カナリヤ・カラス | ナノ


去っていく雛鳴子や鷹彦には一切目もくれず。いや、鴉と武器を交えてからもう、視界には彼以外、誰も映っていなかっただろう。

鴇緒は鶴嘴を振るい、鴉に一心不乱に殺意を翳し続けた。

右に左に、時にフェイントを交え、鴉に豪雨のような連撃を浴びせる。
得物の大きさや一撃の重みは此方が勝る。だが、速さと手数は向こうが勝る分、渾身の攻撃も上手く流されてしまう。
その隙を突いて、鴉が素早い一撃を繰り出してくるが、限界まで研がれた反射神経がそれを防ぐ。

鴇緒は腹部目掛けて一閃された刀を柄で受け止めると、押さえている手に力を入れて、ぐんと刀を突き離しながら鶴嘴を回転させた。
そして、鴉の二撃目が来る前に、しゃがみ込んで脚を薙ぎ払うように鶴嘴を振るう。
当然、鴉が跳び上がってそれを回避するが、其処を狙って鴇緒はぐるっと回り、鴉の腹を目掛けて蹴りを繰り出した。

これまで鶴嘴での攻撃が多かった為か、よりスピードのある蹴りを回避しきれず鴉が後ろろに吹っ飛び。壁際に積み重ねられていたダンボールの山に見事に激突し、短い息が崩落の音に呑まれて消えた。

がら、と崩れた荷物の中で腰をついた鴉を見ながら――いや、見ておきながら、鴇緒は追撃の手を止めて。ぷっと口に入った埃を鴉が吐き出す中。鴇緒は、募りに募った苛立ちを吐き捨てるように、口を開いた。


「てめぇいい加減にしろよ糞ガラス!!!」


高い天井と鉄骨に、咆哮が轟いた。


「この期に及んでまだ本気で来やがらねぇ…あの時と同じだ。身内に手ぇ出されてまでこんな戦い方しやがってよ……」

「……………」

「いつまでも時間を稼ぐみてぇに……てめぇ何処まで腰抜けなんだよ!!」


鴇緒の言う”あの時”とは、言わずもがな、デッドダックハントのことである。

雛鳴子は、鴉がついに本気を出して戦い出したと思っていたが、実際武器を交えている鴇緒には分かった。
鴉がまだ、力の底を出していないことを。未だあの時と同じように、手緩い戦いをしていることを。

どちらもまだ、ダメージと言える一撃を与えられていないのが、いい証拠であった。
いくら実力が拮抗していようとも、ゴミ街に育まれ、非道の頂点を極めた者が二人。

これだけの時間を正真正銘の本気でぶつかり合っていたのなら、未だどちらも深手を負っていないなど有り得ない。
肩慣らしにしても、様子見にしても、時間が掛かり過ぎている。

鴇緒はいい加減にしろと近くに転がっていたドラム缶を、威嚇するように鶴嘴でかち割ったが、鴉が彼の挑発に乗ることはなかった。


「……俺がそんなに気に入らねぇなら、本気なんざ待ってねぇでさっさと殺してみろよ」


鴉は立ち上がると、こきこきと首を鳴らしながら、刀を構えた。

口調は憎たらしく、嫌味をふんだんに含んでいながらも、その顔は、今も尚、笑っていなかった。
それが、彼がこの場に於いて真剣であることの証明であることは、これ以上となく眉間に皺を寄せる鴇緒には、分からない。


「まぁ、長い穴蔵生活で目が眩んでるようなガキには、このままでも殺される気がしねぇがなぁ」

「黙りやがれぇえええええええええええええ!!!」


鴇緒は、冷静になっていれば鴉の目論みにも気づいていただろう。

しかし、必要以上の罵詈雑言によって焚き付けられた彼の頭に、鴉を殺す以外の思考は生まれなかった。

これこそが、彼の狙いであるとも知らず。鴇緒は猛然と、殺意を振るう。




「……ダンプホール出身の、孤児?」


鴉と鴇緒の戦いが更に激化する中。鷹彦に導かれ、掃除屋アジトの外に出ていた雛鳴子は、移動がてら鴉の計画について説明を受けていた。

鴉が撒き餌と分かっていて、敢えて掃除屋に表から食って掛かった訳と、その計画の為に利用された、鴇緒達の素性について、全て。


「あぁ。奴ら……掃除屋の現構成員は皆、ゴミ街に捨てられ、ダンプホールに逃れてきた孤児達だ。
深い穴の底、身を寄せ合い、肩を貸し合い、窮地を助け合い。そして……時に、互いを見捨て合って生きてきた」


不要物が集うゴミ街の中ですら弾かれた、行き場のない者が行き着く最低の中の底辺。
地獄へと繋がっているかの如く深い穴の中。地上を恐れ、力無き者達がおっかなびっくり息をする狭く、暗い世界。

雛鳴子は実際其処に行ったことはないが、話には聞いていた。

ゴミ街に於ける不干渉区域、この世で最も不要とされた物の墓場。
そんな場所から来たが故に、鴇緒が「穴蔵野郎」という言葉に異常なまでに反応していたのかと、雛鳴子は酷く納得し、同時に、あの人は本当に酷なことをする、と砂を噛んだような表情をした。


この世のどん底に追いやられ、其処から命辛々這い上がってきた人間にとって、彼の言葉がどれだけ残酷なことか。

塞がることのない傷にわざわざナイフを、それも、毒液に浸ったものを突き立てるようなことをされ、鴇緒が怒らない訳なかった。

鴉に喧嘩を売った代償にしても、彼の受けた痛みと怒りは大きいだろう。
雛鳴子は脳裏を過る、彼の言葉を思い出しながら、きゅうと唇を噛んだ。


(俺は、あいつとは違う。俺はあんな奴よりももっと上に行く……いや、行かなきゃならねぇ存在だ)


そう言った彼は、暗い穴の底の記憶に苛まれていた。あの場所に、もう二度と落ちまいと必死だった。
だから、あれ程までにぎこちない笑みを浮かべていたのだと、雛鳴子はやりきれない思いになった。

そんな彼女の心情を察しているのかいないのか。鷹彦は雛鳴子が後ろにつき続けていることを確認すると、前に向き直し、溜め息を吐くように続けた。


「掃除屋・鴇緒は、そんなダンプホール孤児のグループのリーダー格だったそうだ」


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