カナリヤ・カラス | ナノ


「ったく、たまには自分で起きてくださいよね」

「これもお前の仕事だ。文句言うな」

「余計な仕事を増やさないで下さいって言ってるんですよ、私は」

「仕事だと思ってんだったら、もっと色気のある起こし方しろ。何の為のフリルエプロンだ。何の為のポニーテールだ。あんな起こし方で賃金出ると思ったら大間違いだぞ、お前」

「このエプロンは鴉さんが趣味で押し付けてきた物だし、髪型も邪魔になるからこうしてるだけですから。……もういいです。朝から不毛な会話でご飯冷ましたくないですし、食べましょう」


雛鳴子が素早く両手を合わせ、「いただきます」と、朝食に手を付けると、鴉もこれ以上突っ掛かっても仕様が無いと思ったのか、コーヒーを一口飲んでから食パンに齧り付いた。

金成屋に来て三年。二人の朝はほぼ毎日こんな調子だ。雛鳴子が朝食を作り、鴉を起こし、中身のない小競り合いの後、食事が始まる。

もう慣れたとは言え、疲れる。こういう気分は早く切り替えるに限ると、雛鳴子が牛乳を呷ると、鴉がニュースを見ながらトーストを咀嚼し始めた。行儀が悪い。だが、それを注意する気も今は起きない。


付け始めのテレビはノイズと砂嵐が混じり、美人アナウンサーの顔も暫く歪んだままだ。
鴉の財力なら、壁一面埋まるサイズのテレビだって買えるだろうに。何故わざわざ古いテレビを使い続けるのか。

彼のそれは、倹約というより懐古趣味だ。鴉は意外にも、敢えて古い物を置いて使う事を好んでいて、家電も車もレトロな形を選ぶ傾向にある。

百年戦争より更に先時代の型をモデルした物は、一時期都でも流行っていたと言うが、鴉の性格的に一過性のブームに中てられた訳では無いのだろう。寧ろ、ああいう風に取り上げられると迷惑だとか言っていそうだ、と思いながら、雛鳴子が塩胡椒を振ったウィンナーを齧った所で、テレビの音声からノイズが消えた。


<次のニュースです。昨夜未明、北小路家当主・北小路金蔵様のご子息が、何者かに誘拐されたとの情報が入りました>

「……北小路って、確か”大戦貴族”でしたよね」

「大戦中に武器産業でドカンと当てた成金一家のな」


巨大な壁の向こう・都には、先の大戦を生き抜いた極東の小国――天奉国(てんほうこく)の民が住んでいる。

天奉国は身分によって住む場所を区分されており、富める者・高貴なる者達は都の中心部に住み、一部の、地上の煤臭く汚れた空気を嫌う高位の人間は、空を飛ぶ城舟(しろふね)で暮らしている。今し方話に上がった”大戦貴族”も、その暮らしを可能とする一握りの人間だ。


大戦貴族というのは、言わば戦争成金である。地上を死の灰にした世界戦争で、巨万の富を得た資産家。それが何時しか強い権力を持ち、貴族へと上り詰めた。人々はこれを皮肉を込め、大戦貴族と呼ぶ。北小路というのも、その家の一つであった。


「確か北小路は都に家構えてたが、これを機に城舟に乗り換えるかもな。あれに広告付けて飛べば、いい自社アピールにもなるしよ」

「……それだけの金持ちから、よくもまぁ大事なご子息攫えたもんですね」

「馬ァ鹿。んな訳ねぇだろ」


鴉がハンと鼻で一笑し、眉間に皺を寄せる雛鳴子を見ながらコーヒーを啜る。露骨に馬鹿にされた事に腹を立てた雛鳴子だったが、彼がカップから口を離す頃には、鴉の言う真意の方が気になっていた。


「貴族様が、てめぇのガキが攫われたなんて、うちのお屋敷はザル警備です! なんてアピールするか? その上更に、貴族のガキが攫われたってのに一夜経っても未だ何の進展もせず、犯人すら分かって無いなんて事あるか? 幾ら都の警察が無能でも、都守の腰が重くても、貴族が相手となったら本気出すだろ。それこそ軍小隊一個位動かしてなァ」

「……じゃあ、もしかして」

「此処まで言えば、流石のお前でも分かったみてぇだな」


理解が追いついたようで何よりだと、鴉はカップを下し、それはそれは嫌味ったらしい笑みを浮かべた。


「誘拐ってのは、でっち上げ。実際の所、お坊ちゃまが消えたのは別の理由だろ。それも、貴族様がマスコミに手を回しまで隠蔽したいヤツだ」


と、鴉がクククと喉を鳴らして笑った、その時。ドンドン! ドンドン! と突如鳴り響いた音に、雛鳴子が肩を跳ねさせた。

ドンドン! ドンドン! と、音は絶えず、玄関の方から響く。

どうやら家主である鴉にも、このいっそ不愉快なまでに豪快なノックに思う節が無いらしく、一体何事だと言いたげな顔で其方を見遣やった。


「……まだ、朝八時ですよね」


朝から金成屋、それも二階の住居を訪ねる人間などそうは居ない。

唯一可能性があるとすれば鷹彦だが、彼があのような乱暴なノックをする事など、まず無い。数回ノックして駄目ならば声を掛け、返事がなければ下の事務所で待つ。急ぎの用であれば電話を掛けるか、あるいは戸を蹴破って来るだろう。


「誘拐犯探しに警察が来た、とかじゃありませんよね?」

「警察がゴミ町入ったってんなら、何処かから連絡来るだろ。大体来た所で、ゴミ町で聞き込み捜査はねぇだろ」

「確かに」


ドンドン!ドンドン!

鴉と雛鳴子は黙って、面倒事は流そうと無視を決め込むことにした。

ドンドン!ドンドン!

しかし、ノックの音は止まない。

雛鳴子が顔を険しくして、玄関の方を見遣る。すると、その横をドカドカと音を立てて、鴉が廊下を闊歩していく。そして。


「っせぇんだよ朝から糞野郎!!」


バァン!!と盛大な音と共に、ノック音が止んだ。拳を叩き付けていた人間が、鴉が苛立ちを込めて放った蹴りにより、外れた戸の下敷きになったらしい。相手が誰であれ、これは酷い事になりそうだと思いながら、雛鳴子はカップに残った牛乳を流し込んでから、玄関の方へと向かった。


「ンだ、朝っぱらからドンドンドンドンと、えぇ?! てめぇの腹にノックぶち込まれてぇのか?! あ゛ぁ?!!」

「ず、ずみ゛ません……すびばせん゛……」


倒れた戸の下から引っ張り出した犯人の胸倉を掴み、鴉が怒号を飛ばす。

相当あのノック音が気に障ったらしい。これは鴉の気が済むまで血を見る事になりそうだと思った所で、雛鳴子は鼻血を垂らしながら詫びいる犯人の姿を見て、眼を丸くした。


「……子ども、ですね」

「お前よりかは歳食ってそうだが、まぁションベンくせぇことには違いねぇな」


この小さな騒動を起こしたのは、少年であった。歳の頃十六、七歳と言ったところか。まだ幼さの残る顔をした細身の――凡そ、このゴミ町では見ないような、少年であった。


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