ、メレア。君ならこれ位、どうってことないだろ?」

「どうってことはないけど、お金は?悪いけど、君に手持ちがあるようには見えないんだけど……」

「あ、えーっと……」


ようやく原付の行く末が決まったところで、早速問題が浮上した。

ギンペーは、すっかり忘れていた此処での買い物と、財布の中身を見比べて、冷や汗を流した。


「……給料日来たらじゃ、ダメ?」

「…………」


ゴミ町で、手持ち金がない人間を相手にする程、愚かなことはない。

直したはいいが、代金を踏み倒されたり、未払いのまま逃げられたりなんてことがザラにある。
現ナマを先に提示されない以上、メレアは原付を直してやる気はさらさら無かったのだが。


「安心しなよ、メレア。彼、こう見えて金成屋の一員だから。月末になったら鴉のとこに請求すればいいよ」

「金成屋……?」

「い、一応、こういう者っす」


そそくさと差し出された名刺を見て、メレアは些か表情を変えた。

集金や営業で役に立つだろうと、鴉に言われ、ギンペーは名刺を作っていた。
どう見てもただの子供であることを理由に、門前払いを食らったり、あしらわれたりする時。役に立つのが、金成屋従業員という肩書だ。

金成屋の名前を翳せば、相手が此方を見る目はころりと変わる。
時折、そんなまさかと言われる時もあるが、そういう時は鴉に連絡を取る素振りでも見せれば、大抵話を聞いてもらえる。

虎の威、ならぬ、カラスの威を借りていることに、情けなさを感じながらも、色んな事を円滑にする為、ギンペーはこうして名刺を持ち歩いている訳だが。
こんな場合でも、金成屋の看板は役に立ってくれたようだった。


「……分かった。月末になったら、うちにお金持ってきて」

「えっ、いいの?!」

「白鳥が言うからには、君は本当に金成屋なんだろうし……それに、請求書出された鴉に何されるかって考えたら、誰だって、嫌でもお金払ってくれるでしょ」


淡々と言われたことを想像し、ギンペーは苦笑したまま蒼白した。


今の彼は、金成屋に前借りしているも同然の状態だ。しかも、鴉に無許可で、だ。

もしギンペーが支払いを用意出来ないとなってしまったら、修繕費は鴉に請求されることになる。
自分の買い物でもないことに金を払う破目になったら、あの守銭奴がどう出るか。考えるだけで寒気がするし、胃袋が痛む。
そんなことになるくらいなら、来月絶食してでも金を払う方がマシだ。

上手いこと考えているな、と雛鳴子が感心する中。メレアは岡持ちを片手に、踵を返した。


「それ押して、ついてきて。私の家で直すから」


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