カナリヤ・カラス | ナノ


ミツ屋から出ても尚聞こえるハチゾー達の声に送られながら、雛鳴子とギンペーは次の集金へと向かった。

てっきり、一度金成屋に戻って金を置いてくるものだと思っていたギンペーだが、雛鳴子はこのまま次の客を訪ねに行くというので、驚いた。

二千万分の札束が入ったアタッシュケースは持ち歩くには重たそうだし、何より、大金を持って歩くのは不用心だ。この町には硬貨一つに命を懸けるような孤児や浮浪者がいて、更に質の悪い無法者達が獲物を求め、あちこち彷徨っている。そんな中、可憐な少女と第二地区出身のお坊ちゃまが大金片手にうろつく等、自殺行為に等しい。ギンペーは前後左右に眼を配りながら、相変わらずつかつかと大股で歩く雛鳴子に声を掛けた。


「あ、あのさ雛鳴子ちゃん! それ、一回置いていかない?!」

「必要ないです。これ位、持てますから」

「いや、確かに重そうなのも気になるけど……それ以前に危ないって! そんなお金持ってたら!」

「大丈夫です。持って転んでぶちまけるような、緩いケースじゃないですから」

「そこも気掛かりだけど! そうじゃなくってさぁ〜〜!」


凡そ食い違う会話が展開されていたが、雛鳴子にはギンペーの言いたい事が分かっていた。彼が抱くだろう疑問は大抵、かつての彼女も抱いてきたものだからだ。片や貴族とセレブの住まう第二地区の出身、片や貧民が集う第六地区の出身だが、雛鳴子もギンペーも、壁の中の住人であったという点は共通している。例え天と地ほどの差があれど、ある程度の常識は、第二地区でも第六地区でも同じだ。

だが、ゴミ町は違う。無法の中に築かれた独自のルールが敷かれたこの町では、壁の中の当たり前が一切通じない。故に、雛鳴子とギンペーが同じような疑問に当たるのは至極当然の事であったが――雛鳴子はそれを認めたくなかった。


お互い、壁の中という点に関しては同じだ。だが、それで一括りにされて堪るかという想いが、雛鳴子にはあった。彼女が欲しくて堪らないものを、ギンペーが全て持っていたからだ。

体面の為にと実の親に殺されかけたギンペーの境遇を、理解出来ない訳ではない。自分を捨てた親の元になど戻りたくないと、そう思う気持ちも、分かる。

だが、彼は自ら持たざる者になって尚、持てる者だ。ギンペーは今からだって、戻ろうと思えば元の暮らしに戻る事が出来る。彼の自由と平穏は、ほんの少しの妥協と引き換えに手に入る。だから雛鳴子にとって、彼と自分が同じ立場にあるというのは、酷く屈辱的なのだ。かつての自分と同じように驚き、戸惑う事ですら、腹立たしい程に。


雛鳴子からすれば、ギンペーのしている事は道楽だ。何も失ってなどいない癖に、何時だって逃げ遂せる事が出来る癖に、それで必死に生きている風にしている彼が、どうして自分と同じだなんて言えるのかと、雛鳴子は歯を噛み締めた。

ギンペーが、本気でこの町で生きて行こうとしている事は、分かっている。自分の怒りが理不尽なものである事も、だ。だが、それで割り切れる程、雛鳴子は大人ではない。何せ彼女は、まだ十五歳なのだ。身勝手な親の都合で売られ、偶然出会った男に買われ、自由と尊厳を賭けた苛酷な返済生活で己を擦り減らしている中、ギンペーのような人間が来たとなれば、鬱憤も溜まる。


「あのー……雛鳴子ちゃん?」

「……少し、黙って下さい」


そんな彼女の心情をどこまで汲み取れているのやら。無視を決め込まれた果てに黙っていろとまで言われ、再び意気消沈してしまったギンペーだが、俯いた頭の上を何かが通過した瞬間。彼は曲がっていたはずの背中に、何かピンと張りつめた感覚が通っていくのを感じた。


「…………え?」



何が起きたのか理解するより速く、ボガァアアン!という爆発音と共に、後方の、崩れかけの掘っ建て小屋が吹き飛んだ。

一体何事かと振り返ろうとしたギンペーだが、雛鳴子に強く背中を押され、彼の体はべしゃりと地面に倒れた。地べたに寝そべる形になったギンペーが、突然の事態に目を白黒させていると、雛鳴子は凛とした目付きで通り過ぎた道の先を見据えた。


