カナリヤ・カラス | ナノ


「どういう心算で一緒に行かせたんだ、鴉」

「なぁにがだよー」


その頃。金成屋では、鴉と鷹彦が応接間で新しい返済プランについて会議していた。日々の業務の中で出来た新しいパイプ、環境や情勢の変化を利用して、より効率良く、より多くの金を作り出す事を目的とし、鴉達は定期的に――特にこれといった仕事が無い日等に――新規プランのアイディアを持ち寄っては、あれやこれやと話し合っているのだが。雛鳴子等が見れば顔を顰めそうな内容のプラン案が箇条書きにされた書類に眼を通している最中、鷹彦が持ち出したのは議題にまるで関係の無い話だった。

このような場に於いて、凡そ無関係の話を出して来るのは鴉だ。時に気分転換に、時に気まぐれに、時に無意味に、時に無意識に――今そんな話をする必要があるか、という話題を彼が口にする事は間々ある。が、鷹彦から仕事中の雑談が来るのは珍しい。

彼は基本的に無意味な事をしない。意味の無い事を嫌っている訳でも、効率主義者でもないが、必要無いと判断した事はしない。そういう性分だ。だから、彼がこうして話を脱線させるのには意味がある。鴉が何処か疎ましげな眼を向けると、鷹彦は分かっているんだろうと言いたげに呟いた。


「雛鳴子、明らかにギンペーを嫌っているだろう。また俺に押し付けておけばよかったものを、わざわざ彼女の機嫌を損ねるような真似をして……今まで以上に嫌われるぞ」

「ハッ。何を言い出すかと思ったら、ガキのご機嫌窺えって? お前は何時から託児所務めになったんだよ、鷹彦」


書類をちゃぶ台に放り、煙草に火を点けた鴉の顔は、得体の知れない笑みを形作り、嫌味ったらしく吊り上った口から覗く歯は、獣の牙のように光っている。何とも底意地の悪い笑顔だ。まるで鴉という男の性根を如実に現しているような、その獰猛で悪辣な笑みに、鷹彦は浅く溜め息を吐いた。


「あのガキは適当な仕事させて満足させときゃ良いんだから、俺らが出るまでもねぇ。となりゃ、適任は当然雛鳴子だ。アイツの都合は知ったこっちゃねぇ。あのボンボンが嫌ぇだろうが何だろうが、俺と契約して此処にいる以上、アイツにゃ俺の指示通り動く義務がある。だから行かせたんだよ。それに、俺をどれだけ嫌おうと、アイツは金返さない限り此処から離れられねぇんだしな。関係ねぇよ」

「……これを機会に打ち解けさせようという算段は?」

「微塵もねぇ。気の緩みは股の緩みだろ。せいぜいあのガキが、雛鳴子の神経を逆撫でまくることを祈るぜ、俺ぁよ」


鴉がすぱーっと紫煙を吐き出すと、鷹彦はやれやれとわざとらしく肩を竦めた。その顔は、微かにだが、確かに笑っていて。口の端だけを使うようなその笑い方に鴉は顔を顰めたが、人の振り見て我が振り直せという言葉は彼の頭にはない。


「何が可笑しいンだよ、鷹彦」

「いや。嫌われても関係ないが、他の男に気は許さないでほしいとは、また可笑しな事だと思ってな」


鷹彦が敢えて核心を外したようにそう言うと、鴉は「うるせぇ、タコ」とだけ吐き捨て、とうに眼を通し終えている筈の書類を手に取った。

不貞腐れたような態度を取るというのは、常に思うが儘に振舞い、他者を振り回している彼にしては珍しい。雛鳴子がこの顔を見たら、少しは溜飲が下がるだろうか。いや、理由が理由なので当惑するかと、鷹彦は頬杖を突きながら、ハハと短く笑った。



