モノツキ | ナノ


その視線から逃げる場所がほしかったのかもしれない。

どこか、心安らげる 居場所がほしかっただけなのかもしれない。



「昼行灯、あなたホント死にたがりとは思ってましたが、
自分からド頭カチ割るとはいよいよ焼き回ったデスね」


白衣の男はそう言って、ベッドに腰掛ける昼行灯をけらけらと笑った。

ランプ頭に包帯を巻いた、何とも奇妙な姿の昼行灯は、弱々しく蝋燭の炎を燃やし、ただ俯いていた。
その様子と、三日間断固としてここから外に出ようとしない昼行灯を見て、薄紅ははぁ、と溜息を零した。

そしてその視線は薄暗いランプ頭から、蛍光灯にてっかてかと照らされる注射器へと向いた。


「すまないな藥丸(やくまる)。休診時間に詰めかけたおまけに病室を無理矢理貸し出してもらって」

「ノン。ツキカゲはお得意様だからノープロブレムデスよ。それに…」


藥丸と呼ばれた男はくるっと上機嫌そうに身を翻し、白衣を靡かせた。
その手には注射器を握り、彼は透明な頭にぶくぶくと赤い液体を満たしていた。


「ボクは注射が出来るなら二十四時間、お偉いも浮浪者も隔てなく治療しますデスよ。
この三日間も注射出来てとてもシアワセでしたデス」


藥丸、という男はモノツキだった。空をピンと射す注射器の頭をした闇医者であった。

かつては帝都中央病院で医者をしていたエリートだが、彼はそこを解雇され、医師免許も剥奪された。
理由は臓器売買でもなければ、医療ミスでもない。
人当たりもよくオペの腕も抜群の、天才の名をほしいままにしていたこの男は、
ある性癖の為にその輝かしい栄光を泥の中に投げ込むはめになったのだ。
その性癖というのが、彼が嬉々として語る”注射”であった。

藥丸は重度の注射好きであり、患者に必要以上の注射を施し、注射のつくも神に呪われた。
医療の金字塔である帝都中央病院にモノツキの医師はおけないと解雇され、更にその際発覚した不必要な患者への注射が発覚した他、彼と関係を持っていた看護師たちからも彼に注射を打たれたと訴え、彼は医師免許も剥奪された。

通常そんな過去を持っていれば気落ちするものだが、この男は違った。
愛する注射自身になれたことを心から喜び、闇医者になったことで堂々と過剰な注射が出来ることを喜んでいる。
我慢ままならず自身の腕にすら注射していたこの男には、まさに今の状況こそが望んでいた世界なのである。

流石に食事すら注射しようとしてくるのはいただけないが、それでもこの男の腕は確かなもので、かつてツキゴロシから昼行灯を庇ったヨリコや、負傷した火縄ガンもここで治療されている。
注射のことさえ除けば名医である彼を重宝し、ツキカゲを始め様々な裏の人間が此処を利用する。


「はは…そうか。しかし、昼行灯」


そんな彼の爽やかな笑い声を余所に、昼行灯の蝋燭は相変わらず時化たような燃え方をしていた。

薄紅は長年行動を共にしてきた相方の無様な有様にほとほと呆れていたが、いい加減喝を入れねばと腹を括った。


「いい加減にツキカゲに戻れ。あれはお前の会社だろう」

「…………」

「茶々子もサカナもお前を心配しているぞ。修治が壁の穴を修繕したから、もうオフィスも元通りに回っている」

「…………」

「…此処にヨリコさんを連れて来て、お前の説得でもさせた方がいいか?」

「それはご勘弁願います……」


昼行灯は頭を抱え、あああああああああと低く奇声を絞り出した。
誰に唾を吐かれようと、オフィスに人間やバズーカを射ち込まれようと動じない男がこうも弱体化するとは。

事情を分かっていない藥丸はけらけら笑っているが、こっちは笑いごとではない。
ツツミヤ・キョウカの事件の後もそうだったが、こと最近、仕事の後に昼行灯が気落ちするパターンが多くてどうにもいけない。それが薄紅の悩みであった。

ヨリコの些細な疑心、普通の人間故に感じる理不尽。彼女がその優しさ故に傷つく度、昼行灯がそれを気にして塞ぎ込む。
しかもそれが次第に深刻化しているようで、薄紅の頭は痛くなるばかりであった。

