モノツキ | ナノ




ツキカゲでミーティングを終えた後、昼行灯はウライチへ足を運ぶべく、ツキカゲを出た。
目的地は、かつて自分が解雇したインキの為に斡旋した、モノツキだけの商会――ノキシタ商会だ。

ウライチの片隅にひっそりと、というにはかなりの規模を持つ其処には、駐在している者が数名、仕事の度に出入りしている者が十数名おり、
その中に、未だインキと、何等かの繋がりがある者がいるのではないかとの考えで、昼行灯は早々にそちらに向かっていた。

ちょうど、すすぎあらいがこの件について話しているその時も、昼行灯は移動中で。故に、彼は反応が遅れた。


「………何をされているのですか、ヨリコさん」


後ろを向いてそう言うと、電柱の後ろでびくっと小さな肩が震えるのが見えた。

それはそのまま、物陰に隠れ、素知らぬ顔を続けようとしていたが。
その懸命な努力も虚しく、昼行灯は此方に真っ直ぐ電柱に向い、後ろで体を小さくしていたヨリコを見付けてしまった。

頭の回転が遅いヨリコに、この場を切り抜ける打開策を練ることは出来ず。上手い言い訳も浮かばぬまま、彼女は昼行灯の前に引き摺り出されるしかなかった。

しかし、今ここで困り果てていたのはヨリコではなく、昼行灯の方であった。


「一体何故こんなことを……もう夜ですし、早く帰らないと危ないですよ」


いつものように、いつもの時間、業務を終えたヨリコはツキカゲを後にしていた。

それから、二十分程ミーティングをして、自分は会社を出て、ウライチへの道程を辿っていたのだが。
その後ろを、帰った筈のヨリコが尾行してきたものだから、昼行灯は何事かと戸惑った。

当人は息を潜め姿を隠し、気付かれぬままに彼の後を追っていたつもりだろうが、素人の尾行に気付かぬ昼行灯ではなかった。
消したつもりで丸聴こえの足音に、背後に感じる気配と視線。
わざと立ち止まってみれば、慌てて制止した様子すら、見なくとも察知出来る、不慣れにして不完全極まりない追跡。

最早見付けてくれと言っているようなものだと、ふいに振り向いて。よく知る黒いセーラー服が眼に映った時は、昼行灯はそれはそれは戸惑った。

耳にした足取りから、相手が小柄であることは察知していた。その筋の人間にしてはあまりにもあんまりな程にずさんな尾行の仕方だとも思っていた。
だが、まさかヨリコが自分の後をついてきているとは夢にも思わなかった昼行灯は、一瞬立ち眩みがした。

こんなことをさせる理由がまるで分からず、もしかしてとあれこれ考えると嫌なビジョンしか浮かばず。
いやしかし、ヨリコさんがそんなことをする訳がないと、瞬時に駆け巡っていく思考に、脳味噌が揺さ振られるようだった。

身に覚えがないだけ膨らんでいく不安を抱え、それでも知らぬふりは出来ぬと、ヨリコを呼び止めた昼行灯だが、
見付かったと自覚した時の彼女の顔ときたら、全てが杞憂と化すかのように毒気がなく。八の字になった眉毛を見ていると、昼行灯の肩から力がみるみる抜けていった。

もしこれが、此方の油断を誘う為の演技ならば、ヨリコは帝都一の女優にも、帝都一の暗殺者にもなれるだろう。
勿論、そんな器用な真似が出来る彼女ではなく。この反応は素そのものなのだが。ともあれ、昼行灯が考えていた「まさか」は起こっていないようであった。

かと言って、全ての不穏分子が消えた訳ではない。
何故ヨリコが自分の後についてきたという理由は分からず、問題は依然残ったままだ。

昼行灯は、まだ気が抜けないと荷が降りた肩を竦め、おずおずとした様子のヨリコを見たが。居た堪れくなり下を向いて押し黙ってしまった彼女に、困惑は増すばかりであった。


「……どうされたんですか?」


普段そうしているよりも、意識して優しい声を掛けてみる。
敵意も悪意もなく、自分は貴方の話を聞き入れる姿勢であるのだと、そう伝えるつもりで。

こうすれば、ヨリコはいつも安堵して、言い損ねたことを口にしてきた。ところが、今回はそうはいかず。
俯いたヨリコは、顔を上げても尚泣き出しそうな顔をしていて。昼行灯はまた、両肩がずっしりとしていく感覚に、蝋燭の炎を揺らした。


「……先程も言いましたが、もうこんな時間です。今日のところは、お帰りになった方が……」

「…………」


ふるふる、力無く首を振るのが、今のヨリコに出来る精一杯の返事であることが、昼行灯に汲み取れた。

言葉に出来ない程、懸命になる理由が、この尾行にはあるということか。

だとしても、危険な夜道に彼女を一人にする訳にも、そのまま自分の後ろに連れていく訳にもいかない。
例え彼女に、如何なる理由があろうとも。闇深いこの道を、彼女を歩かせるのは忍びない。

それでも、だんまりでは困る。

何があって此処にいるのか。その理由を聞いて、放置や同行を許可することは出来ずとも、何かしらの対応は出来る。
用件によっては、自分が代理として済ませられる。それで彼女が納得してくれるかは分からないが、妥協にまで持ち込める可能性もある。

だから、何か答えてはくれないかと、昼行灯はヨリコが顔を上げるのを待っていたが――。


「……昼さん、行かないでください」


顔を見せぬまま、縋り付くような声を出すヨリコに、昼行灯の動揺は、更に振れ幅を大きくした。

問い掛けに対する、答えになっていない答え。意図の分からぬ返事により、処理に詰まった昼行灯は静かに戸惑い。
再度、一体何があったのかと彼女の真意を問おうとした、その時だった。


「……行かないでください」


ぐい、と体が引き寄せられたようで、あちらから腕の中へやってきたような。そのどちらでもあるような。
またも現状が把握出来ぬまま、昼行灯は蝋燭の炎を大きく揺らし、自分にしがみつくヨリコに、ゆっくりと視線を下ろした。

小さな体は、僅かに震えている。依然顔を見せぬまま、いや、見せたくないとしているのか。
昼行灯の旨に頭を押し当て、ヨリコは何かを噛み殺すように息をしていた。

それが、今の彼女の精一杯なのだろう。

昼行灯は、未だ何一つ理解及ばず取り残されかけていたが――それでも、自分に追い縋る彼女を、離してはいけないことだけは分かった。


「………少し、場所を変えましょうか」

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