「何か嫌な気がすると思ったら……。ギンペーさん、危ないから伏せていてくださいね」
その言葉に思わず顔を上げたギンペーの眼に、如何にも物騒な物を持った雛鳴子の姿が映る。爆発物について然程詳しくはないギンペーだが、それでも、雛鳴子が手に持った物の名称は知っていた。


――ダイナマイト。


何処に仕込んでいたのか。指の間に挟むようにして複数本のダイナマイトを手に持った雛鳴子は、導火線の短いそれを次々に放った。ドガァン!と一つ爆ぜてはまた爆ぜて、忽ち炎が燃え上がる。


「ひ、雛鳴子ちゃん?!これ、火事になるんじゃないの?!!」

「此処はゴミ町ですよ、ギンペーさん。燃えて困る物はないし……燃えて困る人すらいないんですよ!」


爆音に逐一体を震わせ、すっかり縮み上がったギンペーには一瞥もくれず、雛鳴子は背中から何かを取り出した。ポテトマッシャー。所謂、柄付き手榴弾だ。


「燃えて困るのはお金と自分……此処は、そういう町です!」

「ひぃっ!」


雛鳴子が振り向きもせず、後ろ手にそれを放り投げると「ぎゃああぁあああ!!!」と、其方から男の悲鳴が聞こえた。

それで、ギンペーはようやっと気が付いた。何時の間にか、周囲を如何にもゴミ町らしい風貌の男達に囲まれている事に。


「しっかり頭下げてないと、貴方も灰になりますよ! 私は……お金と自分しか守りませんから!」


そう言うと、雛鳴子はピンを抜いた手榴弾を男の方へと投げた。一瞬男が悲鳴を上げようとしていたが、それも爆音に紛れて消えてしまった。男諸共。


「ひ……っ」


引き攣った声が、喉から這い出る。そんなギンペーを後目に、雛鳴子は、自分達を追ってきた男達目掛け、爆弾を放る。

この町で、悪名高き金成屋に手を出そうとする人間は少ないが、ゼロではない。だからこうして、時たま大金の匂いを嗅ぎつけてきた無法者に狙われる。予想はしていた。警戒もしていた。それでも、随分近くまで接近を許してしまったと舌打ちする雛鳴子に、ギンペーはだから言わんこっちゃないと高らかに叫びたかったが、それどころではなかった。
雛鳴子の爆撃によって焙り出された賊達が、廃屋の影から、脇道から飛び出して来ては、銃やらナイフやら此方に向けて来るからだ。


「ギンペーさんの言う『危ない』ってのは、この事なんでしょうけど……こんなの、危ないの内に入れてちゃいけないんですよ!」


凶器の前に曝されながら、雛鳴子は至極冷静に相手の動きを予測し、常に一手先を見て罠を仕掛け、応戦する。
爆撃で相手を牽制し、炎で退路を塞ぎ、時に爆弾に見せかけ油瓶やガス弾を放り――ギンペーが蹲って怯えている間に、雛鳴子は屈強な男達を次々と蹴散らしていく。

頬に誰かの血肉の欠片を付着させながら、爆炎の中を華麗に立ち回ってみせるその姿は美しく、そして、歪んでいる。

弱冠十五歳の少女が、命の遣り取りの世界に身を置いて、滅茶苦茶な道理の下に、人を殺す。非現実的で、何処か遠くの出来事と感じられる光景を目の当たりにして、ギンペーは今になってこの町で生きるという事が如何に過酷であるかを噛み締めた。その時。


「!!」


ヒュッと炎を掻き分け、男が一人、雛鳴子の背後から飛び出してきた。爆音と炎に紛れ、此処まで接近していたらしい。大振りのナイフを持った男が、ニタァと歯を見せて笑う様が、ギンペーの眼にスローモーションで映る。


その後の行動は、彼の意識ではなく、反射で行われた。

雛鳴子が振り返ってからでは遅い。あの凶刃から彼女を救うには、自分が動くしかないと察知したのだろう。ギンペーは男の腕が振り下ろされるよりも早く地面を蹴り、雛鳴子を掻っ攫うようにして、ナイフの軌道から離れた位置へと跳んだ。

一瞬、呆気に取られた男が、ナイフを盛大に空振る音がしたのも束の間。雛鳴子がピンを抜いた手榴弾を一つ、男へと投げ付けた。

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