カナリヤ・カラス | ナノ


思えば、いくら時間を持て余し、何をするか決まらずにいたとは言え、何も鴉と過ごすことはなかったのではないかと雛鳴子は眉間に皺を寄せた。


「ホラそこ、ジャンプしろって!また落っこちんぞ!」

「わ、分かってますって!っていうか、鴉さんドンドン先に進まないでくださいよ!!画面が……って、ああああ!!」


もう何度目になるか。健闘虚しく着地地点で二頭身のモンスターに突撃され、操作キャラクターがフェードアウトしたところで、雛鳴子はコントローラーを投げ、ソファにダイブした。


「もうイヤ!!この人すぐ死ぬし、鴉さん先行っちゃうし、つまんないです!!」

「カカカ!拗ねんなって。分かった分かった、他のやつやろうぜ」


脚をバタバタさせる雛鳴子を笑いつつ、鴉はゲームディスクを取り換えた。

二人でグダグダする、という名目で最初に鴉が出してきたのは、レトロな据え置きゲームであった。


百年戦争により人類の技術力は飛躍的進化を遂げ、それはゲーム市場にも大きな革命を齎した。
大戦前に比べ、ゲームを嗜む人口は激減したが、最新の技術力を以て生み出される娯楽を求める人間は絶えず。
リアルを越えた映像、プレイヤーの脳自身がコントローラーとなるシステム、室内に映し出される立体ホログラム等。これらによる圧倒的体感度が”現代のゲーム”であり、鴉が引っ張り出してきたゲームは旧世代に当たり、現在の市場ではまずお目にかかることがない代物だ。

一部のゲームマニアの間では、非常に高値で取引されているらしいが、そんなものを鴉が手元に置き続けているのが、雛鳴子は意外だと思った。


鴉がこんな風に日頃ゲームを嗜むことは、殆どない。
気まぐれに、鷹彦らとポーカーだのバカラだのチンチロだの、そうしたギャンブルゲームをすることは稀にあるが、コンピューターゲームの類を鴉が触っているのを見るのは、これが初めてだ。

金になるものなら何でも売るくせに、滅多に遊ばないようなものをどうして……と思った雛鳴子だが、そういえば彼が売るのはいつも人の物だったと、思い出して納得した。

これが鴉の物であり、彼が手元に置いておく意義がある以上、日頃ホコリを被っていようと、ネットオークションで馬鹿みたいな価格がついていようと、売り払われることはないのだ。


「ちょっと鴉さん!!また落っこちるやつじゃないですか!!レースゲームなのになんでまた落ちるんですか!!」

「つーかお前、逆走してんじゃねぇか!地図見ろ、地図!ハハハ!!」


ゲームなど触ったこともない為、全く慣れない操作に雛鳴子の機嫌はどんどん斜め下がりになっていくが、鴉はその様子が可笑しくて仕方ないと愉しそうにしていた。

それが悔しいやら憎らしいやら。鴉が、惰性と遊戯の供にと広げた菓子類をつまみつつ、華麗にゴールを決めようとした寸前で、雛鳴子はゲーム機の電源を落とした。


「オイオイ、何すんだよ!今のタイム、新記録確定だったんだぞ!!」

「もうゲームは終わりです。全然楽しくないから終わりです」

「ガキみてぇなことしやがって……ん、いや、ガキだったなお前」

「大体、私は初めてなのに、遊び慣れてる鴉さんとやったって面白い訳ないじゃないですか。フェアじゃないです」

「なら、スキルの関係ねぇもんやるか」


鴉はべきん、と煎餅を噛み砕くと、ゲーム機と一緒に物置から引っ張り出してきた玩具類を漁った。

トランプだのオセロだの、雛鳴子でも遊んだことのある馴染のある物から、都で売っているのか疑わしい古いメーカー品の玩具等。
それらをゴタゴタ詰め込んで来た箱の中から、膨れっ面をする雛鳴子が納得し、楽しめそうな物を探し、やがて鴉は、ボードゲームを取り出した。


「これとかどうだ。ルーレット回して、コマ進めて、ゴールを目指すだけ。限りなく運勝負だから、お前でも勝てる見込みあるぜ」

「……鴉さん、結構色んなおもちゃ持ってるんですね」

「興味があるなら他にも見せてやろうか?オトナ向けのモンとか」

「へー、これ家とか買えるんですね。一番大きいのほしいなぁ」

「無視やめろ」


ルールブックに目を通す雛鳴子の頬を、輪ゴムで束ねたちゃちな玩具の紙幣で軽く叩き、反撃に職業カードの角を手の甲に刺されたところで、鴉は大人しくボードを広げた。


「えっと……『家の庭からポチが埋蔵金を見付ける。手持ち金、プラス三万』……埋蔵金なのに額がしょぼいですね」

「家の庭に、犬っころが掘り出せる程度の深さに埋まってるもんだぜ?隠されてたお年玉見付けたような感じだろ。よし、次俺だな」

「『ポチが近所の小学生に噛み付く。手持ち金、マイナス五千』」

「俺のポチ、めっちゃ駄犬なんだが」

「鴉さんの育て方が悪かったんですよ」

「まず育てた覚えがねぇ」

「あ、やった!『子供が生まれる!お祝に他のプレイヤーから手持ち金千ずつもらう』!はい鴉さん!お金ください!」

「チッ、こんな棒みてぇな体の男とガキこさえやがって」

「嫌な言い方しないでください。ほら、おーかーねー」

「ほらよ!この金でスイミングスクールにでも通わせて、せいぜい丈夫なガキに育ててやるんだな!」

「なんでちょっといい人になってるんですか」

「次…………六マスか。えーっと……はぁあ?!『ポチとの散歩中ケガ。手持ち金マイナス八千』?!!」

「鴉さんのポチ、本当に暴れん坊ですね」

「雛鳴子、お前んのとこのポチと俺のポチ交換しようぜ」

「そういうこと言うからポチがいい子にならないんですよ」

「てか犬のイベントマス多過ぎんだろ、コレ」



思いがけず盛り上がったゲームは、天運に見放された鴉がじりじりと手持ち金を落とし、雛鳴子の勝利で終わった。

ようやく、運でも鴉に勝てたのが嬉しかったのか、満足げに後片付けをする雛鳴子を見つつ、鴉はまぁいいかとボードを箱に押し込んだ。
機嫌を損ね、頬を膨らませているのも面白いが、勝利の余韻に浸っているのもそれはそれでいい。少しばかし不服だが。


