モノツキ | ナノ


期待を寄せてはならないと項垂れたというのに、昼行灯とケイナは、声の主に引っ張られるように、心ならずも顔を上げてしまった。

その声は、決して楽観的ではなく、事の深刻さを真摯に受け止めた重みを含んでいる。
だが、そこに迷いは微塵も感ぜられず。彼の声は、小さな希望の種火にその身をくべる覚悟に満ちていた。


「そのアース役……人数が多ければそれだけ負担を軽減するというのは可能か?」

「薄……紅」


まさか、と口を開く昼行灯に、薄紅は、水臭いことを考えてくれるなというような顔で笑い掛け、LANを見据える。
そして、この世界に守るべき妻子があり、最も己の未来を尊ぶべき立場にいる彼が、最初に名乗りを上げてくるとは想定外だと、LANは瞠目した。


薄紅は、ヨリコに救われた人間ではない。
彼女がツキカゲに来るずっと前から、薄紅はとうに救済と幸福を得ており、ヨリコの為に命を投げ出す理由は無い筈だ。

だというのに、何故ヨリコの為に――と、呆けているLANに、薄紅は「どうなんだ、LAN」と先を促す。

その声色と表情から、LANは薄紅の中に欠片も迷いが無いことを悟り、本当の本当に正気で言っているのだなと問い返すように答えた。


「……勿論。一人が受ける力の量が分散されるから、人数は多ければ多いだけリスクは減らされるが……」


救済計画に必要な四人は、あくまで最低人数であり、それ以上の人数がアース役を買って出てくれるというなら、それに越したことはない。

薄紅に説明した通り、人数が多ければ多い程、一人が受けるつくも神の力の量は分散され、負担は軽減される。

しかしそれでも、つくも神の力をその身に受けるというのは非常に危険なことには変わりない。
人数が増えたとて、八百万の神々の力が肉体を通り抜けていく痛みは苛烈にして激烈だ。協力者が一人二人増えた程度では、ほぼ何も変わらないと言ってもいいだろう。

そもそも、こういう話は規定人数の四人を満たしてから――と言い掛けたその時。


「そうか。それはいい話を聞いたな、お前ら」


薄紅が口火を切ったところで、待ってましたと言わんばかりに、社員達がにったりと笑った。

天から降り注いでくるような不穏も不安も吹き飛ばすかのように、快哉と。
社員達は、無意識の内に曲がっていた昼行灯の背中を叩いたり、肩に腕を乗せたりしながら、何を迷うことがあろうかと名乗りを上げた。


「ヨリコと縁がある人間ならいいって条件なら……それなりに人数いるんじゃないかな」

「そうと決まれば、あちこちに声かけていかないといけませんね!」

「俺達の世界だ。俺達で創りかえてやろうじゃねぇの!」

「み……皆さん、」

「さぁて、どうすんだぁ、昼行灯」


躊躇うことなどない。

ずっと光の視えない暗がりの中、手探りでおっかなびっくり歩き続けてきたというのに、確かな光明のある道を行くことに、何を恐怖することがあるというのだ。

希望の星は今も燦然と輝き、瞬いている。その光を標に、今――最後の百鬼夜行を。


社員達は、蝋燭の火を弱々しく揺らす昼行灯を鼓舞するように、力強い言葉をかけた。


「俺らはてめぇの部下だ。てめぇが指示を出したなら、これまで通りなんでもやるぜぇ」

「私も……シグと同じ」

「今回殺しはヨリコに譲るヨ。だから代わりに、アタシ何でもやってやるネ」

「社長!やってやりましょう!」

「俺達、珍しく全員やる気満々だからさ」


誰も、ヨリコの為に犠牲になるなんて欠片も思ってはいなかった。

社員達はただ、ヨリコを助けたい。ヨリコと再び笑い合いたい。ヨリコのいる世界に生きていたい。それだけの想いで、自ら名乗り出ていた。


同じだったのだ。

彼等も、昼行灯やケイナと同じ。試されるまでもなく、頼まれるまでもなく、ヨリコを救いたいと、心から想っていたのだ。


だから、一言言ってくれたらいい。
今日までずっと、そうしてきたように。社長として、まとめ役として、指揮者として、旗頭として、号令を出してくれればいい。
それを鬨の声として、自分達は最後の戦いに臨もう。


高まる士気の中。社員達に囲まれた昼行灯は、零れ落ちそうになる蝋を堪えるように顔を上げ、深く息を吸い込んだ。


「……社長としてではなく、一個人として。仕事ではなく、個人的なお願いとして申し上げます」


抗いようのない運命だと、何度も諦めてきた。

希望はいつか絶望に転じ、期待するだけ悲しみは増す。誰かを信じれば、裏切りがやって来る。
幾度も幾度も思い知らされてきた。救いを求めるだけ無駄なのだ。この世界を引っくり返してみたって、望みなんてない。
そう思ってきたのに、目の前でちらつく小さな光に縋り付いて。今度こそはなんて願ったりして。また、失って、傷付いて――。

それでも絶望の糠に沈むことが無かったのは、いつも彼等がいてくれたからなのだと、昼行灯は蝋燭の炎を赫々と燃やした。


暗がりの中には、いつも彼等がいた。手を取り、支え合い、時に小突いたり小突かれたりしながら、今日まで共に歩んできた仲間達が。

昼行灯は、彼等との出会いこそ奇跡と呼ぶべきなのだろうと、高らかに狼煙を上げた。


「私と共に……ヨリコさんを救ってください!」

「「おうともよ!!」」


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