カナリヤ・カラス | ナノ


朝食を終えた後、軽く皿を洗って、ようやく雛鳴子はエプロンとポニーテールから解放される。
雛鳴子は取っ払うようにエプロンを脱ぎ、髪型をハーフアップに変え、一段落と息を吐いた。

ソファで朝刊を捲っていた鴉が、朝の一仕事を終えた此方をちらと見て、何を言うでもなく茶を啜る。
何か言われたら言われたで面倒だが、何も言われないのもまた、一体何を考えているのかと勘繰ってしまう。

彼を相手にしている以上、気は休まらないものだと雛鳴子は向いに腰掛け、暫し休憩と、湯呑に手を伸ばした。


「このお茶、おいしいですね。貰い物なんですけど」

「貰い物?」

「黒丸さんからです。この間、月の会に行った時にいただいたんです。なんか最近、お茶のブレンドの勉強してるらしくって、よかったらって」

「まぁたあいつは、妙なこと勉強してんのな」

「また、なんですか」

「何かしら極めんのがあいつの趣味みてぇなもんなんだよ。フラワーアートだの、刺繍だの。いつだかなんか、靴磨きとかやってたぞ。
顔が映るくれぇピッカピカにするのにハマって、色んな奴に革靴ねぇか聞いて回ってた」

「く、黒丸さんらしいですね……なんていうか」


取り留めのない話をしつつ、ちらりと時計に目をやる。

時刻はもうすぐ午前九時。そろそろ腰を上げ、家を出なければならない時間だ。

今日のスケジュールはどうなっていたかと頭の中で一日の流れを浮かべ、そこで、雛鳴子はハッとした。


「そういえば、今日はお休みなんでした」

「なんだ、やっぱり忘れてやがったのか」


頬杖をつきながらリモコンを適当に弄る鴉が、呆れたような笑みを浮かべてきた。


金成屋は、来る者基本拒まずの精神により、凡そ年中無休で営業している。

切り詰めて働くことを好まない鴉の方針により、集金や外回りといった業務がなければ早々に店じまいすることも多々あるが、丸一日金成屋の扉が閉ざされる日というのは、非常に珍しい。


「律儀にいつも通り起こしてくれたから、そうだろうと思ったぜ」


染みついた日常の動作というのは、そう簡単に抜けるものではない。加えて、そうそう無い一日休暇。
いつものように起きて、いつものように朝食を用意してしまうのも、仕方ないことだ。

しかし、鴉の言う通り、休みの日にまできっかりと朝の業務をこなしてしまったことが、どうにも悔やまれる。
雛鳴子は「うぅん……」と複雑な面持ちで、湯呑に残った茶を啜った。


「せっかくのお休みなのに、なんか勿体ないことした気分です」

「ま、早起きして時間がたっぷり出来たんだ。せいぜい有意義に過ごせ」


そう言いながら、鴉はリモコンを置いて、主婦向けの朝方バラエティーを退屈そうな顔をしながら眺めた。

珍しく、文字通りの休日を設けたものだから、何かあるのかと思ったが、常日頃何かしらの用事を抱え、あちこち飛び回ったりなんだりしている彼のことだ。
休日くらい何もしないでいる方が望ましいのかもしれない。

そんなことを思いつつ、雛鳴子は彼の気まぐれにより与えられた今日一日をどう使おうかと思案した。


日頃、まとまった時間が出来たらアレがしたい、コレがしたいと考えていたことはあった。
だが、こうして時間が出来たら出来たで、今度は何もせずに過ごしていたいという気持ちにもなってくる。

鴉のように、惰性に身を任せて、だらだらと一日を消費するのも、休日の使い方としては間違っていないと思う。
後になって、もっと他にすることがあっただろうと悔やむことになりそうな予感もするが。


こうして悩んでいる間にも、時計の針は進んで行く。

溜め込んでいた本でも読もうか、久し振りに凝った料理でも作ってみようか、部屋の掃除でもしようか。
最も今日を過ごすのに相応しい行動を考えながら、湯呑にもう一杯分の茶を注いだところで、芸能人の歓談に飽きたらしい鴉がテレビを消した。


「もしかしなくても、お暇ですか雛鳴子ちゃん」

「暇……ですね」

「十五歳、花の盛りが悲しいことだな」

「そういう鴉さんは、」

「まぁ、お暇ですことよ」


人のことを小馬鹿にしておきながら、と顔を顰める雛鳴子の前で、鴉はごろりとソファに寝転がった。
いよいよ怠惰に憑りつかれてしまっている。暇を持て余すとはまさにこの状態だ。

これを嘆かわしいと、鴉自身も思っているらしい。ハァと溜め息を零しつつ、足で踝の辺りを掻いている。


「やりてぇことは諸々あるんだがなァ。何から手ぇつけようか、浮かびはするが、気分じゃねぇってな。どーにも動く気になれねぇ訳だ」

「……大変遺憾ながら、私もその状態です」


てっきり、鴉は今日を怠けて過ごす予定でいたものとばかり思っていた雛鳴子だが、彼も自分と同じことを考えていたと知り、苦々しい顔をした。

傲岸で不遜で、傍若無人を絵に描いたような彼と同じ思考だったというのは、歓迎出来ることではない。
かといって、この同調は、心底悲嘆するようなことでもない。
だがそれでも、鴉と同じことを思っていたというのは、どうにも複雑な心境になる。

今日の自分は、本当にぷかぷかと思考が定まらないと、雛鳴子が小さく肩を竦める中。鴉はピンと人差し指を立てた。


「そこで、だ。暇人二人、このまま徒に貴重な時間を食い潰して一日を終わらせねぇよう、互いの暇を埋めようじゃねぇか」

「……自分の暇も埋められないのにですか?」

「てめぇじゃ埋められねぇもん程、他人が埋めてくれるモンだ」

「無駄に深いこと言いますね……で、具体的に何をするんです?」

「それが決まらねェから俺らはヒマしてんだ。だからやることは一つ、グダグダする。以上だ」

「現状が何一つ打破されていないんですけど」

「一人でグダグダすんのと二人でグダグダすんのとじゃ、色々ちげぇぞ。例えば……」


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