「よぉ、雛ちゃん!! 今日もまた最高に不機嫌そうな顔だな! せっかくの美人が台無しだぜ!!」

「……余計なお世話です」


ビリビリと辺りを震わせる大声に、雛鳴子とギンペーは二人揃って耳を塞ぎ、顔を顰めていた。

今日はまずお得意さんの所へ、という雛鳴子の言葉に、一体どんな闇社会の大物が出て来るのかと期待に胸を膨らませていたギンペーだが、成る程、確かに大物ではあった。

男は身長は百八十センチ超。ワックスで立てられた髪に加え、体格も逞しいので、尚一層大きく見える。開襟された派手なアロハシャツから覗く胸筋に、これまたド派手な紫色のスーツの上からでも分かる体つきの良さ。其処にサングラスと金のアクセサリーまで纏われたら、ただ笑うだけで気圧される。ギンペーは思わず、雛鳴子の後ろにスススと隠れてしまったが、男の眼は確と彼の姿を捉えていた。


「今日は見ない顔も一緒だな! 鴉に愛想つかして、彼氏でも作っちまったか? ガハハハハ!」

「……紹介します。此方、先週から金成屋に入ったギンペーさんです。あと、次おちょくったら怒りますよハチゾーさん」

「ガハハ、そう目くじら立てるなって! よーしよしよし」

「ぎにゃああ」


ハチゾーと呼ばれた男が、豪快に笑いながら雛鳴子の頭をわしわしと撫でる。そのパワフルさたるや、雛鳴子が床にめり込んでしまうのではないかと心配になる程で、ギンペーは本能的に後ろに距離を取った。

距離を置いて改めて見ると、ハチゾーは本当に派手な男だった。ライムグリーンに染めた髪、大きな宝石が埋め込まれた金の指輪やネックレス。紫色のスーツにアロハシャツを纏い、ストール感覚で薄ピンクのファーを肩に掛けたその出で立ちは、見た目からして騒がしい。街並みも住民も薄汚れ、煤けたようなゴミ町の中で、その派手派手しさは不似合いというか、不釣り合いというか。六畳一間の中にラフレシアか何かが咲いているかのような違和感がある。つまり、そう、浮いているのだ。そんな、自己アピールを擬人化したらこうなるのではないかかと思えるこの男――ハチゾーは一体何者なのだろうとギンペーが思惟していると、ややあって地獄のナデナデから解放された雛鳴子が、ギンペーの考えていることを見通したかのように咳払いをした。その頭は物の見事にボサボサだ。


「ギンペーさん。此方は、金成屋のお得意さんの一つ……ミツ屋の頭目、ハチゾーさんです」

「ミツ屋?」


と、雛鳴子から紹介を受けたところで、ギンペーはミツ屋というワードを何処かで聞いたようなと、ここ一週間の記憶を引っ張り出した。存外、該当する記憶はすぐに頭に浮かんだ。


「あ、鷹彦さんが言ってた!」


ミツ屋という言葉をギンペーが耳にしたのは、つい先日。鷹彦にゴミ町案内を受けた時の事だ。

ゴミ町は、その広さ、住まう人間の量は、町という規模に収まっていない。それを逐一案内してやる程、鷹彦はお人好しではないので、ゴミ町で生きていくなら最低限これだけは知っておけという掻い摘んだ説明だけを施した。生活に欠かせない店の場所、立ち入ってはならないエリア、大まかな勢力図に加え、道中ばったり出くわした顔見知り等。鷹彦からすれば最小の、ギンペーからすれば随分な量のゴミ町知識。その中でも印象深かったのが、ミツ屋に関わる話だった。


「確か……ゴミ町の中で大きな力を持った、四大勢力の一つ!」

「そう! 何を隠そうこの俺こそ、ゴミ町四天王の一角!!」

「ぴゃあッ」


何処からかカカン!という音が響くと共に、ハチゾーが歌舞伎めいたポーズを取る。その声量に驚いてギンペーが飛び上がるのを横目に、雛鳴子はこれでもかと眼を細くした。歌舞伎者には違いないが、それにしても傾き過ぎだと言いたげに。


「金さえ積まれりゃ、大手企業の会議内容から気になるあの子の電話番号まで! 秘密を暴いて守る情報屋! ミツ屋の頭目・ハチゾー様たぁ、あ、俺のことよぉ〜!」

「「いよっ、頭目ーー!!!」」


何時の間にか辺りを囲む、ミツ屋の従業員らしき男達に囃し立てられながら、得意げな笑顔を浮かべるハチゾーを見て、ギンペーは思った。すごいドヤ顔だ、と。

しかし、それも束の間。口笛を吹いたり、何処から持ってきたのか紙吹雪を散らす従業員達が、誰も彼もが物騒な――反社会的を絵に描いたような風体をしていたので、ギンペーはまたしてもビャッと体を跳ねさせ、怯えた。

