モノツキ | ナノ
「あいつは、妙に頭がいい奴で、要領がよかった。だから、先輩から可愛がられて、仕事を任されるようになった」
「……仕事?」
「ヤクザの下働きだよ。上納金稼ぐ為に、指示されたこと片っ端から手ぇ付けてたんだ」
地下室の薄闇に、困惑が溶けていく。
目を覚ましたカイは、自分の状況と、テーブルに置かれたペンチを見るや、すぐに口を開いた。
自分が何者で、誰の手引きで此処に来たのか。
LANに情報収集させたのも無駄足に思える程、あっさり吐き出すと、ついでと言わんばかりにカイは、サカナことウオザキ・ミナトの過去さえ暴露した。
「最初は空き巣や当たり屋。それから、売春の斡旋、ドラッグの密売……あいつは何でも上手くこなしてみせた。
それで上から評価されて、事務所にお呼ばれして、詐欺全般やるようになった。あいつが働いてたのは、たった二年ぽっちだったが……被害総額、億は越えてるだろうぜ」
言うなれば、それは八つ当たりであった。
しくじり、見付かり、破滅に陥った我が身の道連れにと、カイは思いがけず再会した、因縁浅からぬ彼を貶めてやろうとした。
先刻、自分が衝動的に罵倒した時――彼はある一言を言わせまいと、必死になって殴ってきた。
それまで大人しく、好き放題に言われていた彼が、何故あの時になって、血相を変えて襲い掛かってきたのか。分からないカイではなかった。
「あいつは、天才的な詐欺師だ。お前らが誰一人として、それに気付けなかった程度に……な」
彼は、自分がかつて詐欺師であったことを、知られたくなかったのだ。
恐らくは、顔と名前を失ったのを機に、新しい自分にでもなるつもりだったのだろう。
過去を隠し、取り繕い、結局彼は此処でも他者を騙していい想いをしようとしているのだろう。
そうはさせてなるものかと、カイは彼の正体を吐き出し。
案の定、昼行灯達には戸惑いの色が窺え、効果は上々。カイはしたり顔で椅子の背凭れに身を預けた。
その様子が――というより、カイの彼に対する風当たりの厳しさが、昼行灯とすすぎあらいにはどうにも引っ掛かった。
「……彼は何故、其処から手を引いたのですか」
「知るかボケ!!!俺達が聞きてぇくらいだよ!!」
かつて仲間であった彼を、カイはどうしてこうも憎んでいる様子なのか。
それは、彼がかつての居場所を離れたことと、関係しているのか。
彼が今何を想い、何を考えているのかの判断材料に必要だと尋ねた昼行灯であったが、スイッチの入ったカイはまともに答えてくれなかった。
「あいつのせいで、俺らがどんな目にあったか……。あのクソ野郎!!ぶっ殺してやらなきゃ気が済まねぇ!!!」
「……サカナが、今回の件には関係ないことだけは、間違いなさそうだね」
「でしょう、ね」
ともあれ、最も気掛かりであった、サカナがかつての仲間と内通している可能性は無いことは分かった。
カイの怒りっぷりと見るに、彼以外の面々からも恐らく、相当憎まれていることだろう。
それだけでも判明すれば、一先ずは安堵出来る。
「にしても……まさか、サカナが詐欺師だったとは」
「妙に裏の仕事に慣れている感じはしていましたが……そこまでとは、想像も出来ませんでした」
昼行灯とすすぎあらいは、ぶつくさと彼の悪罵を呟くカイを余所に一息吐いた。
サカナが裏切り者ではないことは確かと言える。
しかし、これまで彼が包み隠してきた本性が白日の元に曝されたことで、避けられない裂罅が出来てしまった。
それとどう向き合っていくかが、今後の課題になる。
ツキカゲという会社の為にも、サカナという社員の為にも。彼を理解する必要がある。
<はぁい、もしもしー>
「……戻っていましたか、茶々子」
<あっ、昼さぁん。今日、一体どうしたんですかぁ?昼さんもサカナちゃんもいなくて、三階ガラガラで、私びっくりしましたよう!>
三階オフィスの内線に掛けると、茶々子が出てきた。
もう外から戻ってきたのかと、昼行灯は絶妙な間の悪さに、小さく蝋燭の火を燻らせつつ、思案した。
今ここで、彼女の質問に答えるべきか否か。答えるにしても、どの程度まで話すべきか。
悩みながら、迷いながら、昼行灯は意を決した。
「……それなのですが」