モノツキ | ナノ


人々の目を振り払うように走ること数分。

大きな通りを外れ、其処から更に小道の奥へ奥へと進むようにして辿り着いた小さな喫茶店は、今や大スターとなった火縄ガンの隠れ家だという。
元はヒナミ行き付けの店で、彼女に連れられて来た時から此処のプリンパフェの虜になり、店内の静けさや居心地の良さも相俟って、大層この店を気に入ったのだと火縄ガンは語る。

インフルエンサーとして様々な物や場所をSNSで発信しているが、此処だけは断固教えてやらないのだと、カラメルソースがたっぷり掛かったプリンパフェを頬張る姿は、まさしく火縄ガンだ。
雲の上にも近い場所まで行ってしまった彼女だが、こうして対峙していると、何処までも自分の良く知る火縄ガンで、サカナは少し安堵した。


「フーッ。人気商売って大変ネ。外歩くだけで肩凝るヨ」

「その格好で歩いたら、そりゃ目立つよ」

「スーパーモデルがダサい服着る訳には行かないネ」

「にしたって、そんな如何にも有名人です!って格好しなくても」

「堂々としてたら意外にバレないってレディ・ボスが言ってたヨ」

「バレてるけど声かけられてないだけだと思う」


レディ・ボスとは、今の彼女の雇用主たるアマガハラ・ヒナミの事である。


ラグナロクの後、火縄ガンはヒナミにアマテラスの専属モデルとしてスカウトされた。

人形めいた美貌に、白い肌、すらりと伸びた四肢。何より、この世界では非常に珍しい異国人の顔立ちは、人の眼を強烈に引き付ける。舞台に立てば忽ち一等星になるだろうと、ヒナミは火縄ガンにミラベル・キルシュタインとして生きる道を提示した。

また突拍子もない事を言う、と昼行灯を始め、ツキカゲ社員達は呆れたが、反対する者は一人として居なかった。


火縄ガンは、とうに人の顔も名前も取り戻している。それでも彼女がツキカゲに居続けたのは、他に行く宛が無かったからだ。

幼い頃に攫われ、見世物として飼われ、人を殺さなければ生きられなくなった彼女を、光差す場所へ押し上げる術を、此処に居る者達は持ち合わせていなかった。
だから、普通の子どもとして生きてほしいと願いながら、彼女を此処に置き続けた。

学校に通い、友達を作って、夢を追ったり、恋に落ちたり。そんな誰もが当たり前に享受している暮らしを火縄ガンが望んだり、羨んだりしなかったのもあるが――裏も表も無くなった新世界では、これまで通りにしてもいられない。

今までと同じようにしていては、生きられない。この世界では、誰もが人間として生きていかねばならないのだ。モノツキだから、モノツキだったから。そんな理屈は通じない。故に、常に人の眼に触れる生き方をすべきだと、ヒナミは語った。


火縄ガンの性分を、ヒナミも理解していた。その上で、彼女が火縄ガンに課したのは「人を殺さねば生きられない己を殺し続けろ」という任だった。

彼女は人を殺さなければ生きられないが、この世界で彼女は、人殺しとして生きていけない。なれば、殺すべきは己自身だという屁理屈めいたヒナミの提案を、火縄ガンは飲んだ。


斯くして彼女はヒナミの元へ身を寄せる事となり、それから丸一年、アマガハラ家の屋敷で暮らし、様々な教育を施された。

モデルレッスンは勿論の事、何処に出ても恥ずかしくないようにと勉学と教養を徹底的に叩き込まれ、一時ストレスで小さなハゲを作りながらも、火縄ガンは見事地獄のレッスンを乗り越え、満を持してアマテラス専属モデルとしてデビューを迎えた。

十五にも満たない少女とは思えぬ、完成された美貌と風格はヒナミの予想通り――否、それ以上に人々の心を射止め、火縄ガンは瞬く間にクロガネにその名を轟かせ、今やテレビに雑誌に引っ張りだこだ。
毎日目が回るほど忙しいが、私生活の方も充実しているらしい。先日、学校の友人達と一緒に買い物に行ったのだと身振り手振り交えて話す火縄ガンに、サカナは目を細めて笑った。


人生、何があるか分からないものだ。

自分が救いを得た時と同等か、それ以上の感慨を噛み締めていると、火縄ガンが今度は其方の話を聞かせてもらおうかと頬杖を突いた。


「最近、そっちはどうネ?ボス達、元気してるカ?」

「まぁね〜。火縄こそ、めちゃくちゃ忙しいでしょ。ちゃんと寝られてる?ご飯も食べてる?」

「茶々子と同じコト言うネ、お前。心配ご無用ヨ」

「…………茶々子さんに会ったの?」

「ちょっと前にネ〜。此処で二人でランチして、お喋りしたネ」


マジか、とサカナは露骨に顔を引き攣らせた。


茶々子が火縄ガンと会っていた、という話をサカナは聞かされていない。

彼女にとって、火縄ガンと会うという事が話すまでもない事というのは絶対に有り得ない。話す機会を逃していた、というのも無いだろう。少し前に火縄ガンが出ているCMを見て「元気にしてるかな〜」なんて会話もしていたし、幾らでも切っ掛けはあった筈だ。
では何故、茶々子の口からこの話題が出なかったのか。答えは単純明快。話したくなかったから話さなかった、だ。

いやしかし、そんな事があるかと無理に笑みを浮かべるサカナの顔がさぁと蒼くなっていく様を見て、火縄ガンはそんな気はしていたと言いたげにハンと鼻を鳴らした。


「その様子だとお前、話してもらえてないネ」

「ぐ……」

「ま、仕方ないネ。茶々子、お前の事で話がしたいって言って、アタシに声かけてきたからネ」

「ぼ、僕の事で?!」


未だ彼の頭が水槽であったなら、大きな波を立てながら中の魚達が飛び出していただろう。そして宙を舞った熱帯魚達は水槽に戻るや立ち所に生気を失くし、濁った水の中で腹を天に向けてぷかぷか浮いていたに違いない。

人間になっても、世界が新しくなっても、コイツは全く変わらないのだなと、火縄ガンは呆れ顔で溶けかけのソフトクリームを掬った。


「茶々子、最近悩んでるんだって。お前の為に、そろそろ一人で暮らした方がいいんじゃないかって」

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