ミツ屋の従業員達は、額に切り傷があったり、漫画の中でしか見たことがないようなパンチパーマヘアをしていたり、腕に虎や龍を彫っていたり、如何にもな白スーツや立派な着流しを纏ったりと、皆一様に厳つい。従業員と言うより、構成員と言った方がそれらしい。
下手な事を口走ろうものなら、ドラム缶に詰められ砂漠に沈められそうな面持ちに囲まれ、ギンペーはだらだらと冷や汗を掻きながら、視線を右往左往させている。そんな中、雛鳴子はたかが自己紹介で此処まで盛り上げてくれるなと言いたげに溜め息を零し、勝手に楽しくなっているハチゾーに本題を切り出した。


「ご丁寧な自己紹介、痛み入ります。それよりハチゾーさん、先月の契約金の件ですが」

「おー、そうだったそうだった!」


ハチゾーは、ポンと手を叩くと、ピーピー口笛を飛ばす従業員に向かって「あれ持ってきて〜」と声を掛けた。すると、人相が悪い集団の中でも一際厳つい顔立ちの男が、「ヘイッ頭目!」と小気味良い返事をするや、颯爽と事務所の奥へ駆けていく。

見た目も声も五月蝿い、と内心ハチゾーを侮っていたギンペーだが、強面揃いの従業員を顎で使う姿を見て、彼に対する評価は一変した。

ゴミ町で成り上がり、荒くれ達を纏め上げる実力とカリスマ。これがゴミ町四天王かと、ギンペーがほぁあと眼を輝かせていると、先程の男がアタッシュケースを持って戻ってきた。ハチゾーはそれを、弁当箱でも引っ掴むかのようなノリで受け取り、雛鳴子にホイと受け渡した。


「いやー、先月はホント助かったぜー! 朱雀会の下っ端黙らせるのにどうしても金が必要でよー! これ、取り敢えず二千万な!」

「に、二千万?!!」

「はい、確かに受け取りました」


驚きの余り、ゴーグルを突き破る勢いで目玉が飛び出そうなギンペーを余所に、ハチゾーはへらへらと二千万の入ったケースを渡し、雛鳴子も淡々と受け取る。幾らギンペーが大戦貴族の息子でも、二千万が大金である事は理解している。故に、それが目の前で軽く受け渡しされている事に、ギンペーは声を上げた。


「ちょ、ちょっといいんですか?! これ! 銀行に振り込むとかした方がいいのでは?!」

「ん? ……あー! 坊主、都の人間か!」

「……鷹彦さんから説明されませんでしたか?」


ギンペーの言う事は、都では至極当然の事だ。だが、此処はゴミ町。あらゆる常識が非常識となるこの町では、これが当たり前の事なのだと雛鳴子が不承不承、説明する。


「ゴミ町にいる人間は、口座が作れないんですよ。私たち、国民として認められてないので」

「そーなの?!」

「まぁその気になりゃ作る方法はあるし、都や海外に口座の一つ二つ持ってる奴もいるけどな。一々引き出すのも面倒だし、俺ら現ナマ主義だからな!」

「こんな感じなので、金成屋を銀行感覚で使うお客さんも多いんですよ。纏まったお金を動かすリスクや手間を考えると、うちで借りた方が総合的にお得って事もあるので」


ハチゾーが急な物入りで金を借りたのも、その為かと察しが付くと同時に、ギンペーは理解が出来ないと額を抱えた。幾ら引き出すのが面倒とは言え、二倍の額で返済する前提で金を借りるか、と。やはりこの町はどうかしているとギンペーが眼を回す傍らで、雛鳴子はよっこらせと二千万の入ったアタッシュケースを持ち直し、ミツ屋を後にした。


「残りの三千万は来月には用意すっからよー! また頼むぜー、雛ちゃん!!」

「重たいので、ちょっとずつ用意していただけるとありがたいです」

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