モノツキ | ナノ


「今回お前らにやってもらいたいのは、政治家フナブチ・ゴウのネガキャンだ」


ヨリコとのデートを中断された昼行灯のもとに舞い込んできた案件は二つ。

一つは、ウライチを拠点にしているモノツキ達の労働ギルド・ノキシタ商会から、ツキゴロシの対策と、ウライチの警備。

もう一つは、ハルイチが持ち込んできた、政治家のネガティブキャンペーンの依頼であった。


「サカヅキの一件で起きた連続テロ……あれを受けて帝が、現帝都政府の議院を解散させ、総選挙を行う発表をしたろ。
で、今回立候補する政治家の一人がフナブチなんだが……奴だけは当選させるなって、俺のお得意方からオーダーが入ってな」


インキが起こしたテロ行為は、モノツキ達だけでなく、無論、クロガネ全土に影響を与えた。
最大の惨事は阻止されたとはいえ、サカヅキの残した爪痕は、余りにも深い。

今回の騒動を経て帝は、帝都の現状を改め、社会に大きな改革を齎す必要があると、政府議院の解散と総選挙を決定した。


人の心と、それが集まって作られる社会ばかりは、神頼みで変えられるものではないし、つくも神もそこまで干渉してはこない。

彼等はあくまで、この箱庭世界の中で、人間という生き物の観察を楽しんでいたいのだ。
些細なこと、愚にも付かないようなことで争い、同族同士で討ち合い――それが徒労に成り果てたり、灰一つ残らぬ結果になったり。そんな、人の心が起こす大小様々な動乱を、つくも神達は観覧していたいのだ。
人心操作、洗脳の類は、興を削ぐ。

だから、こればっかりはつくも神に頼む訳にはいかない。人は、人が変えるしかない。

その為に、帝は議員を一新することを決定し、今後の帝都の平和と秩序を守る政策に乗り出んとしているのだが――泰平への道程は、常に不穏と隣り合わせていた。


「昼行灯。お前、フナブチの経歴知ってるか?」

「若い頃、帝都政府の対テロ政策に疑問を呈し、大規模な学生運動を起こしたというのと……元資産家で、政治活動を始めたのは十数年前から……ということくらいでしたら」

「OK、及第点だ」


モノツキには選挙権もないが、政治動向によっては、自分達の仕事にも関わると判断し、昼行灯は日々ニュースと新聞で、政治情報を積極的に得ていた。

裏の仕事は、政治家絡みのことも多い。
凡その名前と顔、活動、ゴシップなども、一応はと頭に入れているのだが。
彼の記憶にある政治家達の中で、フナブチ・ゴウは、出自の凄烈さもあって、印象深い方に位置する存在であった。

ハルイチが、彼の名を口にした時から、それとなく察しがついた程度に。


「奴さんは、昔からアジテイターの素質と、カリスマ性……それと、厄介な正義心を有していた。
自分が正しい、だから、自分の考えが全てを統治すべきっつう、独裁者の鑑のような過激な思想を持ちながら、それを他人の頭に擦り込むのに長けていた。
てめぇの言葉を服毒させるのが上手かった、とでも言うべきか……。ともかく、奴には恐ろしく熱心な支持者……いや、信者が多い。
お得意方がフナブチの当選にあたり危惧してるのは、そういうとこだ」


フナブチの、常に彼の理想を実現する為の急進主義や言動は、様々な面を問題視されており、幾度もメディアを騒がせている。

それでも、彼が今日まで政治活動を続けられているのは、彼の、危ういとも言える信条を支持する賛同者の存在にある。


フナブチは学生時代から、”より良い社会”というのは、あらゆる悪の徹底した根絶の先にあると考えていた。

犯罪者には、犯した罪の重さや、年齢・身分を問わず、劫罰を。
疑わしきは罰せよの精神で、犯罪予備軍と思わしき者も隔離し、然るべき処置を。

これまで眼を瞑られてきた社会の闇を暴き出し、正義の鉄槌を下し、社会のクリーン化と、人々の犯罪に対する意識改革を促す。

己を、正しいを妄信していなければ出来ない、フナブチの選民思想に同調するものは、一定数存在し。
その殆どが熱狂的かつ、ラディカルなのが、彼と敵対する政治家や、アンチ・フナブチの人間にとって、非常に厄介であった。


「恐らく……というか、ほぼ間違いなく、フナブチは今回当選した暁には、大規模なモノツキ狩りを公的に行い、反社会組織の摘発も徹底して行うだろう。
これまで社会の裏に隠れてきたもんが、サカヅキの一件で明るみに出てきたことを受けて、有権者達は不安や恐怖を感じている。
その奥底に潜む、社会悪への憎悪を、フナブチが煽ってみろ。
瞬く間にクロガネは、奴の支配政治社会に引っくり返り、自分を正義の使徒だと信じ込んだ善良な都民達によるマス・ヒステリアが横行する。
モノツキは勿論、元モノツキ、モノツキと繋がりのある人間、将来的にモノツキになり兼ねない奴までもが、社会秩序の為の生贄になるだろう。
まぁ……あの人達が気にかけてんのは、フナブチの独裁で、言っちゃ悪いが、お前らのことはどうでもいいんだろうけどよ」

「だと思いました」


元々、フナブチはモノツキに対して否定的であった。
神を怒らせた罪人、差別されて然るべき愚者。それが、社会を揺るがすような大事件を起こしたとあれば、彼はここぞとばかりにモノツキを責め立てるに違いない。

そして、日頃からモノツキの存在をやっかみ、サカヅキの恐怖に震えていた人々は、公然と社会悪を叩き上げるフナブチに賛同し、彼に票を投じる。
ただでさえ、宗教の域に達しかけているフナブチの支持者達が、ここで更に数を増やしてしまえば、いよいよ帝都は彼の王国に成り果てる。

ハルイチのお得意方は、それを回避する為に、彼を失脚させることを依頼してきた、という訳だ。


「……先に聞いておきますが、ネガキャンだけでいいんですよね」

「ああ。フナブチを始末すると、間違いなく奴のシンパ共が騒ぎを起こす。それで余計な炎上が起きると、また面倒な奴が台頭してきそうだからな。あくまで、今回は平和的に……かつ、徹底的に頼むぜ」

「分かりました」


昼行灯に、断る理由は無かった。

元より、仕事を選んでいられる立場ではないが、今回の一件については、此方から頼み込みたいくらいだった。

フナブチが当選して、得をするモノツキなど一人もいないし、モノツキに関わった一般人にまで、害が及ぶ可能性があるのだ。
社員達のこと、関わってきた人々のこと、何より――ヨリコのことを思えば、フナブチを当選させる訳にはいかない。

昼行灯は、顧客の望むフナブチ失墜の形を確認すると、ハルイチから幾つかの書類を受け取った。


「御引受けしましょう。我が社の名に懸けて」


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