病手線ゲーム | ナノ



あの日、山手線に乗った筈の僕らは、微塵たりとも違和感を覚えず、日常に揺られていた。

そして、あの奇怪なアナウンスに気を取られた一瞬で
僕らの日常は、山手線と共に消えた。


――いや。僕らはもしかしたら最初から 病手線に乗ってしまっていたのかもしれない。


「それではこれより、病手線(やまのてせん)ゲームを開始します」




病手線が嗤い終わる頃、ヤマダは「では!」と言って、パンと手を叩いた。

その瞬間、息をするのも忘れかける程張り詰めていた空気が、まるで割れた風船のように弾けて 僕らは体の力が急に抜けるのを感じた。


ホームに到達した参加者達は、全員肩や膝を落とし、僕もどっと押し寄せてきた疲労感に、思わずまた座り込みそうになった。

どうにか膝に手をついて気を取り持つと、ヤマダの顔を覆う、あの仮面の三日月型の口が
何故か一層吊り上って見えた。


「病手線ゲームのルールをご説明いたします!といっても、ゲームを行う上でのルールは各駅ごとに異なりますので、まずは病手線ゲームそのものについてご説明を」


僕は、抜けた筈の気が、また戻ってくるのを感じた。


そうだ…僕らはこいつの言う”お帰り”の為に、これから病手線……多分、山手線を同じ数だけの駅がある路線を一周して、元の駅まで戻らなければならないんだ。

それも、各駅で降りては、何をやらされるのかも分からないゲームをして。


「病手線ゲーム自体のルールはとっても簡単!お客様方には停車時間内に降車し、各駅で私に従いゲームをしていただきます。
そして、ゲームをクリアした方が電車に戻り、次の駅でまたゲームをする。こうして、病手線を一周した方には”お帰り”の切符が贈呈され、惜しくもゲームをクリア出来なかったお客様、参加前に脱落してしまったお客様には”お還り”していただくことになっております」


ヤマダが「ね、簡単でしょ?」と言わんばかりに首をちょこっと傾けた。うぜぇ。


確かに、病手線ゲーム自体のルールは、子供の頃やった山手線スタンプラリーみたいなもので、聞いてる限りは楽しそうだ。

だが、僕が小学生の夏、はしゃぎ回って人気ヒーローのスタンプを集めた山手線は、ホームとの間が2メートル程空いてたりしないし、電車を降りそびれた人の首から下をミンチにもしないし、駅員も気味の悪い仮面をつけてはいない。

ついでに、電車に目玉がついて、笑ったりしない。


っていうか、何なんだあの電車は。

本当に電車なのか疑わしいが、形は紛うことなき電車で、僕らもあれに乗って此処まで来たし、他に例えるものがないので何とも言えないんだが。


「それでは!此処、死武夜駅で行うゲームの方をご説明いたしましょう!」


なんて、正体も分からない電車を見ている場合じゃなかった。

少なくとも、電車は今の所安全だ。今一番この場で危険なのは、ヤマダの話を聞き零すことに他ならないだろう。

僕は演技掛かった口調で喋り続けるヤマダに顔を向け、”お帰り”する為の第一歩…死武夜駅でのゲームの説明に耳を傾けた。


「先程も申し上げましたが、死武夜駅は夜が明けない、死と武器の町で御座います。
今回皆様に挑戦していただくのは、そんな死武夜駅に相応しいゲームになっております。題して…」


ヤマダは勿体ぶるように間を置いて、僕らの顔をちらちらと窺ってきた。

本当にうざったい奴だ。クイズ番組の正解発表を溜める司会者よりうざったい間を作ってきた奴は、こいつが初めてかもしれない。

近くの大学生のオニーサン達も、あからさまに苛立っている様子だ。

だが、CMがある訳でもないので、結局その間は10秒程で終わり、ヤマダのあの高らかな声が、ホームに響いた。


「密売ゲーーーーム!!」


シーーーーン…

静寂を極めた音が、ホームに流れた。


僕らの反応は間違ってはいないと思う。だって、密売ゲームと言われて、どう反応しろというのだ。

これが例えば「ハンカチ落としゲーム」だったら、一同その場でコメディ舞台のようにずっこけたりとか「殺し合いゲーム」というダイレクトなものだったら、ふざけるな!の一言くらい浴びせていたのだが。
なんだ、密売ゲームって。聞いたところでまるでピンとこない。


「はい、皆さん名前だけ聞いても何をすればいいのか分からない、というお顔ですね。大丈夫ですよ、これからルールの方はちゃーんとご説明いたしますので」


分かっているならさっさとそうしてほしい。

誰もが口にはせずに、目でそう訴える中、ヤマダはゴホン、と咳払いをしてゲームの説明を始めた。


「こちらも基本ルールは単純明快!これより皆様には、死武夜駅のコインロッカーの中にあります武器を運び、改札口にいる”武器商人”に渡していただきます。
そう、隠された武器が、次の駅への切符代わりになるのです!」


