カナリヤ・カラス | ナノ


「――以上のデータから、今年のコープスワームの量は例年に比べ、やや多いものと推測されます。その為、本年度は各勢力の受け持つ範囲を拡大し、特にコープスワームの量が著しくなるだろう一部地域は二つの組織での対応をご提案したいのですが……何かご意見等ございますか?」


黒丸は手元の資料を読み終えると、円卓を囲む十人の顔をざっと見回した。比較的真面目な面持ちで資料を見直す者もいれば、退屈そうに欠伸をしている者もいるが、何れも答えを出すのに、少しばかし時間が必要と窺えた、が。


「おいおい。ゴミ町ってのは、たかが虫駆除にも助け合わなきゃなんねぇ甘ちゃん揃いなのかよ?」


嘲るような若い男の笑い声が、円卓に座る一同の視線を集めた。今年は何処を持ち場にすれば高い値の付く死体が引っかかるかと思案していた鴉もまた、書類から顔を上げ、其方に眼を向けた。


「……発言は、挙手と共にお願い致します。掃除屋・鴇緒(ときお)様」

「あー、悪い悪い。なんせ、初めての町内会なもんでよぉ、まだ慣れてねぇんだわ」


黒丸に静かに諌められ、鴇緒と呼ばれた青年が、へらへらと笑いながら平謝りする。冗談のように派手な桃色の髪で十分目立っていた青年が、この発言を境に、町内会参加者達の意識を強烈に引き付ける。そんな中でも不遜な笑みを崩す事無く、寧ろ堂々とした態度で、鴇緒は周囲を見渡した。


「俺ぁ、いい副収入になるって聞いて”デッドダック・ハント”の参加に承諾したんだがよぉ、まさか獲物の取り合いになっても構わないから手助けしてください、なんつー腑抜け共とやってくとは思わなかったぜ。デッドダックってのは、コープスワームの事じゃ無ぇんじゃねぇかぁ?」


鴇緒が挑発するようにそう言い放つと、黒丸が再び彼を制するべく、口を開く。その瞬間、鴇緒の向い側からパチパチと乾いた拍手が上がり、会議室に響いた。場の視線が、今度は其方へ向けられた。適当に両手を叩き、鴇緒に劣らず口角を吊り上げて笑う、鴉の方へと。


「見た事ねぇ面のガキが居ると思ったら、いやぁ、どうして中々良い事言うじゃねぇか。感動したぜ、俺はよ」


鴉の言葉は、字面にすれば褒め言葉でこそあるが、彼の声には鴇緒を讃える気など微塵も無い所か、汚泥のように粘ついた厭味ったらしさが含まれ、鴇緒を馬鹿にしたような芝居掛かった言い方は、これ以上と無く分かり易い悪意に満ちていた。


「獲物の奪い合いになったら勝てる気がしないから、僕らは単独で細々と虫を駆除させてくださいだなんて、俺は恥ずかしくて言えそうにも無いぜ。近頃のガキは効率より安全性重視なんだな。全く見習わなきゃなんねぇぜ、その保守っぷり」

「……あんだと?」

「黒丸、俺は賛成だぜ、そのアイディア。狩場が広くなりゃ、それだけ価値ある死体とのエンカウント率も上がるってもんだ。どうでもいい雑魚は、他の奴が片付けてくれるしよ。『普通に考えれば』、これ以上とない好条件だぜ」


敢えて一部強調して言ったのは、聞くまでも無く、鴇緒に対する嫌味と挑発なのだろう。鴉が贅言混じりの意見を言い終える頃には、鴇緒の額には青筋が浮かび、突けば今にも爆ぜそうな怒りを湛えてのが見て取れる。その様に、ハァと溜め息を零す者もいれば、如何にも面白そうだとニタニタ笑う者、喧騒の気配に肝を冷やしている者もいるが、頭に血が上った鴇緒には、鴉の憎たらしい笑み以外見えていない。


「新入りくんをそうイジメるもんじゃないわよ、鴉」

「んだ、燕姫。お前は反対派か?」

「いいえ、私も賛成よ。うちは人数が少ないから、他組織との協力は欲しかった所だし……良い獲物に会える確率も上がるしね」

「はっはっは!鴉も燕姫ちゃんも、やる気十分みてぇだな!!」


燕姫の淡々とした声が余韻を残す間も無く、その隣から、思わず耳を塞いでしまう程の大声が上がる。鴉も燕姫も揃って眉間に皺を寄せる中、高らかに笑うのは、ハチゾーだ。今日も今日とて派手極まりない格好で呵々と笑うその様は、密林住まう鳥を彷彿とさせる。


「黒坊、俺も賛成に一票頼むぜ!ミツ屋のハンティングっぷり、此処らで見せつけてやりてぇと思ってたとこだしよぉ!」


最早挙手発現制など、意味を成していない。だが、この無法者共相手に、そんな決まり事が通用する方がおかしいのだ。黒丸は特に何も言うことなく、淡々とホワイトボードにマジックで賛成三、反対一と、正の字の線を書いた。


「……それでは、他の方のご意見も窺いたいと思います。時間が押して参りましたので、多数決にて決定させていただきます」


マジックを手にしたまま体を捩じり、黒丸は未だ意見を出していない六人を見遣った。それから暫しの間を置いた後、沈黙を了承を受け取った黒丸が、一同に尋ねる。


「では、本年度の”デッドダック・ハント”……各持ち場の拡大並びに共有プランに賛成の方は挙手をお願いいたします」

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