モノツキ | ナノ


彼の名前は、ウオザキ・ミナト。

凡そ一ヶ月間、アパートの一室に放置され、警察に保護された。詰まる所、捨て子であった。


ミナトの母親は水商売をしており、客の男と交際していた。
男は企業家で、所帯持ちであったが、女にだらしがなく。自分がターゲットにされていることも知らず、若く美しいミナトの母親に入れ込んだ。
彼女が求めれば金を幾らでも注ぎ、見返りに体を貪り。その果てに、彼女が子供を身ごもったところで、男の夢は覚めた。

ミナトの母親は、慰謝料と養育費、口止め料として、男から多額の金を継続的に毟り取る為、子供を産んだ。
彼女にとってミナトは、金を無心する為の脅しの道具で、決して、夜を共にしてきた男との子供だからというような、愛情などは欠片も無かった。。

そうミナト自身が認識したのは、残酷なまでに早かった。


「お腹が空いたら、冷蔵庫にあるものか、カップ麺を食べなさい。危ないから、外には出ちゃダメ。テレビも、目が悪くなるから見ちゃダメよ」


母親はいつもそう言って、ミナトを置いて、家を出ていた。

朝まで帰らない日が殆ど。時には、二日三日戻らないことさえあった。
その間ミナトは、母親から言われた通り、安い冷凍食品やインスタント麺を食べ、一日窓の外を眺めるか、布団の中で身を丸めるかして過ごしていた。

抗ったところで無駄なことは、早々に悟ってしまっていた。
従順にさえしていれば、母親は自分を殴ったりしないし、餌も与えてくれる。
だからミナトは、狭いアパートの一室で、大人しく飼い殺されていた。
愛情も、自由も、娯楽も求めず。ただじっと、息を潜めて――。


「信じられないな……子供一人で、一ヶ月も」

「以前から、疑いはあったのですが……何度か保健所の指導も入っていたようなので、大丈夫だろうと……。それがまさか、こんなことになるだなんて」


ミナトが母親の帰りをひた待って、一ヶ月が過ぎた頃。
不審に思った管理人が、合鍵を使って部屋を開けたことで、母親の失踪と、ネグレクトが発覚した。


「家を空けてるのが殆どでしたね。一週間帰らないこととかもあって……その間、あの子はずっと一人で」

「殴られたりとか、そういうのは無かったと思います……。ただ……ウオザキさんは、本当に何があっても子供に構わなかったみたいで……」


ゴミで溢れ返った部屋と、その真ん中で蹲る、痩せ細った子供の姿を見て、管理人は悲鳴を上げた。

毎日同じ食事ばかりを摂取して、彼の体は、用意されたものを受け付けなくなっていた。
食べたものはすぐに吐き出してしまい、それでも無理に押し込めば、体調が悪化する。
次第に、もう食べない方がマシという状態になってきた頃。ミナトは動くことも億劫になり、一日布団で体を丸めて、外の音に耳を澄ませていた。

母親が、此方に歩いて来る音はしないか。ドアノブが回る音はしないか。鍵が開く音はしないか。
それだけを考えて、考えて。いつしか、考えることさえ出来なくなって――気付いた時には、ミナトは病院に運ばれていた。


「……おかあさん、は?」




「困った子です。あの子、自分が親に捨てられたって認められないみたいで……いつも嘘を吐いているんです」

「此処でも学校でも、そのせいで友達が出来ないみたいで……」


結局、警察の捜索も虚しく、蒸発した母親が見付かることも、彼女がアパートに戻ることもなく。療養を終えたミナトは、児童養護施設に引き取られた。

軟禁の果てに捨てられ、さぞ心を痛めているであろうミナトを、職員や子供達は手厚く歓迎したのだが。ミナトがその想いに胸を開くことはなく。彼はいつもこう言って、他者との接触を自ら断っていた。


「おかあさんは、お仕事がいそがしくて帰ってこないだけなんだ」


それは、母親から仕込まれた虚言だった。

誰かが訪ねてきたら、こう言うようにと教え込まれた言葉を、何時しかミナトは、自分の心を守る為の物として使うようになっていた。
母親は、仕事が忙しい。だから自分に構うこともないし、帰って来ないのだと。
そういうことにして、自分を丸め込めば、傷付かずにいられると。ミナトは自己防衛本能に誘われるがままに、空言に憑りつかれた。

故に彼は、母親に捨て置かれたことを頑なに認めず。その嘘を繕う為に、更に嘘を重ねて。ミナトはあっという間に、孤立した。


「境界性パーソナリティ障害ですね。彼の虚言は、最早病気です」


カウンセラーが酷く深刻な顔をしてそう判定する頃には、ミナトは盗癖までついていた。


「お母さんが買ってくれたんだ」


こうなる時分には、周囲の誰もがミナトの話を聞くことが無くなり。新たな関係を求めて、ミナトは街を徘徊するようになった。

施設には殆ど戻ることなく、学校にも行かず。スリや置き引きで得た金でインターネットカフェやカラオケで寝泊まりしたり、二十四時間営業の飲食店に居座ったりして、日々を過ごしていた。

そんな不健全な生活で知り合った不良仲間達の一人が、カイであった。


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