ヤマダがそう言って、手を改札の方へと向けた。

見ればそこには、ヤマダと同じ制服を着た人影が立っていた。そう、本当に人の形をした影が、そこにいたのだ。

あの電車のように、どこかぼやけた輪郭の黒い黒い影が、駅員の制服を着て、こちらに軽く手を振っている。


”武器商人”という役のあれは、何なのだろうか。何故ヤマダだけはこうも人らしいのか。

分からないことは多いが、僕らが”お帰り”するのに、それは関係なさそうにも思えたので、僕はすぐゲームの説明に頭を切り替えた。


「乗客の皆様はまず駅内でコインロッカーを探し、その中に入った武器の中からお好きな武器を選んできていただきます。
武器はどれでもお好きなものをお選びください。どれか1つでも”武器商人”に渡すことが出来ればゲームクリアで御座います!
尚、死武夜駅での次の電車発車時間は、ゲーム開始より3時間後。それまでに乗車出来なかったお客様は、ゲーム失敗・脱落として”お還り”していただきます!」


やっぱり今回も制限時間があるらしい。

降車時間に比べれば遥かに長い時間だが…こいつのことだ、決して良心設定などではないだろう。

聞くだけなら子供にだって出来そうなこの密売ゲームとやらも…きっと、そう簡単にはいかない。


「では、こちらがコインロッカーを開く為の鍵になっております。どの扉でも開けることが出来ますが、紛失された場合のスペア等は御座いませんのでお気をつけください」


ヤマダはそう言って、どこにでもありそうな鍵を一つずつ僕らに手渡した。

ご丁寧に首から提げる為の紐までついていたので、僕らはそれを無くさないようにと首につけた。その時だった。


「っざけんなよてめぇえええええええええええええ!!!」


バギッと鈍い音がしたと思えば、ヤマダがホームに倒れ、その上に眼に痛い位の金髪をした男がマウントポジションを決めていた。

所謂DQN属性。染め過ぎて痛んだ髪に、ぎらっぎら光るピアスの、あまり関わりたいと思わない風貌の20代前半位の男が、鍵を手渡される瞬間を狙ってヤマダを殴り飛ばしたようだ。


「何がゲームだよ!ふざけやがってクソが!!死ね!!死ねよ!!!」

「お、おい!!」


男は渾身の力を振り絞り、ヤマダを殴った。大学生のオニ−サン達はそれを止めようと腕を伸ばしかけ、そしてすぐに引っ込めた。

確かに、僕らにヤマダを庇う理由はなかった。というか寧ろ、あの男に混じってヤマダをボコボコにしてやりたい位だ。

男の言う通り、勝手に巻き込まれた身である僕らが、ただ帰る為だけに何でこんなゲームをしなきゃならないんだって話だ。

そもそも僕らは山手線に乗る筈が…多分、偶然か手違いか何かで病手線に乗ってしまったっていうのに。


「……お客様は、ゲームには参加されないのですね?」

「あ゛ぁ?!する訳ねぇだろ!!!」

「それは残念」


僕らは次の瞬間、どうしてあの男性に混じってヤマダを仕留めにいかなかったのか。

そもそも、自分が先陣切って殴りにいこうと思わなかったのか、その理由を悟った。


「では、お客様には”お還り”願います」


男がもう一発殴ろうと振り上げた腕が、ごとんと音を立てて落ちた。

呆気に取られる男性が、黙って何もなくなった腕の鋭利な断面から、噴水のように噴き出す血を見て
そして、ヤマダの方を見ようとして首を動かした瞬間――調度眼の下辺りから、男の頭がずり落ちた。


「キャ、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


まるで積木のように、一度崩れた男性の体はバラバラバラ、とホームに落ちていった。

ブロック状に切り分けられた体が、綺麗な切り口を曝してテラテラと、電車の目玉が放つ光に照らされていた。


僕らは何となく、こうなる予感がしていた――だから、ヤマダに殴りかかって、無理矢理にでも山手線に帰せとか言えなかったのだろう。


「さて…少々トラブルが御座いましたが、」


ヤマダはさっさ、と膝についた砂を払って、あれだけ殴られていたというのに平然と立ち上がった。

そういえば、思い切り殴られていたというのに、あの仮面もぴったりと奴の顔に嵌っている。

ヤマダが変わったことといえば、着替えてきたばかりの制服が、また血と肉で汚れたこと位だ――。


「第一ゲーム・密売ゲームを開始致します。途中下車を希望するお客様は…どうぞ、こちらへ」


僕らは、情けない叫び声を上げながら、一斉に改札へと走り出した。


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