モノツキ | ナノ


もし この世のあらゆる不浄をも、愛することが出来たのなら。


「…あ、あんた……一体、何があったの?!!どうしたのよそれ――ッ!!」


頭の中で回り続ける、濁流のような思いを なかったことに出来ただろうか。

静かに息をすることを選ぶ自身を、認めることが出来ただろうか。


「……洗濯を、したんだ」


空高く、ぬるい風に靡く洗濯物を見上げながら。
ゴミだらけの部屋の中。拭い切れない色に染まっていた手を 俺はただ、眺めていた。





「よっこいしょっ……と」


窓を開け放っても、冷たい風に身を竦めることもなく。

寧ろ心地のよい空気の流れに快適さを感じる春の日。
換気の為に開けた窓から吹き込む風が、少し汗ばんだ体に気持ちがいいと、ヨリコは今日も今日とて山を成すゴミ袋との格闘に一段落をつけた。


「ハッハァ、今日もご苦労なこったなぁぁ、嬢ちゃんよ」

「いえいえ、これが私のお仕事ですから!」


月光ビル二階オフィス。事務仕事が多い三階オフィスの社員達に比べ、特殊な役職に就いている者が集まっている為か、普段社員が集まっていることはないのだが、その日は珍しく、髑髏路とシグナルが揃って机についていた。


「ハッ、たまげた根性だぜ嬢ちゃんよぉぉ」


よって、残ったデスクは一つだけ。


「半年絶え間なく片付けては築かれるゴミ山と対決して、笑ってられるたぁよお。
その懐の深さには感服するぜぇ。ハハハハハ!!」

「ア、アハハハ…」


ヨリコは煙草を片手に笑うシグナルから視線を横に流し、がらんとした、というか、がらんとさせたデスクを見遣った。

先程まで、山を作っているゴミ袋の中身が積み重なっていたデスクは、ヨリコの渾身の清掃により在るべき姿を取り戻していたが、机として機能するようになったそこに、座るべき人間はいなかった。

どれだけこまめに片付けようと、一晩明ければ何故かゴミ山を築いている、超常現象とも言える散らかしスキルを持つこの机の主――すすぎあらいが。


「すすぎあらいに出くわしたら、てめぇの給料からボーナス出せっつっとけよ。無駄だとは思うが、文句言うだけ言っとけよ」

「そ、そんなこと言えませんよ!それに、私はお掃除するのがお仕事なんですから、これでいいんですよ……ひょわっ?!」

「……………」

「しゃ、髑髏路さん……?」


と、そこで黙々と机で作業していた髑髏路が、いつの間にか背後に回っていて、おまけに工具の先でつんと背中を突いてきた為、ヨリコは素っ頓狂な悲鳴を上げた。

邪魔にならないようにと括り上げた髪がぴょいんと跳ねる程に背を逸らして驚くヨリコに、シグナルはげらげらと声を上げて笑うが、髑髏路の様子は普段と変わらず。
プロレスマスクのせいでまるで表情の変化も読み取れない彼女の様子にヨリコは眉を下げたが、髑髏路は怒っているという訳ではないようで。

工具をまるでペン回しでもするかのようにくるくると回しながら席へと戻った。


「気にすんな。多分ありゃ、あいつからの警告みたいなもんだ」

「け…警告?」

「嬢ちゃんみてぇに、何でも『大丈夫です』とか、『これでいいんです』とか言う人間は、NOって言う自分が許せなくなって逃げ場を失うもんだァ。
そうなると、てめぇから潰れるのも時間の問題ってやつだ。だから、考え直せっつーことだろ。あいつが言いたいのはよぉお」


シグナルが「なァ?」と言うと、いつものように背を丸めて机に向かっていた髑髏路がうんうん、と頷いた。

実際そこまでの意味を込めてそうしたのかは些か疑問ではあるが、髑髏路としては自分の行動をシグナルに解釈してもらえるのが一番なのかもしれない。


「何も『いい加減にしろよゴミ山生産機野郎。お前もポリ袋に詰め込んで焼却処分してやろうか?』とまで言うこたねぇからよ。
ちったぁ不満の一つでも言っておけ。上手く仕事してくには、たまの文句も大事なもんだぜ?」


そうシグナルが紫煙を吐きながら笑うと、やはりうんうんと頷いてから、髑髏路は此方を見て「言ってやれ」と言いたげに親指をぐっと立てた。

彼らにヨリコを心配してだとかそういう意図はほぼ間違いなく、ただ自分の主張を言いたかっただけに過ぎない助言なのだろうが。それでも、気遣われたことには違いない。


「…ありがとうございます、シグナルさん、髑髏路さん」


ヨリコはにこっと笑って、二人に向かって小さく頭を下げた。

長い間誰かに忠告をされることもなかったヨリコにとって、意図はどうあれ、気を配ってもらえたことは、相も変わらず喜ばしいことだった。
伝えてくる言葉が粗暴でも、分かりにくい表現でも。彼女にとっては気を向けられることが大事なのである。

よって、気まぐれで言いたいことを言っただけで、そこまで丁寧に感謝される筋合いのない二人にも、ヨリコは真摯な態度で礼をした。


「あ、でも私、本当にこれについては文句なんてないんですよ!」


此処で本題を思い出したヨリコは、慌てて弁明の姿勢に入った。

二人が意見をくれたことに対し礼こそ述べたが、すすぎあらいの散らかしようについて文句を言うことを決めた訳ではないのだ。

そこを否定しておかねば、何が起こるか分かった物ではない。
ヨリコは誤解は招かないように、と精一杯言葉を選びながら釈明した。


「大変なことですけど、やり甲斐もありますし…。
それでも、我慢できないってことがあったらちゃんと言いますから!……それじゃ、ダメですかね?」


シグナルと髑髏路はヨリコから視線を互いの顔に移し、数拍顔(信号機とプロレスマスクだが)を見合わせた後に、またヨリコへと顔を向き直した。

何せ表情など分からない無機質な頭をしている為、ヨリコは自分がせっかくのアドバイスを蔑ろにしてしまったのではないか、と内心おどおどしていたが。
演技掛かって見える程にわざとらしく肩を竦めたシグナルの、頭のランプの色は、存外穏やかな赤である。


「いいんじゃねぇのぉぉ?決めるのは俺らじゃねぇからなぁあ」

「ホントですか!」

「まぁ、抱え込み過ぎない程度に頑張ればいいと思うぜェ」


シグナルはそう言って、溜まった灰をトントンと灰皿に落とし。その向いで髑髏路は何事もなかったかのように機械いじりに戻った。

こうして一抹の不安もなくなり、ゴミ袋を持ち上げる腕にも一層力が入るヨリコだったが――


「おはよー……」

「あ、おはようございま……?!!!」


鼻歌でも奏でそうな気分は、ガチャリと開いた扉の向こうから掻き消された。


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