モノツキ | ナノ


こうして、ツキカゲ社員達は、ウライチ警備とフナブチのネガキャンを同時に請け負うことになり、社員達は昼行灯の指示の下、それぞれの業務を全うしていた。


薄紅、シグナル、火縄ガンは人間の姿である為、ウライチ周辺やツキゴロシの拠点などを周って、ツキゴロシの討伐。

すすぎあらい、サカナ、LANは、フナブチのあらゆる情報を洗い出し、ハルイチと協力してネガキャン。

残った社員達は通常業務と、他社員のサポートに当たっている。


「炎上マーケティングにならなきゃいいんですけどねぇ……。政治家って、目立ってなんぼのとこありますし、フナブチは元々お騒がせマンですし」

「いざとなったら、無理にでもスキャンダルを起こしてやればいい話です。とにかく、依頼がきた以上、やれることはやって頂きますよ」

「はぁーーい……」


選挙権のないモノツキが出来ることといえば、中傷ビラの作成と配布、ネットでの反対運動くらいだ。
こんな抗いが精一杯であるという虚無感と、よくもまぁ手間を掛けさせてくれたなというフナブチへの憎らしさ。
それと、多忙による疲労感で、サカナは無気力に憑りつかれていた。

フナブチ当選が、自分に多大な害を齎すと分かっていても、元より政治に関心がなく、どうせ彼以外が当選したとて、社会がモノツキにとって住みよいものになりやしないのだろういう想いが、やる気を枯らしていく。

面白くも無いオッサンのプライベートを調べ上げ、まとめ、扱き下ろす文章を考える作業の、なんとやり甲斐のないことかと、サカナは溜め息を吐いた。


「水草が萎びていますよ、サカナ。また寝るつもりですか」

「違いますよぉ……。なんていうか……心の潤いが足りないんですよ……。最近ずっと忙しくて疲れてるし、茶々子さんいないし……やる気出ないんですよう」


茶々子は少し前、修治と二人でウライチに買い出しに向かっており、オフィスを留守にしていた。

仕事に出払って忙しい社員達の為に、食糧品やら何やらの調達に向い、修治は彼女の護衛兼、荷物持ちの為に同行。

それもまた、気力を損なう一因であったらしい。
背中を丸めて呻くサカナを、昼行灯とヨリコは「あぁ、それで……」という眼差しで見た。


「いいなぁ、修治さん……僕も茶々子さんと買い出し行きたかったなぁ」

「荷物持ちとボディガードとして彼の方が適任ですし、修治はパソコンが不得意ですから仕方ないですよ」

「ふぐぅぅ……オッサンの顔写真で汚れた眼を、おっぱいで浄化したい……」

「今の発言、茶々子には言わないでおいてあげますから、背筋だけでも伸ばしてもう一仕事やりなさい」


そう言われて、サカナは渋々体を伸ばし、本業である経理の仕事に手を付けた。

昼行灯が送信した中傷ビラのデータをハルイチが見て、修正や加筆を申し付けられるまで、暫し休憩だ。
仕事の合間に仕事をしなければならないなんて、勘弁してほしいと思うが、他の社員達も各自仕事に追われているのだから仕方ない。

直に茶々子達も戻ってくるだろうしと、サカナがキーボードを打ち出した、その時。


「オイ、離せよ!!てめぇ、ぶっ殺すぞ!!」


外から響いてきた怒声に、ヨリコがビクっと飛び跳ねる中、昼行灯は何事かと顔をドアの方へ向けた。

ああいうことを口にする社員には覚えがあるが、声が別人のそれだ。
絶え間なく、捲し立てるように怒鳴りつけていることから、誰かしら、同行者がいるのだろう。
しかし、男の喚く声や暴れる音に掻き消されているのか、沈黙しているのか、そちらの声は聞こえてこない。


一体、誰が来ているのか。

昼行灯は、袖口から鉄蝋を取出し、近付いてくる気配に身構えた。

ドアノブが、回る。扉が押され、開いていく。隔てる物が無くなり、空気が入れ替わる。
僅かなその間に、押し寄せてきた緊迫感。それが、廊下から踏み込んで来た人物の声によって、解かれた。


「社長、いる?」


ドアを開けてきたのは、すすぎあらいだった。

片手に物干し竿を持ち、もう片手で、縄でぐるぐる巻きにされた若い男を引き摺って入室してきたすすぎあらいは、ふと、ヨリコの存在に気付くと、少し居た堪れなさそうにしながら、男を床に転がした。

「すすぎあらい……それは」

「……さっき、外で見付けた。うちのこと、嗅ぎ回ってたみたいだから、洗う為に捕まえた」

「クソ!!化け物共が!!お前ら、俺に手ぇ出して、タダで済むと思うなよ!!!」


先刻まで、外でフナブチの身辺調査をしていたすすぎあらいは、一時報告の為にツキカゲに戻ってきた。
その際、月光ビル内部を探るような動きをしていた男を見付け、ひっ捕らえてきたのだという。

このタイミングで、自分達を嗅ぎ回っている人間を、見逃す手はない。

すぐに洗い出すべきだろうと、すすぎあらいは男を引き摺って此処まで来たのだが、ヨリコがまだオフィスにいることを、想定していなかったらしい。
真新しい痣を顔に幾つも作った、聞くに堪えない罵声を喚き散らかす男の姿を、あまり見せてはいけないだろうと。
少し前なら全く考えもしなかった配慮をし、すすぎあらいは、男を黙らせんと睨み付けた後、襟首を引っ張り上げた。


「……ごめん。取り敢えず見せておく必要あると思って引っ張ってきたんだけど……地下連れていくよ」

「はい……お願いします。後で私も向いますので、程々に……」


此処にヨリコがいなければ、この場で即座に尋問を始めていたところだが、彼女がいる以上、そうはいかない。

彼女とて、昼行灯達の事情など、随分前に理解してくれているが、それでも、進んで見せたいとは思えないし、ヨリコも、見なくて済むのならそうしたいだろう。

だから、二人は早々に、オフィスから男を引き下げようと思ったのだが――。


「……サカナ、どうかしたのですか?」

「サカナさん?」


水と、熱帯魚の色を酷く濁らせて、サカナが、男を凝視していた。

いつもなら、場の空気を取り変えようと、軽口を叩いたりしているだろうに。黙り込んで、ボコボコと水泡を上げながら、男を睨み続けている。

これまで、誰も見たことのないサカナの有り様に、一同は困惑し、次の動作に移れずにいたが。やがて膠着は、彼の放った一声によって破られた。


「…………カイ、」

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