カナリヤ・カラス | ナノ


「い、い……いよいよっすね!!”デッドダックハント”!」


鴇緒との衝突を経た後、金成屋一行は今日の狩りの拠点となる場所に向かい、其処で前準備に取り掛かった。

”デッドダックハント”用にと町内会で用意された組み立て式のテントを設営し、折り畳みテーブルに荷物を置き、狩った死体を置く為のブルーシートを敷く。その作業の最中、開会式の熱気や先の騒動に中てられたのか、やや興奮気味のギンペーが、鼻息を荒くしながら眼を輝かせている。

その体と声が若干震えているのは、武者震いの為だけではないだろう。動く死体が押し寄せて来る事への恐怖と緊張、それと、他組織との一触即発の空気。普通は、彼のようになるものだ。野兎でも狩りに行くような感覚で臨んでいる、この町の住人達の方がおかしい。そんな壁の中の一般論をこの場で言った所で仕方がないのだが、それにしても――と、雛鳴子はギンペーの全身をじろりと眺めた。


「……ギンペーさん。何?その装備」

「あ、これ?いや……動く死体(ゾンビ)と戦うなら、やっぱ仲間になる事は避けるべきだと思って」


雛鳴子が気になったのは、ギンペーの格好だった。いつも着ている小洒落た都の服を汚したくなければ、ゴミ町のマーケットで安い服を買ってきた方が良いと、先日彼に忠告している。だから彼が、濃紺のジャケットに迷彩柄の長ズボンを纏い、手を皮手袋で覆っているのは理解出来る。何処で手に入れたのか、ジャックナイフに拳銃、おまけに手榴弾まで装備しているのも、分かる。

問題は、その首に掛けられた十字架や、にんにくである。彼の言い分からして、動く死体を牽制する為に装備している心算なのだろうが――。


「そんなの虫相手に効かないし、邪魔だから此処に置いてった方がいいよ。っていうか、十字架とにんにくはゾンビじゃなくって吸血鬼でしょ」

「え?!じゃ、じゃあ塩もいらない?!」

「帰った後に玄関にでも盛っておけ、ターコ」

「いでっ!!」


ジャケットのポケットが妙に膨らんでいるかと思えば、塩を詰めていたのかと雛鳴子が呆れていると、鴉が割と容赦のない威力でギンペーの頭を小突いた。

漫画の読み過ぎ、と言える程ベタというかテンプレートというか。そんな装備で”デッドダックハント”に挑もうとしていたのかと雛鳴子が溜め息を吐くと、ギンペーは泣く泣く十字架やにんにくを外し、ポケットから塩入りの袋を取り出した。斯くして、死体置き場兼休憩所として立てた簡易テントに実に余計な荷物が増えた所で、思い出したかのように鴉が口を開いた。


「つーか、お前はコープスワームと戦わねぇぞ」

「…………え?」


何時か見た顔そっくりにギンペーが硬直する横で、死体を置く為のブルーシートを地面に固定し終えた鷹彦と雛鳴子が同時に「だろうな」と心の中で呟いた。この展開を予期していなかったのは、ギンペー位だろう。大慌てで鴉に食い掛かる彼を横目に、鷹彦と雛鳴子は武器の最終チェックを始めながら、鴉が如何にしてギンペーを大人しくさせるのか様子を見る事にした。


「ど、どど、どうしてですか?!俺、こんだけ準備万端で来たのに!!」

「鼠の死体すらろくすっぽ仕留められなそうな貧弱糞ガキ様がよ。てめぇなんざ体中にダイナマイト巻き付けた特攻スタイルだってお断わりだ」


言いながら、鴉が指でギンペーの額を突く。痛烈な一打を受け、ギンペーが「あぶっ!」と間抜けな悲鳴を上げながら仰け反ると、鴉は更に畳み掛けるように口を開く。お得意の、有無を言わせぬ口八丁の時間が始まった。


「いいか、てめぇがコープスワームの餌になろうが、ゾンビの仲間入りしようが、俺敵にはマジで、限りなくどうでもいい。だが、お前はウチの負債者だ。綺麗さっぱり借金完済するか、大戦貴族様の素敵な工場を寄越してくれるまでは死なれたら困る。だから、奴らのランチになるか、半開きの口から寄生されて動き回る死体になるかのお前は行かせられねぇって言ってんだよ。分かるかァ?この俺の、菩薩も裸足で逃げ出さんばかりの優しさが?えぇ?」

「はい!分かります!分かります!!俺でもゾンビなら倒せるとか調子乗ったこと思ってすみませんでした!!」

「よぉし上出来だ!ならとっととそのヘボ拳銃(ハジキ)と安物ナイフも置いていけ!!」


まるでカツアゲだ。用意してきた物は服以外全て剥ぎ取られ、戦力外通告を受けて大いに凹んだギンペーは、一回り小さくなってしまったように見える。しょもしょもと拳銃とナイフを荷物置き場に置いていたギンペーだが、すっかり身軽になってしまった所で、彼はある事に気が付いた。


