モノツキ | ナノ



かつて、創設されたばかりのサカヅキは、活動の為に必要な物資が不足していた。

帝都警察、ツキゴロシ、同業でありながら敵対するテロリスト。あまりに敵の多かった彼等は、とにかく武器を欲していた。
テロ行為の一環として正当化した強盗や押し入りで、不幸中の幸い、いや、その逆というべきか。金は、有していた。

だが、金があってもそう簡単に武器を購入出来る訳でもなく。しかもサカヅキの構成員に行き渡り、今後様々な敵と戦うのに必要な数となれば、大きな取引になる。
規模が大きい程、帝都警察に嗅ぎつけられる可能性も高く、武器が整う前に襲撃を食らえば、一網打尽。大取引はハイリスクハイリターンであった。

かといって、ちまちまと武器を買っていては消費スピードに追い付かれてしまう。思い切って、一気に必要装備を整えなければ、ジリ貧のままにいつか消滅する。

そこで、インキが思いついたのが、囮作戦であった。


捕えた運送業者の男を使い、サカヅキのマークを描いたトラックを、偽の取引現場へと向かわせる。帝都警察がそれを追ってきたところで、運転手に衝突事故を起こさせる。
こいつの命と引き替えだと、同時に捕えた娘の生爪を剥がしながら囁けば、運転手の忠誠は入手出来た。
指定の場所で、指定の時刻。トラックを大きく対向車線へと向かわせ、走行中の車と激突させ、車体を道路に添えれば、足止めは完成。

後は本物の現場で取引を済まし、遅れて駆けつけてきた警察に見せつけるように、森林に囲まれた現場に、
剥がされた手足の爪を頭のない首に突き立てた娘の死体を、大きな木に括りつけて、終わり。


こうして、帝都警察の眼を欺き、多くの銃火器などを仕入れたサカヅキは、活動を過激化させていったのだが――あまりの敵の多さ、終わらぬ四面楚歌により、
結局一度陰を潜ませることになり、暫し派手な行動が見られなくなったと思ったところで、今に至っている。


「長らく姿を見せず、インキは再度この世界に剥ける為の牙を研いできたのでしょう…。
今度は生半可で終わらぬよう……蓄えてきた武器や兵力を用いて、彼は……帝都を支配するつもりなのでしょう。
インキは、今回の活動で本命を取りにかかるつもりで……万が一にでもそれが実現してしまえば、この世界の秩序は引っくり返ります」


混沌と交じり合ったあらゆる感情を越え、茫然自失に至ったヨリコの前で、昼行灯はカップを握った。

敢えて淡々と、さも他人事のように語った真相は、ヨリコにはあまりにも重く、呑み切れていないのが目に見えている。
そうなるようにと、何一つ隠すことなく、昼行灯は彼女に突き付ける。

この問題は、最早自分の手に負えるものではないと、ヨリコをその場に縫い付ける為に。


ただの女子高生でしかない彼女自身の無力さは、こうして巧みな言葉のナイフによって浮彫にされた。
何度も何度も、途方もない理不尽に曝される度に痛感してきた力無さを、またも思い知らされてしまったヨリコは、想像を遥かに上回る悪意を前に、立ち止まった。

事と次第によってはこの体を食い破る勢いで、暴走する感情に身を任せていただろうに。
まんまと昼行灯の思惑通り、ヨリコはどうしようもない現実に阻まれ、嫌になる程冷静になってしまっていた。


いっそ、取り乱すことが出来たなら、どれだけ楽になれたことか。
大声を上げて泣き叫んだり、殺意へと昇華した怒りのままに暴れたり。そんな風に激情に次を委ねていられたら、こんな虚しさに駆られることもなかっただろう。

それでも、ヨリコは真実を知ったことを、悔やむことはなく。暫しの制止の後に、ヨリコは弱々しくも、また一歩踏み出した。


「……インキさんは…一体、何を狙っているんですか……」


この件に関し、未だ掴み切れていない部分は多い。

ヨリコの愛した両親を、安寧と平穏を、当たり前の日々を奪い、孤独と胸を裂かれるような悲しみを植え付けていったテロリスト・インキ。
彼が何故、あの日の惨劇を引き起こしたのかは分かったが、それに繋がるインキの次なる狙いも、最終目標も、ヨリコは知らない。

己を虐げた、憎々しいこの世界に、そこに住まう人間達に報復する為、彼がテロ行為を起こしているのは分かるが、
最後に彼が到達したい場所が何処なのか。その為に、次に何をしようとしているのか。

不明瞭なその部分は、またもやヨリコが予期せぬ形であることが、昼行灯の口から告げられた。


「……彼が狙っているのは、”帝”(ミカド)の命です」


大き過ぎて漠然としていた、インキの目指す先が、霧を取り払ったかのように姿を現した。

ヨリコは再び大きく眼を見開き、静かに揺れ動く昼行灯の蝋燭の炎を見た。
文字通りの動揺が、今更ながらに彼の中にも訪れているらしい。
組み合わせた両手の指に力を入れながら、あまり余裕のない声で、昼行灯はインキの強大なる狂気の行き先を、ヨリコに告げた。


「この世界が、”帝都”たる所以……ただ唯一、神に干渉し、クロガネを変えることが出来る存在…。
原罪の世代の中から、つくも神達から選ばれた、人類の代弁者……。その末裔たる帝の命を奪うことで、インキは…モノツキが人間を虐げる世界を作るつもりなのです」


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