カナリヤ・カラス | ナノ


瞬時に、鴇緒の顔から笑みが消えた。

虚を突かれたというより、包み隠してきた核を見つけ出されたように。それまで纏っていた余裕ごと、笑みが消失していた。

何を馬鹿な、と言いたそうに歯噛む鴇緒を見て、雛鳴子の内に湧き上がっていた疑問が、やがて確信へと姿を変えた。


「いや、そんな訳ないですね。形式上、仲間である私達が信じてないのに」

「……お前、何を」

「貴方が信じているのは、自分自身ですよね。鴉さんに投影した」


ぴくり、と鴇緒の片眉が吊り上るのを、雛鳴子は見逃さなかった。

そして、それが触れてはいけない彼の本質であると分かっても、彼女は更に畳みかけた。
そうでもしなければ気が治まらないと、警戒音を打ち鳴らす心臓を無視して、雛鳴子は口を開く。


「似ていると思いました。初めて見た鴇から……貴方は、鴉さんによく似ていると」


デッドダックハントで初めて鴇緒を見た瞬間から、その考えは生まれた。

まだぼんやりとして、はっきりとしないそれは、鴉伝手に話を聞くに連れて形を成していき。こうして彼と、面と向かって話をしている内に、結論へと昇華された。


「こうして話していて、貴方が鴉さんを気に入らないのは、同族嫌悪だからじゃないかと思えてきましたよ。
鴉さんと貴方は…考え方にこそ違いはあれど、よく似た部分があります。
その異常なまでの不遜っぷりとか、相手を小馬鹿にした態度とか……言い表せませんが、根っこの部分が似ていると、私は思います」


重なる部分があるようで、異なる部分の多い二人。しかし、差異はあって当然のものと捉え、本質だけを見ていれば 導き出される結論は決定した。

雛鳴子はそれを、言及せずにはいられなかった。

その先に、自分の中で泥のようにこびり付いている、或る疑問の答えがあるようで――。


「貴方が鴉さんが来ると確信しているのは、自分がこの立場になった時――」

「ハハハ……ハーッハッハッハッハッハッハッハ!!!」


立て続けに響き渡った鈍い音を、眩む雛鳴子の頭はすぐ処理出来ずにいた。

だが、ぐるりと移り変わった視界と、目の横を伝う生温い血の感覚で、彼女は悟った。
音の一つは自分の体が縛り付けられている椅子が蹴り倒された音。もう一つは、固い床に自分の頭が盛大に打ちつけられた音だと。


「成る程、面白い見解だ。だがな、俺はあんな腑抜けに似ているとは微塵たりとも思わねぇし、思われたくもねぇな」


膝を折ってしゃがみ込むと、鴇緒は脳が揺れて顔すら起こせない雛鳴子の髪を掴んだ。
ぐいっと強く引かれ、雛鳴子の顔が強制的に上げられる。
髪を引かれる痛みが、ぼやけた頭を覚ましてくる。雛鳴子は苦痛に顔を歪め、視界に滲む鴇緒の顔を睨み付けた。

同時に、無理矢理作られたような強張った笑みから、此方を射殺すような視線が降ってきた。
この町特有の、強い瘴気にやられた眼。だが、鴇緒の表情からは、未だ毒されていない彼の一部が、割れた仮面から覗く素顔のように窺える。

歪だ、と思える程に引き攣ったその笑みは、何を隠すつもりで形作られたのだろう。


「俺は、あいつとは違う。俺はあんな奴よりももっと上に行く……いや、行かなきゃならねぇ存在だ」


それを言及させまいと、鴇緒は何か言いたげな雛鳴子の髪から手を離し、ソファの横に立てかけていた鶴嘴を手に取った。


目の前で得物を手に取られると、流石に血の気が引く。

ガロン、と鋼がコンクリートの床を引っ掻く音と共に、ざぁっと青ざめる雛鳴子の前で、鴇緒はやはり、何かが崩れている笑みを顔に貼りつけていた。


「それを、今から教えてやるよ。知ったかぶりのひよっこちゃん」


鴇緒は鶴嘴の先でつん、と雛鳴子の脚を突いてから、大きく両腕を振り上げた。


――口が過ぎたか。


こうなる予感はしていたせいか、不思議と焦りが込み上げてこなかった。
雛鳴子はやたらゆっくりと振り下ろされているように思える鶴嘴を見ながら、諦めていた。

予測出来ていながら、口を止められなかったのだから、仕方ない。今まさに脚一本失う状況であるにも関わらず、雛鳴子はあっさり諦められた。

何せ、生物兵器すら仕留めてしまう鴇緒の一撃だ。痛い、では済まされないだろう。脚はもう使い物にならなくなること間違いないし、血もたくさん出てくるだろう。

もしかしたら、それだけで終わらせてもらえないかもしれない。下手すれば、手酷く嬲り殺されてしまうかもしれない。

それが分かっていたというのに、問い質すことを止められなかったのは 自分もこの街の空気でおかしくなってしまったからなのだろうか。それとも――


答えが導き出されるその前に。遠いようで近くから、爆撃音が聞こえた。




ぴたりと両腕を止めた鴇緒は、盛大に音を立てて吹き飛んだシャッターに目を見開いた。

廃工場を改造して作った掃除屋アジトは、大きな部屋の出入り口は鉄製のシャッターで仕切られている。今目の前で倒れているそれは、常に掃除屋構成員が屯している大広間に繋がっている物だ。

つまり、あのシャッターが破壊されるということは、鴇緒にとって非常に穏やかではない事態である、ということだった。


「お……おい!何があったてめぇら!!」


いくら掃除屋の中で、鴇緒一人の実力が逸脱しているとはいえ、彼以外の構成員とて惰弱ではない。誰も彼もこのゴミ街で生き抜いてきた、生ける亡者である。
それが実に二十人近く、大広間には構えていた。

だが、その内の一人たりとて、鴇緒の呼びかけに応えることはなく――。


「なんてこたぁねぇよ。ただのご近所”ド突き合い”だ」

「!!」


咄嗟に振るった鶴嘴が、ガキィンと激しい衝突音を立てて、仄赤く光る刃を捉えた。

それを思い切り振り払うようにして弾き、後方に飛び退くと、砂煙に紛れて飛んできた影の姿が見えてきた。


「ご近所付き合いついでに、三つ俺の嫌いなものを教えてやる。一つは調子付いた糞ガキ。一つは不愉快な笑い方をする老害。そしてもう一つは――」


頭から黒で塗り潰された身に、空気を切り裂くような赤い双眸。

ゴミ街を我が物顔で飛び交う、賢しい鳥に似たその姿、その物言い、その振る舞いは


「俺のモンに手ェ出す不届きモンだ。二つも該当しやがって、糞ッタレ」

「鴉、さん……」


呼び寄せられた災厄。ゴミ街四天王 金成屋・鴉。

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