「……あの、鴉さん。手榴弾は……」

「そいつぁ持って行け」


拳銃もナイフも置いていけ、とは言われたが、手榴弾に関しては何も言われなかった。コープスワームと戦わないのであれば、手榴弾も無用の長物と思われるが、鴉は拳銃とナイフを名指しにし、手榴弾は持っていくようにと言った。何故これは持っていても構わないのかとギンペーが首を傾げると、鴉は吹かしていた煙草をピンと指で弾いて、手榴弾を持たせる意味について説いた。


「お前とコープスワームを戦わせる気はねぇが、奴らは其処に餌がありゃ、お構いなしに突っ込んで来るだろう。時と場によっちゃ、逃げるだけではどうにもならない事態に成り得る事もある。そんな時、お前のへっぴり腰じゃ扱えねぇ銃やナイフより、手榴弾のがよっぽど役に立つだろうぜ」


鴉の言う事は尤もであった。動く標的を相手に、訓練もしていない人間がナイフや拳銃を構えるのは、無謀だ。だが手榴弾であれば、ピンを抜いて投げる。それだけで良い。倒せずとも隙は作れるし、運が良ければ相手に致命傷を負わせる事も可能だ。ギンペーが感心したような顔をして、うんうん頷いていると、鴉がニタッと口角を吊り上げた。その顔は、ろくでもない事を企んでいる時のそれだ。


「それと、わざわざ戦力にならないお前を此処に連れて来たのはコープスワームと戦わせる為じゃねぇ。お前は、別の仕事を任せる為に今回”デッドダックハント”に参加させた」

「べ、別の仕事……!」

「いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ?これからお前には、『俺らには出来ない』特別なミッションを与える!」

「か、鴉さん達には出来ない?!」

「そうだ!」


鴉という男は本当に、人の心を悪い方向に揺さ振る術に長けた男だと、雛鳴子は思った。

けちょんけちょんに貶してから持ち上げて、彼をその気にさせる為、如何にもギンペー好みの言葉を使って、盛り立てる。語尾にやたら力を入れているのも、演出だろう。周到、と言うに値しないほど分かり易く張られた罠だが、単純なギンペーはそれに気付く事も無く、きらきらと眼を輝かせている。こうなってしまえばもう、鴉の策略から逃れる事は出来ないだろう。自分がリモコンで操作される身となった事を知る由も無いギンペーは、勢いに流されるがまま、彼の思うがままだ。


「お前にはこれから偵察をしてもらう!」

「偵察……って事は、スパイっすか!!」

「まぁそんなとこだな。プロの追跡者(ハンター)相手にこの町まで逃げ切ったその逃げ足を利用して、お前は隣の地区を担当している掃除屋の偵察に行け。其処で連中がどんな武器を使っているか、どんな死体を狩ったか、共有地に誰を向かわせ、テントには誰を見張りにしているのか……諸々事細かに観察して、一時間毎にこっちに戻って報告しろ!」


ギンペーが金成屋に来て日は浅いが、鴉はすっかり彼の扱いをマスターしていた。ギンペーが単純で、掴み易い性格であるが故なのだろうが、それにしても人の心を――否、人の弱みを見抜くのが得意な男だと、雛鳴子は眉を顰めた。


「”デッドダックハント”は、『他組織の持ち場での狩り』は禁止されてるが、『他組織の持ち場に入ってはならない』ってルールはねぇ。かといって堂々と敵陣に赴く訳にはいかねぇし、こっちもギリギリの人数でやってるからな。よって、頼めるのはお前だけっつー事だ」

「頼めるのは、俺だけ……俺だけ!」


普段の鴉の口ぶりや態度から、「逃げ足しか能がねぇんだから偵察でもやって貢献しやがれ雑魚ガキ」という言葉が変換されている事など、少し冷静に考えれば分かる物だ。しかし、鴉の掌の上でまんまと踊らされ、すっかり焚き付けられるようなギンペーには、土台無理な話であった。


「分かりました!必ず皆の役に立つようなすっげー情報集めてきます!」

「よぉーしよく言った!行って来い!!」


鴉はギンペーを鼓舞するように、彼の背中を強く叩いた。バシッと小気味良い音を合図に、ギンペーはスパイだという事も忘れ「うぉおおおおおおおおおお!!」と叫びながら走り、やがて廃屋の彼方へと消えていった。

巻き上げた砂煙が治まるより早く、ぐんぐん小さくなっていく彼の姿を眺めながら、確かにあの脚の速さならコープスワームを撒いていけそうだが、あの声で余計なものまで引き寄せそうだと、雛鳴子と鷹彦は揃って溜め息を吐いた。


「……上手いこと乗せて、ちゃっかり働かせてますね」

「自分達が出払ってるのに一人だけ休ませるのも癪だと言っていたからな……。ギンペーの能力を考え、最善の仕事を選んだという所か」


鴉の、してやったりというあくどい顔を眺めると、二人は顔を見合わせ、肩を竦めた。この男も現実も、ギンペーが思っている程甘くはない。彼の理想が打ち砕かれるのも、時間の問題だろう。


「さぁて、こっちの作戦会議と行こうじゃねぇか。楽しい楽しい狩りの打ち合わせだ」


何時だってこの町は、夢のメッキが剥がれ落ち、絶望が顔を出すまであっという間なのだから。


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