モノツキ | ナノ
「…………はぁ?」
「いだだだだだ!!や、やめて!!ガチで縦に裂こうとするのやめて!!」
「はぁ…………梔子、お前ほんと何年経っても空気読めないね」
「なぁんでぇ?!俺、事実を言っただけじゃん!!なんで怒られなきゃいけねぇの?!」
「事実か否かはこの際問題じゃないから」
あーあ、と溜め息が飛び交う中、当の梔子は何が悪いのかさっぱり分からないと自らの無実を訴えるが、誰も彼のスライダー部を渾身の力で引っ張るシグナルを止めない辺り、梔子の罪深さが窺える。
――これまで何の為に、自分達が沈黙を守ってきたと思っているのか。
何れ知ることになっただろうとは言え、タイミングとしては最悪だと、各々が無機物の顔を顰める中、勢い任せに梔子を叩きのめしたシグナルが、一周回って顔面を蒼白させた。
「…………マジなのか、今の」
「……残念ながら、マジ」
「いつから」
「髑髏路がツキカゲに来る前から」
「はああああああああ?!」
「よくもまぁ、ここまで気付かなかったもんだねぇ」
「寧ろそっちのが余程失礼って話だよね」
「ちょ……お前らも知ってたのか?!」
「知らなかった……っていうか、気付いてなかったのはシグナルだけだと思うよ」
「マジかぁあああああ?!!!」
シグナルにとって、これは朗報に違いない筈だが、これを素直に喜べる状況であったなら、こんなにも拗らせることもなかっただろう。
この際、髑髏路がシグナルのことを好いているか否かは関係ない。寧ろ、彼女が随分前から自分のことを慕っていたというのは、シグナルにとっては負い目になる。
「そうかぁ…………髑髏路の奴、俺のことそんな前から気にしてたのかぁ…………それはそれで凹むなぁ…………」
「だろうね」
自分に向けられた好意に一切気付くこともなく、顔が怖いからマスクを被れと言ったり、悲鳴を上げたり、怯えたり――これまでの所業を振り返ると、過去の自分を標札で殴り殺してやりたくなる。
もっと早くに知っていればという気持ちもあるし、早く言ってくれという気持ちもある。だが、それを当時の自分が今の自分のように響くことが無かっただろうから、尚のこと憎たらしい。
頭を抱え、座敷の上を転がりながら、あああああと呻き出したシグナルを見て、すすぎあらいは心底面倒臭そうに肩を落とす。
「どうすんの、梔子。ますますやり難くなったけど」
「サーセン」
「サーセンで済んだら神殺しも帝都管理局もいらねーんだよ。クソが」
未だ、罵声を飛ばす程度の余裕はあるらしいが、またすぐに懊悩し始めたシグナルを肴に、一同は再び酒に口を付ける。
事態は最悪を極めたが、こういうことには悲しきかな、割と慣れている。
希望はいつだって容易に絶望に転じるものであり、逆もまた然りだ。起きたことは仕方ない。だから、開き直って次に備えようと、一同は畳の上に寝転がったシグナルを適当に慰める。
「いいじゃんかよ、両想いなんだから。いつも通りドーンといってバーンとやっちまえって」
「だぁから、そういうのが出来ねぇ相手なんだっつってんだよ。お前ほんと頭ペラッペラだなぁぁ」
「でも、梔子の言うこともあながち間違ってもいないんじゃないかなぁ」
梔子がやらかしたことには違いないが、言っていることは間違いではない。
髑髏路は、シグナルのことが好きだ。それは揺るぎ無い事実であり、シグナルが髑髏路のことを好きになったことで覆る事でもない。心のままに、想いのままに突っ走っても、悪いことにはならない筈だ。
本当に髑髏路のことを愛しているのなら、此処で後ろ向きにならず、彼女ときちんと向き合うべきだと、鉢かづき達は丸くなったシグナルの背中を押す。
「しゃれちゃんがシグくんのこと好きなのは確かじゃん。つまり、告白の仕方さえキチンとすれば、シグくん的にもしゃれちゃん的にも無問題ってことだろ?」
「つまり、シグナルは自分の誠意を示した上で髑髏路に告白出来れば円満解決ってことだね。なら、そのプロセスを考えて、堂々と髑髏路に好きだって言おうじゃないか!うん、そうだ、それがいい!」
「そ、そうは言ってもよぉ……」
「ここはいっちょ、シグナル告白大作戦といきますかぁ!イエーーーイ!!」
「「イエーーイ!!」」
こうなってしまうと最早、坂を転がる石と同じである。最後まで転落するか、途中で誰かが拾い上げてくれるまで止まれない。かつての彼の頭よろしく、赤信号が出たところで、だ。
早速作戦会議を始めようと、アルコールで浮つく頭であれやこれや意見を交わし始めた一同を前に、呆然と佇むシグナルの肩を、すすぎあらいはポンと叩いてやった。同情ではなく、腹を括れという意味で。
「って訳だけど、いつやる?」
「す……少し考えさせてくれ…………」