この変化を喜ぶべきなのか、嘆くべきなのかというところがまた、彼を悩ませる。
そんな薄紅の苦労も、当然昼行灯は感じ取っていた。

しかし、だからとて踏ん切れるならこうも芋虫のようにもだもだとすることもない。
まだどうにも気が晴れない昼行灯は、布団に籠りたいと項垂れた。その時だ。


「いつまで寝腐ってんだ、ファッキンランプ!!」



ガシャアン!と音を立て、使用済みの注射が山のように盛られた荷台が倒れた。否、正確には蹴り倒された。


「サヨナキ!あぁ、あ…貴方また注射達を…!!」

「うっせーんだよ変態シリンダー。こんなガラクタいつまでも重ねてんじゃねーよ。病気蔓延させてーのか?あ゛?」


床に散らばった注射器を大事そうにかき集める藥丸に唾を吐くように、サヨナキと呼ばれた女は彼を見下した。

サヨナキはこの闇病院の看護婦で、ここで働く唯一の”人間”だった。
尤も、藥丸とサヨナキ以外には誰もいないのだが。
丈の短いナース服に、ヒールの高い革のブーツが白衣の天使というより、SMイメージクラブの女王様を思わせる。
しかし包帯をぐるぐると巻いた顔と、くっちゃくっちゃと噛み続けている風船ガム、
そして男勝りの口調がまたそのイメージを覆す。


「それはそうとよぉ、昼行灯。てめーここのベッドが少ねぇこと位知ってんだろ?あ゛ぁ?
それをネチネチネチネチ居座りながって…五臓六腑バラされてーのか?
風俗から性病もらってきたアホの使用済み注射打ちこまれてーのか?」

「……申し訳ありませんでした」

「口座に二百は入れとけよ。さもねーと次来た時、その世にも珍しいド頭切り離して分解してホルマリンにぶち込むからな」

「もう、サヨナキ駄目デスよ。せっかくの注射台…金づ………常連様にそんなこと言ったら」


サヨナキに脅され、藥丸のとんでもない暴露に背を押され、昼行灯はテキパキと荷物を纏めて撤退した。

外に出ると、目に入った『二十四時間受け付け!ニコニコクリニック』の文字が、
妙な笑いを運んできたが、乾いた声しか出なかった。


「相変わらず…だが、今回は助かったとしよう」

「……薄紅、やはり真っ直ぐ帰らなければならないでしょうか」


停めていた車に乗り込んだところで、ちらちら外を気にし出した昼行灯に、
薄紅は困ったようにしながらもエンジンを噴かせた。

この車を先日、乗用車から銃を構える二人の男から傷一つつけることなく死守してみせた男が、後部座席で塩をかけた青菜のようになっているとはなんとも奇妙で滑稽な話である。


「詫びの品でも選んで行くか?今日はヨリコさんがバイトに来る日だろう」

「…来て、くれるでしょうか」

「そりゃ来るだろう。昨日だって来てバイトをしていったんだからな」

「そうで………?!!」


何もかも諦めたように外を眺めていた昼行灯が、頭を支えていた腕からずり落ちるように崩れた。

薄紅はまた頭をかち割っていないだろうな、と鏡越しに気にしていたが、
ただずり落ちただけなのでそのまま前へと向き直した。


「き、来て下さったのですか…ヨリコさん」

「昨日そう言っただろう。何を聞いていたんだお前は…」

「し、しかし……ヨリコさんは私のことなど…」

「トキマサくんを思いっきり蹴とばしたシグナルにすら、彼女謝っていたぞ。
尤も、シグナルの方も流石に謝罪したがな。今あの場で関係を修復出来ていないのはお前だけだぞ、昼行灯」


シグナルですら、というところが非常に重かったのか。昼行灯はそのまま魂でも抜けたかのようにがっくりと項垂れた。
頭の蝋燭もいつになく弱々しく、蝋燭もまるで涙を流しているかのようにボタボタと零れ落ちている。

あぁ、これは重症だ。と思いながら、薄紅は容赦なく車をツキカゲへと走らせた。


「あの子なら分かってくれるだろう。
お前のことは気まずさからか話さなかったが…あの素振りからして気にしていることだろう。しっかり謝って、それで済む問題だ。社会人としてしっかり頭を下げてこい」

「……しかし」

「経験者から言わせてもらうが、謝る時は謝るのが恋愛の成功に繋がるぞ。
ま、その程度の想いなら、いっそここで断ち切ってしまうのもいいだろうがな…」


と、存分に焚き付けてやったところで車は月光ビルの前へと到着した。


三日振りであるが、特に変わり映えなどしない。
壁に派手に空いた穴の上は未だビニールシートで覆われているが、概ねいつもの白けきった雑居ビルが其処にはあった。

あの日、爆発とあって流石に騒ぎになったのではないかと警戒していた昼行灯だったが、
やはりモノツキが絡んでいる一件で、民間に被害も出ていないので、警察は動かず。
昼行灯が不在と言えど、まだ薄紅達がいる為、ツキカゲにツキゴロシが襲撃してくることもなかったらしい。

だが、それも今の彼の脳の奥底にはイマイチ届かない。今彼の眼を覚ましてやれるのは、この世界にたった一人。


「「………あ」」


ごく平凡な女子高生、ヨリコただ一人しかいないのだ。


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