モノツキ | ナノ


「……という訳でして」


とっぷりと陽が沈み、闇に覆われた帝都の中でも一際暗い、地下。
ウライチのとある一角に構えられた居酒屋の宴会室に、彼等はいた。


「私、昼行灯とホシムラ・ヨリコさんは本日より、正式にお付き合いすることになりました」

「「よっ!待ってましたーーー!!」」


オフィスに戻ってきた薄紅が、昼行灯とヨリコが抱き合っているのを目撃したことで発覚し、あっという間に社内に拡散された報せを再度噛み締めながら、社員達は思い思いに指笛を鳴らしたり、歓声を上げたりしながら、二人を祝福した。

思えば、苦節一年と少し。片想いの期間にしては短いような気がするが、それでも、何度も駄目かもしれないという山を乗り越えてきた末のゴールインに、社員達は大賑わいであった。


「本っっ当に待ちましたよ、社長!」

「切っ掛けさえありゃぁ、いつでもくっつけたろうによおぉ。自然生滅が先に来るんじゃねーかとヒヤヒヤしたぜぇ」


昼行灯の肩や背中をバシバシと叩きながらも、ついに報われる日がきたかと、社員達は労わりの想いも込めて、彼のジョッキにこれでもかと酒を注いだ。

その凄まじい絡み様に、思わず眉を顰めた昼行灯だが、これだけ祝われて悪い気にはとてもなれず。甘んじて叩かれつつ、酒を呷っていた。


「いや、しかしまさか今日がその日になろうとはな」

「何にせよめでてぇなぁ。一年応援してきた甲斐もあるってもんだ」

「い、一年って……まさか?!」

「その、まさか」


一方。ヨリコはヨリコで、この一年、まるで昼行灯の好意に気付けずにいたことを、適度にからかわれていた。

ヨリコが彼を意識し始めたのはつい数ヶ月前。その前もその後も、昼行灯が自分のことを恋愛対象として見ているなど、思いもしなかった。
だからこそ、昼行灯を好いてしまったことを悩んだり、告白することを恐れたりしていたというのに、まさか、杞憂だったとは。

自分にとって心底衝撃の事実を知ったヨリコは、オレンジジュース片手に項垂れた。


「ぜ、全然気付きませんでした……」

「ヨリコだけだよ。あんな分かりやすい好意に気付けなかったの」

「気付いてたら、こんなに時間掛からなかったろうなぁ。ま、結局どーにかこーにかくっついたんだし、よしとしようぜぇ」


紆余曲折を経て、必要以上の時間は掛かったが、シグナルの言う通り、結果良ければ全て良しだ。

こうして二人は無事に結ばれ、晴れて交際することになったのだ。嘆くよりも祝うべきだろうと、サカナは高らかにジョッキを持ち上げた。


「では、改めまして!社長とヨリちゃんの交際を祝して乾杯しましょう!」

「ついでに、お前と茶々子の同棲記念も兼ねてな」

「ぶっ!」


が、その勢いは薄紅の冷やかしによって消えた。

これまで散々、シオネのことを茶化されたりだなんだした憂さ晴らしのつもりなのだろう。
勿論、サカナが茶々子と上手くやっていけそうなことを祝う気持ちもあるのだろうが、薄紅のあくどい笑みを見ていると、純粋な気持ちだけで言ったとはとても思えず。
サカナは酔いも回り切っていないのに顔を真っ赤にして、ジョッキを持っていない方の手を、ぶんぶんと振った。


「そ、それはいいですって!僕らはなんていうか、まだそういう雰囲気になれきれてないといいますか……」

「まぁ、そっちは茶々子が此方に顔を出せるようになってから改めてからか……祝ってやるとしよう」

「う、薄紅さぁん……」


流石に、辞職したその日に顔を見せるのは……という訳で、この宴に茶々子は出席していない。
彼女もずっと二人を応援してきた身として、祝いたい気持ちは山々だが、それはそれ、これはこれ、とのことらしい。

後日、何かしらの形でお祝いするからと言って留守番している彼女のことを思いつつ、後頭部を掻くサカナの肩を、薄紅はぽんと叩いて、それで終いにした。

そうしてすっかり尻込みした彼に変わり、音頭を取ったのは修治だった。


「ともかく!昼行灯、ヨリコちゃん、おめでとう!かんぱーーい!」

「「かんぱーーい!!」」



そこからは、大量の料理を前に、飲めや歌えやの大騒ぎで。またも社員達に絡まれ、次から次へと料理や酒を出される昼行灯は、対応でそれどころではなくなっていたが、ヨリコの方は、ここまで祝ってもらえることが無性に申し訳なくなって、思わず萎縮してしまっていた。


「な……なんか、すみません……こんなお祝いの席まで用意していただいて」

「ハハハ。今日までのことを思えば、もっと盛大に祝ってやりたいくらいなんだがな」


いつも以上に酒が入っているせいか、普段よりもよく笑う薄紅が、また一段とあくどい顔をしてみせる。

とても家で待つ幼い子供には見せられないような。そんな途轍もない笑みを浮かべつつ、薄紅は今日まで散々苦労をかけてくれた昼行灯に、ちょっとした報復でもしてやろうかと提案した。