「もうお昼ですね。何か作りましょうか」

「いや、今日はピザでも頼もうぜ」


台所に向おうとした雛鳴子を制止し、鴉はブックスタンドからリングホルダーでまとめたデリバリーのチラシを取り出した。

都に店を構えるチェーン店はゴミ町まで宅配にまで来ないが、この町にもデリバリーを扱う飲食店は数少ないものの存在する。
そこを利用し昼食を済ますことも時たまあったが、そういえばピザを頼んだことは無かったと、雛鳴子は鴉が広げた宅配ピザのチラシを覗き込んだ。


「こーいうグダグダ過ごす日に食う宅配ピザはうめぇぞ。好きなモン一枚ずつ頼もうぜ」

「うぅん、どれもおいしそうですね……」


そう数多くはないが、魅惑的な種類が軒並み揃っているメニューに雛鳴子の視線はあっちへこっちへと泳ぐ。

蕎麦でも中華でも、店屋物を注文する時、いつも最後まで悩んでいる彼女のことなので、こうなるだろうとは思っていた鴉だが、今日は滅多に食べることのないピザというのもあってか、雛鳴子は三割増しで迷っているようだった。

彼女にしてはだらしのない、緩い顔つきで、雛鳴子はどのピザを頼むか嬉しそうに困惑している。


「やっぱり、宅配ならではの変わり種にすべきか……あぁでも王道のピザも惹かれますね……」

「……お前、二種類選んでいいぞ」

「えっ!そんな、悪いですよ!鴉さんだって食べたいものあるでしょう!?」

「いや、まぁあるけど……別にどれでも構わねぇっちゃぁ構わねぇし」

「でも二種類ってなると、また迷うんですよね………」

「じゃあ、お前食いてぇの言ってけ。そっから俺が選ぶから」

「えーっと……マルゲリータと、シーフードと……あとバジルチキンとカマンベールと…………」

「優柔不断丸出しかお前」

「自覚してます……」


仕方ねぇなと言いながら、鴉は「そんじゃ、これ二つでいいな」と適当にピザを決めて、店に電話をかけた。


なんだかんだ一番雛鳴子が見ていたような気がするマルゲリータと、アスパラベーコンのピザを注文することにした。

ピザが来るまで、歯を押すとワニが噛んでくる玩具や、海賊の人形が入った樽に剣を突き刺す玩具など、ステレオタイプも甚だしいもので時間を潰し。
三十分後、やってきたピザをテーブルに並べたところで、雛鳴子がまたも喫した敗北を忘れ去る勢いで眼を輝かせた。

華より団子とは言うが、現状華も団子もピザにあるだろう。
鴉は、高揚してピザを見詰め続けている雛鳴子を横目に、皿と飲み物を用意して、ソファに腰掛けた。


「いただきまーす!」

「いただきます」


雛鳴子があまりに嬉しそうに言うものなので、鴉は笑いを堪えながら、マルゲリータを皿に取り、頬張った。

モッツァレラチーズの濃厚な味、バジルの香りにトマトの酸味。シンプル、故に至高の一品。
うん、美味いと簡素な称賛をしながら口を動かしている鴉の前で、雛鳴子はもっちりとしたピザ生地と、よく伸びるチーズに軽く苦戦しつつ、未だかなり熱いそれを口に入れすぎないよう食べ進めていた。
かなりお気に召したらしい。口に納めて間もなく、美術品さながらの美貌を綻ばせ、もう一口とピザを貪る雛鳴子を見て、鴉はなんだかなと肩を軽く落とした。

そう値が張る訳でもない。弾かれ者の町で作られたピザを、こうも嬉しそうに食う様は、見ていて微笑ましいような虚しいような。
第二地区の高級レストランで、これの倍以上するものを、澄まし顔で食っている方が似合うだろう容姿のせいか。
はぐはぐとピザを食べる雛鳴子に、鴉は何とも言い難い感情を覚えた。


「んん、おいしいです!やっぱピザはマルゲリータですね!」

「口元、ソースついてんぞ」

「鴉さんしか見てないですし、今は放っておきます。それより、アスパラベーコンいただきまーす」


そんな彼の胸中など露知らず。ピザに夢中の雛鳴子は、次いでアスパラベーコンに手を伸ばした。

歯ごたえのいいアスパラに、こんがりと焼かれたベーコンの香ばしさに、雛鳴子は気を取られ、宣言通り口元についたソースのことなど一切気にしていない。


「うーん、こっちもおいしいです!鴉さん、ナイスチョイスです!」

「……そりゃどうも」


益々複雑な思いが、妙な形に膨らんでいく鴉は、にっこにっこともう一枚頬張る雛鳴子を見ながら、麦茶を呷る。

いつもの、つんけんした彼女にこの様を見せてやったら、どんな反応をすることかと思いながら、鴉もアスパラベーコンピザを口にした。


やはり、鼻歌を口遊むような勢いで喜ぶ程の味ではないように思えるが、まぁそれでいいのだろうと鴉は自分の口元にも付着したトマトソースを親指で拭った。


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