「せっかくだし、俺達がこれまで被ってきた苦労話でもするか」

「そいつぁ名案だなぁ。取り敢えず、初デートの時のことからいくか?」

「昼行灯が嬢ちゃんに嫌われたかもしれねーって車の窓ガラスに頭突っ込んだ話とかなぁ」

「ボスがすすぎに嫉妬してた時のこととかネー」

「あぁ……もしかして、ウライチに服買いに行った時?」

「やめてください!!今日は好きなだけ飲み食いしてくださって構いませんから!!!」

「「イエーーーーイ!!」」


元々、昼行灯に奢らせる気満々の一同であったが、これで堂々と彼の金で飲み食い出来ると、一層の盛り上がりを見せた。
彼を祝う為の席だというのを半ば忘れているのではと思える程度に。

いつぞやの、シグナルの再入社祝いの宴席を越えた、熱狂としか言いようのないハイテンションっぷり。
その渦中に常に放り込まれている昼行灯が、アルコールが入って更に悪質化していく社員達の対応に追われる横で、ヨリコは少し端に寄って、料理をもくもく口にしていた。

流石に、あの賑わいようの中に自ら入っていくのは躊躇われたので、絡まれない内は大人しく食事でもしていることにしたのだ。
せっかくの料理が冷めてしまうのも勿体ないしと、厚焼き卵を頬張りつつ、弄られ放題の昼行灯と、いつになく愉しそうな社員達を眺めていた。その時だった。


「……みんな、はしゃいじゃってるね」

「髑髏路さん」


同じく、昼行灯を囲む異常な騒ぎようから距離を取っていた髑髏路が、料理を盛った皿を片手に隣に座ってきた。

ヨリコからは手が届かない距離にあった物を、持ってきてくれたらしい。
チーズチヂミやフライドポテト、鶏の甘酢あんかけなど。雑多にあれこれ取ってきた皿を置いて、髑髏路は、流石に度が過ぎると返り討ちにあっているサカナ達を見遣る。

マスクに隠れ、未だ呪いの内に閉ざされた彼女の表情は窺えないが。それでも、ヨリコは今、髑髏路がとても穏やかな微笑みを浮かべているのだと感じた。


「嬉しくて仕方ないんだ。みんな、社長にはずっと報われてほしいって思ってたから……自分のことみたいに喜んじゃってるの」


この一年、ほぼ社員総出で応援してきた苦労が報われたのもあるだろうが。何より、昼行灯の恋が叶ったこと自体が喜ばしくて仕方ないからこそ、このはしゃぎようなのだと、髑髏路は語る。


何だかんだ、ツキカゲ社員は皆、昼行灯のことを上司として慕っているし、彼に恩義も感じていた。

昼行灯がツキカゲを立ち上げ、社員として自分達を拾ってくれたから、今の生活、今の自分があるのだと。
普段誰も口にしないし、とても照れ臭くて、改めて言えたものではないと思っているのだが、社員達は皆、昼行灯に感謝している。

ヨリコとの件に関しては此方が支えっぱなしであったが、元々、助けられてきたのは自分達の方。だからこそ、今回昼行灯が報われたことが嬉しくて堪らないのだと、髑髏路は少し呆れ気味にはにかんでみせた。


「だからって、あんなに羽目を外すのはどうかって思うけど……みんな、ヨリコのことも大好きだから、嬉しさ倍増なんだろうね」

「わ、私も……ですか?」

「勿論」


自分も、らしくもなく饒舌な辺り、彼等同様にはしゃいでしまっているのだろう。

だが、こんなに喜ばしい日に、いつも通りでいる方が勿体ない。
今日くらいは、いつも言わないようなことを口にしたっていいだろうと、髑髏路はニッと笑ってみせた。


「みんな、貴方が此処に来てくれて……私達と一緒にいれくれて……社長のことを好きになってくれて……本当に、本当に嬉しいんだよ、ヨリコ」


まさか、そんなことを言われる日がくるなど思いもしなくて、ヨリコは思わず泣きそうになってしまい、よしよしと髑髏路に宥められることになった。

感謝すべきは、自分の方なのに。
此処にいさせてくれて、一緒にいることを許してくれて、好きにならせてくれて――何度ありがとうと言っても足りないくらいなのに。

そんな言葉、自分にはとても勿体ないと、ヨリコは涙を懸命に拭った。
嬉しい時に出る涙は悪いものではないのだと分かっていても、今日ばかりは泣いてはいけないと思ったのだ。

こんなにも幸福で、胸が痛いくらい喜ばしい時は、笑っている方がきっといい。
だから、どうか早く涙が止まるようにと必死に眼を拭うヨリコの頭を、髑髏路は優しく撫でてやった。


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